第10話 新聞部・襲来!
「ご機嫌麗しゅう、碓氷さん! 私のこと覚えてますか!?」
その女子生徒は、スズイッと姫奈の手を握りしめてきた。
そして、突然のことに、皇成は困惑する。
(……だ、誰だ?)
だが、そんな皇成をよそに、姫奈は平然と話し始めた。
「はい、覚えてます。前にインタビューをお受けした、長谷川さんですよね?」
「そうです! そうです!! 先日、新聞部の部長に、見事就任しました長谷川 蘭々です! いや~この前の碓氷さんのことを特集した記事、かなり評判がよくって! さすがは、碓氷さん! 高嶺の花といわれるだけありますね! ついでに、近々、我が校・初のグラビア新聞を作ろうと思っているのですが! 碓氷さん、脱ぐご予定はございませんか!?」
(いきなり、何言ってんだ、この人)
姫奈の手握り、目を血走らせながら語る女子生徒に、皇成は怪訝な顔を浮かべた。
グラビア!? しかも、脱ぐ!?
これまた、やけにインパクトのある人が出てきた。
学ラン番町の鮫島しかり、どうして、この学校には、こんなにも目立つ人種が多いのだろうか?
「あの、グラビアですか? それは、矢神くんに許可を貰ってからでないと」
「うおおおおお、つまり彼氏の許可が出ればОKということですね!? ならばさっそく!」
「出すわけないだろ!?」
思わず叫んでしまった。
誰が許可なんてだすか!
ていうか、グラビア新聞てなに!?
そんなの絶対、先生が許さないだろ!?
(あ、この人確か、E組の……!)
すると、ようやく皇成は思い出した。
この学校・桜川中央高校は、一学年6クラスある。
だからか、同じ学年でも、よく顔を知らない生徒も多い。だが、この女子生徒の風貌には、確かに覚えがあった。
長谷川 蘭々──肩にかかるくらいのクルクルのツインテールに、厚めの眼鏡。スレンダーな体型に高めの声。その見た目と、特徴的なしゃべり方は、一度見たら忘れない。
そう、彼女は、皇成たちと同じ高校二年生。
そして、皇成とは違うクラスに在籍している女子生徒で、言わずと知れた、現・新聞部部長!
(話すのは初めてだけど、思ったよりぶっ飛んだ人だな……)
噂は、たまに聞いていた。このネット社会に、未だに新聞を愛し作り続けるその情熱は、他に類を見ないほどで、学校で起こった出来事をいち早くスクープし、それを校内新聞にし、全校生徒に配りまくる。
しかも、その記事が、思いのほか面白くて、この学校の生徒たちは、みんなして、よく読んでいたのだが、まさか自分が、その標的になるとは思わなかった。
そして、そんな長谷川とは対照的に、もう一人のカメラを持った男子生徒は、大人しすぎるくらいだった。
地味というか、クールというか、一切表情を変えない無表情な男子。
多分、一年生だろう。『四月一日』と書かれたネームプレートは、一年生の証である『白』だったから。
「碓氷さん! 聞きましたよ! 彼氏が出来たそうですね!」
だが、そんな中、またもや長谷川が、姫奈に語りかける。
「え? ……は、はい」
「お! もしや、お隣の彼が矢神くん!? 丁度良かった! 実は、今日は、またまた新聞部で碓氷さんの特集を組もうと思って、参上つかまつりました!!」
(うわ、スゲー嫌な予感……!)
長谷川の言葉に、皇成は眉を顰めた。すると、どうやら、その予感はすぐさま的中した。長谷川は、どこからかマイクを取り出すと
「ズバリ! 矢神君と付き合った理由はなんですか!?」
と、キラキラと目を輝かせ、姫奈に問いかけた。だが、繋がっていないマイクをむけ雰囲気を出しつつ、片方の手にはスマホを持ち、録音の準備もばっりだった。そう、長谷川は、確実に姫奈と皇成の事を記事にしようとしていた。
それも、絶対、校内新聞のトップページにデカデカと掲載しようとしてる!!
