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黒髪のアリス

挿絵(By みてみん)



「お前は何者だ」


 心を復讐で満たしていた竹久水琴は目の前の少女に問いかける。

 空洞内に散らばる鉱石の青い光。その淡い光に身を晒す黒髪の少女はぺたんと地面に座ったまま、水琴を見上げている。


 腰まで伸びた黒い髪が少し揺れている。水琴の目に写った少女の瞳は左右違う色をしていた。黒い右目と青い左目。


「アリスと言います」


 アリスは小さい声で答えた。水琴はこの空間にいるすべてを殺すつもりだった。しかしアリスと答えた少女を目の前にして、この子だけは殺すことが出来ないと悟った。自分でも疑問に思っていたが、その考えを頭の片隅にしまう。


「黒髪のアリス――か」


 水琴はアリスの身につけていたローブについているフードに手を乗せた。アリスの目を隠すようにフードをずらし、深く被せる。


 水琴は知らなかった。アリスの価値、この迷宮が名匠ガディによる最高傑作だということを。それを攻略した水琴がこれから様々な運命に巻き込まれることを。

 そして――復讐を果たし、ルーヴェスト帝国の学園に通うことになるなど知る由もなかった。




 ――話は一週間ほど前に遡る。

 涼しげな風が舞い込む教室で水琴は呆けていた。クラスメイトの啓太が上の空の水琴に話しかける。


「よっ水琴」

「啓太か」


「ぼーっとしてたらから声かけたんだよ。どうした?」


「ゲームに新コンテンツが追加されてさ。それを最速でクリアするにはどうしたらいいかなって思ったんだよ」

「またゲームのことかよ。ほんと好きだなゲーム」


「まぁな。啓太もやるか?」

「いや、音ゲーで精一杯」


 そう言った後、啓太はあたりを見回す。何かを確認すると口を開いた。


「吉田とはどうだ」

「……大丈夫だ」


 ――吉田。水琴が中学に上がってから友人となった男。周囲から友達になるのはやめた方がいいと忠告を受けるような人間だった。しかしその頃の水琴は気にしていなかった。そもそも人を遠ざけるのが苦手だった。



「もし、助けてほしいなら言えよ。水琴が全部背負う必要はない。みんな感謝しつつもお前ともっと遊びたいと思ってるんだ」


「……大丈夫だって。耐えられる。次の授業体育だろ。行こうぜ」

「ああ」


 ――啓太は前歯で唇を噛んだ。耐えるって言ってるじゃねーかよ。



 ぞろぞろと男子生徒が体育館に集まる。授業が始まる前にバレーボールで使うネットを貼り終える。体育教師は授業のチャイムが鳴ったのを確認すると大声で説明を始める。


「おっし、分かってる通り今日もバレーだ。

 チーム分けは自分たちでしろよ。条件として前回と同じメンバーにはならないよう気をつけること。以上」


 各々がチームメイトを見つけていく。


「啓太、今日も一緒にプレイするよな」

「おうよ!」


 そこへ吉田が割り込む。


「よぉ水琴。俺もいいよなぁ」

「いや、前回と同じ……」


「あぁ?! 啓太もいんじゃねーかよ」

「……分かったよ」


「ちがけりゃいいんだろ? おい田中。こっちこい」

「ひっ……」



 田中と呼ばれた男は体の線が細く、運動が出来るようには見えない子だった。


 その後もメンバーを拾い集め試合開始となった。最初は順調だった。水琴はゲーマーではあったが運動能力がないわけではない。イメージ通り動きやすい水琴は打たれるボールを何度も拾う。


