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矢神くんの矢印は、幼馴染を選ばない。  作者: 雪桜


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第20話 矢神くんの噂


「姫奈ー、先行っとくねー」


 2時間目、体育の授業が終わると、姫奈は女子更衣室の中で着替えをしていた。


 クラスの女子が次々と更衣室から出ていく中、姫奈は体育服を脱ぎ、手早く制服へと着替える。


 だが、その最中、またもや、朝のことを思い出して、姫奈はポッと頬を赤らめた。


(っ……もう、皇成君が、あんなこと言うから)


 思い出すたびに、胸が熱くなった。そのせいで、今日はずっと、あの時のことばかり考えてしまう。


 可愛いと言ってくれた。それも、高嶺の花としての完璧な自分ではなく、幼い頃のダメだった自分を、好きだと言ってくれた。


 それが、とてもとても、嬉しくて──


(もう、いきなり、あんなこというなんて、反則……)


 昨日、新聞部の長谷川(はせがわ) 蘭々(らんらん)が『意外とグイグイ行くタイプなんですね!』なんて言っていたが、まさにその通りだとおもった。


 地味だし、華もないし、どっちか言うと口数も少ない方、だから『好きだ』とか『可愛い』なんて言葉を、ストレートに言うタイプではないと思っていた。


 だけど、そうして、舞い上がる気持ちとは裏腹に『どうせ、矢印様を選ぶんだろ』そう、言われたことも同時に思いだして、姫奈は、悲しそうに目を伏せた。


(どうしよう……っ)


 好きな人と、矢印との間で、心が揺れ動く。


 失敗したくない自分と、皇成の言葉を素直に喜ぶ自分が、心の中でせめぎ合う。


 矢印様は正しい。

 矢印様のいうことを聞かないと、不安になる。


 だけど、その気持ちが揺らいでしまうほど、あの時の皇成の言葉が嬉しかった。


「姫奈~、早くしないと、次のクラス来ちゃうよー」

「あ、ゴメン! すぐ出る!」


 不意に背後から女子生徒に声をかけられて、姫奈は、あわてて着替えをすませすと、そそくさと荷物を持ち、更衣室を後にする。


 次の授業まではまだ時間があるが、早めにクラスに戻ろうと、姫奈は足早に廊下を進んだ。


 だが、その時だった。


 ──ドン!?

「「きゃッ!?」」


 瞬間、廊下を曲がった先で、誰かとぶつかってしまった。


 出会い頭の衝突。ぶつかった拍子に、手にした荷物を落とすが、姫奈は、それよりもと、すぐさまぶつかった相手に声をかけた。


「ごめんなさい! 大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です。ごめんなさい、私が走ってたから」

(あ……なんか、すごく可愛い子)


 ぶつかった相手は、小柄で目がぱっりちとした美少女だった。ふわふわの髪をツインテールにして、声もとても可愛らしい人。


 だが、その見え覚えのない美少女をみて、姫奈は首を傾げる。


(……こんな子、うちの学校にいたっけ?)


 とても可愛い女の子。それも、姫奈に負けないくらいの美少女だ。それなのに、全く話題に上がっていないなんて……。


「あ……あの、近くに、メガネ落ちてません?」

「え?」


 不意に美少女が、そう言って、姫奈はすぐさまメガネを探した。すると、落ちた自分の荷物の側に、メガネが落ちているのに気付いた。度が強いのか、結構分厚い眼鏡だ。


「あ、これかな? よかった、壊れてない」

「あ、ありがとうございます! 私、これがないと何も見えなくて……!」


 だが、そういって、美少女が眼鏡をかけた瞬間、姫奈は目を疑った。

 なぜなら、メガネをかけたと同時に現れたのは、あの新聞部の長谷川 蘭々だから!


「えぇ!!? は、長谷川さん!!? 今の長谷川さんだったの!?」

「はい、長谷川です。──て、わぁぉ、これはこれは、碓氷さん! 出会い頭に衝突するなんて、なんという運命!!」

「え? あ……」


 昨日のと同じようなテンションの長谷川に、姫奈は、さっきの美少女が長谷川なのだと、確信して、あっけに取られた。


 まさか、あの長谷川が、メガネを外すと、こんなにも可愛い美少女になるなんて……


(これなら、みんな気づかないはずよね)


 メガネがあるか、ないかで、まるで別人のように変わってしまった。心なしか、性格も変わってるような気がするし。


 だが、そうして驚いていると、長谷川は昨日と同じように姫奈にズズイっと詰め寄ってきた。


「それはそうと、碓氷さん! 実は、ずっと探してたんです!!」

「え? そうなんですか?」

「はい! 昨日の記事のことで! 実は、碓氷さんを特集した新聞を昨晩、徹夜で作ってきました。ぜひとも公開許可を頂きたく!!」

「え、許可って」


 ズイッと、目の前に出されたのは、まさに新聞だった。それもご丁寧に写真付きで。


 しかも、その新聞の見出しには「結婚を視野に入れた真剣交際!?」という皇成が見たら、悲鳴を上げそうな文面がデカデカと載っていた。


「あの、これは……」

「はい、昨日、録音した音声に、碓氷さんがハッキリと『結婚』と呟いていたのを、この耳でしかと聞き取りまして、このような見出しにさせて頂きました!」

「…………」


 どうしよう。困った。

 許可を貰いに来たということは、自分の返事次第で、この新聞の行く末が決まってしまう。


「あの、これ、矢神君はなんと」

「いえ、彼には話してません! でも、大丈夫です。これは碓氷さんを特集した記事ですから、碓氷さんさえOKを出していただけたら、ババンと学校中に公開することが出来ます!」

「が、学校中に……」


 新聞を徹夜で作ったと聞くと、あまり無碍(むげ)にはしたくはなかった。


 だが、勝手に許可をだせば、皇成にまた怒られてしまうかもしれない。


(あ、そうだわ。こんな時こそ、矢印さまに……)


 だが、そう思った瞬間、長谷川は、そっと姫奈に耳打ちしてきた。


「碓氷さん……実は矢神君のことで、一つ、お耳に入れておきたいことが」

「え?」


 矢神君のこと──そいういわれ、姫奈は矢印さまのことなんて忘れ、グッとその話に傾聴する。


「矢神君の?」

「はい。実は今、女子の間で、矢神皇成の人気が急上昇中なんです」

「え?」

 

 一瞬、耳を疑った。人気が……急上昇??


「て!? 矢神くんが?!」


「はい。実は昨日、学園一の不良である鮫島に始まり、サッカー部のイケメン部長、全国模試2位のインテリ同級生など、我が校でも指折りのハイスペック男子たちから勝負を挑まれ、彼はなんと、()()勝ち逃げてしまってるんです。それにより、どうやら女子たちが『あれ?矢神って思ったよりすごくない?』と気づき始めたようで……しかも、矢神くん、顔はそんなに悪くないんですよ」


「え?」


「まぁ、地味だし、華はないし、ちょっとやる気なさそうな死んだ魚みたいな目はしてますが、よく見れば、可愛い系の顔してますし、磨けば光るタイプなんですよね。しかも今は、学園一の高嶺の花ともいわれる『碓氷さんの彼氏』という付加価値もついていて、女子たちの見る目が変わりつつあるんです。そして、こうなってくると、矢神皇成の魅力に気づいた女狐たちに、寝取られる可能性が!」


「ね、寝取られる!?」


 予想だにしなかった話に、姫奈は瞠目する。


 確かに、皇成は言うほどルックスは悪くないし、運動神経もそこそこいいし、その気になれば、底辺から一気に頂点に立てるほどの素質は十分に秘めている。


 だが、さすがに寝取れるとは!?


「そ、そんな……大丈夫です。矢神君は、浮気なんてするような人じゃ」


「いえいえ、碓氷さんは分かってないです。いいですか! 男子高校生なんて、基本、頭の中はエロいことしか考えてません! ちょっとセクシー美女に『おっぱい揉ませてあげる~』なんて言われたら、コロッとついていちゃう生き物です! 更に、今まで一切モテてこなかった底辺が、学園一の高嶺の花を彼女にしたとたん、学校中の女子生徒から急にモテ始めるんです。そうなれば、きっと考えるに決まってます!! 今、こそ自分が――ハーレムの王になってやろうと!」


「ハ、ハーレム?」


「そうです!! そして、その前に役立つのがこの新聞!! 何ごとも先手必勝!! この新聞を使って、二人が結婚を前提に真剣に付き合っているということを、学校中に知らしめるのです!! それにより、矢神君に近づく女狐どもを、多少なりと減らすことが可能!! さあ、碓氷さん、彼氏寝取られたくないでしょう!! だったら、許可しちゃいましょう! ババンと!!」


「は、はい、許可します!!」


 瞬間、姫奈は長谷川の手を掴むと、光の速さで了承した。すると、長谷川はにっこりと微笑むと

 

「さっすが、碓氷さん! 相変わらず、話が分かる!! 畏まりました! 直ちにこの新聞をコピーし、お昼休みまでには、すべての校舎に貼り終わります!!」


「はい、お願いします!」


 お互いに手を取り、その意思が通じ合うと、長谷川は颯爽とその場から立ち去っていった。だが、それから暫くして……


(あ、矢印様に聞かずにOKしちゃった……)


 大丈夫だったかな?……と、姫奈は一瞬考えるが 


「でも、他の女の子にとられるのは嫌だし……いいよね?」



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