 バレー部の生徒がアタックしたボールが田中めがけてとんでいく。田中は内股になりながら手を突き出した。しかし体勢を崩してしまう。


「邪魔だオラァ!」

 吉田が田中を無理やり押し出したからだ。ボールは明後日の方向へと飛んで行く。


「チッ……」


 体育教師が田中に駆け寄った。

「大丈夫か田中。お前今手首ひねったな。保健室行くぞ。

 ――吉田。ラフプレイするようなら授業に出るな。迷惑だ」


「……」

「分かったな」


「うっせーな」

「分かったなと聞いているんだ」


「はいはい」


 ――その日の放課後、啓太と水琴含むいつものメンバーで放課後駄弁っていた。


 啓太が遠藤について話す。

「遠藤あいつ付き合い悪くなったよなー。今日もいねーしバイト?」


 水琴は遠藤について知っていた。

「最近新作の音ゲーがゲーセンに置かれたろ? めっちゃ並んでるやつ。俺らを呼んだら順番が回りづらくなるし上手くなってから一緒にってパターンかもな」


「なっ! なら今度突撃してやろーぜ」

「ははっ、驚くだろうな」


 そんな事を話している時だった。ガララッと教室の扉が開けられる。


「じゃ、じゃあ」

 と啓太と水琴以外の友人たちが帰っていく。吉田は微笑みながら水琴に近づく。


「帰ろーぜ水琴」

「……ああ」


 啓太は水琴に話しかけようとした。だが水琴はそれを静止する。啓太は一人教室に取り残された。


 家へと向かう帰り道。吉田は喋りっぱなしだった。やれ誰を倒しただの、喧嘩しただの、セフレが何人いるだの、彼女がいてそいつは本気だだの。

 終わらない武勇伝。それが本当であることは分かっていた水琴。ただ相槌をうつ。


「んじゃここらで。じゃあな」

「おう、じゃあな」


 吉田と分かられる。吉田は……人と一緒でないといけないタイプの人間だ。水琴はため息をつきながら家へと向かう。


「ただいま」

 返事はない。夕食の時間、父親と母親と水琴の三人で食事をとっていた。父親が重い口を開く。


「水琴、進路はどうするつもりだ。ゲームでは生きていけないとわかっているだろ」

「分かってるよ。マイナーゲームだし。生きていけるほどの強さじゃない」


「”お前に期待はしていない”ほどほどに生きろ」

「分かってる。俺は父さんみたいにはなれない」


「私はお前のことを思っていっている。いいな水琴」

「分かってるよ。ごちそうさま」


 水琴は自室へと戻る。

「何が、お前のことを思ってるだ」


 水琴は格闘オンラインゲームをパソコンで開いた。


 水琴の頭の中には各キャラクターの動き、ダメージ、それぞれのプレイヤーの癖が頭に入っていた。呼吸するのも忘れてしまうほど入り込む。


 その日、何かをぶつけるように戦っていた水琴は無敗を記録した。


 翌日、啓太達と遠藤がいるであろうゲーセンに突撃する。遠藤の慌てようを見て水琴達は笑っていた。遠藤もバレたーと笑う。一通りゲームをし、ファーストフード店で飯を食べ解散する。


 水琴は帰路につきながら楽しかったと微笑む。


「これだよこれ。いつも吉田に拘束されるからこんな当たり前の高校生らしい遊びも出来なかった……



 ――助ける、か」



 考えを巡らせようとしていた水琴。突如後ろから首根っこを掴まれた。吉田と思った水琴。しかし相手はヤクザだった。ヤクザ二人、男子高校生二人、女子高生一人。


「おう兄ちゃん。そこ歩くと邪魔じゃ」


 水琴は道の端を歩いていた。他に歩く所と言えば車道しかない。もう一人のヤクザが言った。


「相手高校生ですぜアニキ」

「知ったことかよ」


 女子高生はウケるとか言いながら笑っていた。




 ――とある駐車場。傷だらけとなった水琴。金を抜き取られ制服もボロボロ。血の味が口の中を支配している。一人水琴は空を見ていた。


 殺意を消すように。

 家へ帰るとすぐさま部屋にこもる。


「いってー……四人がかりでリンチって」


 さすがにゲームをする気力も湧かない。適当に動画などを見ながら気を紛らわす。その日食事はとらないと母親に告げた。


 こんな姿を見せるわけにはいかない。



 コンコンッ。深夜に差し掛かろうという頃、部屋に吉田が入ってくる。


「よっ」

「……なんだよ」


「外で話そーぜ」

「嫌だよ」


「あ?」

「……分かったよ少しだけな」


 吉田は唐突に家に来る。両親は家に入れてしまうのだ。

 ――友達は大事だからと。


 両親への説得も意味をなさなかった。水琴は吉田と共に公園へと向かう。そこで吉田が缶コーヒーを持ってくる。



「おいおい。寝かせないつもりかよ吉田」

「ありがたく受け取れよ」


 再び武勇伝や相談などをひたすら話し続ける。学校で一番かわいいとされる相手が吉田のセフレ。中学生を抱いてロリコンと言われるのが嫌だなど、水琴にとってはどうでもいい話ばかりだった。


「水琴、お前その傷どうした」

「あぁ、リンチされた。四人がかりで」


「ざっこお前、俺ならよ」


 と、一通り語った後に水琴を立たせる。


「俺が教えてやるよ。喧嘩のコツはな。初手だ」

「ガハッ」


 水琴はみぞおちに膝を入れられる。そして馬乗りされボコボコにされた。


「あーすっきりした。じゃあなー」

 水琴は一人になり、立ち上がる。公園のベンチに置かれた缶コーヒーを飲み干した。


「傷口に染みるなー」


 声が、聞こえた。幻聴だ。耐えられないのだとたくさんの自分がいろんなことを訴えかける。うるさい。黙れ。水琴はその声をかき消す。


 家に戻ると水琴は狂ったように笑っていた。笑い疲れた後、ゲームを起動する。廃人達は夜中でもこのゲームをしている。



 勝利、勝利勝利勝利。

 ひたすら表示される勝利の文字。そして……


 ――敗北。



 水琴はパソコンの電源を落とした。


「……悔しくない。なんだよこれ」

挿絵(By みてみん)


 水琴は好きなものが好きではなくなっていた。そんな心の余裕は水琴の中から消え失せた。以前からある家庭の問題、吉田との関係による精神と体力の限界。それと対比するような啓太との楽しい日々。

 静寂。しかし水琴の頭の中は声でいっぱいだった。

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