「ちょ、そんなこと記事にするなよ!」
「そんなことですって!? お言葉ですが、矢神くん!! 今、この学園の生徒たちが、一番知りたがっていることが何だかわかりますか!? それは、あなた達二人のことです! 我が校一の美少女であり、高嶺の花とまで言われた碓氷姫奈さんが、なぜ、地味で華のない底辺・矢神皇成と付き合うことになったのか!? 誰もが認める、この格差カップルを特集しないなんて、新聞部の恥ではありませんか!?」
(なんだ、この人。めちゃくちゃ失礼だな)
地味で華がないのも、底辺なのも、誰もが認めてないもの、格差がありすぎるのも自分自身よく理解しているが、さすがに当人を目の前にして言うのは、失礼ではなかろうか!?
だが、顔を青くする皇成の目の前で、長谷川は更に、姫奈に詰め寄り始めた。
「さあ、さあ、碓氷さん! 彼と付き合った経緯を、ドドーンと暴露しちゃいましょ!」
「え? でも……付き合った理由は」
「あらあら、恥ずかしい? 恥ずかしいの? もぉぉ~恥じらう姿も可愛い~! では、どちらから告白を?」
「あ、それは、矢神君から」
「ほー、草食系に見えて、意外とグイグイ行くタイプだったんですね! ではでは、そのグイグイな矢神くんの告白の言葉とは!?」
「えっと『ずっと好きでした』って」
「やーん、ストレート~~♡ いいっすね! いいっすね! 飾らない真っ直ぐな告白! それで? 碓氷さんは、なんとお返しに?」
「わ、私は、結婚」
「だあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
咄嗟に叫び、皇成は姫奈の言葉を遮った!
(そうだった! 碓氷さん、俺と結婚したいって言ってたんだった!? 何か色々ありすぎて、肝心なこと忘れてた!!)
だが、そんなことを新聞部に暴露されたら、明日からの学園生活は、もはや地獄と化す! 皇成は、そう思うと
「申し訳ありませんが! プライベートなことには一切お答えできないことになっておりますので、どうぞ、お引き取り下さい!!!」
まるで、アイドルを守るマネージャーのごとく新聞部を撃退すると、皇成は、その後、姫奈の手をとり走り出した。
「碓氷さん、逃げるよ!」
「え、あ……うん!」
繋がった手に、姫奈が微かに頬を赤らめる。だが、逃げようとする二人を、長谷川は決して逃がさない。
「ぎゃー、愛の逃避行~!! 手を繋いで逃げるなんて、まさにベストショットぉぉぉぉ!! さぁ、四月一日くん、撮りたまえ!! 存分に!!」
「………………」
──カシャ、カシャ、カシャ、カシャ。
長谷川の背後にいた男子生徒が、無表情のまま連写モードで写真を撮る。
そう、二人が手を繋いでいる、決定的瞬間を──
***
「はぁ……はぁ……」
その後、2年B組の教室まで走ってきた皇成たちは、軽く息を整えていた。
なんとか、新聞部からは逃げ切った。
そう、逃げ切ったのだが
(あいつら、絶対、写真撮ったよな?)
なぜか、次から次へと事態が悪化していく。
しかも、まだ付き合って一日!
たった一日で、この有様!?
(どうして、こう、次々問題が起こるんだ……?)
もはや、呪われているのか?
矢印様の采配を無視した罰でも当たったのか?
すると、皇成は改めて姫奈を見つめた。
走ったせいか、同じように自分の横で息を整えている姫奈。そして、放課後の教室には、もう誰もおらず、二人きり。
きっと話すなら、今しかない。
(ハッキリ、いわないと……)
別れてほしいって──
「矢神くん、顔色悪いけど、大丈夫?」
「え、ああ……ごめん、大丈夫」
「そう……ゴメンね。今日は一日大変だったよね?」
優しい声をかけられれば、自然と胸が熱くなった。
でも、今日は本当に大変だった。
それはもう、うんざりするほど大変だった。
正直、高嶺の花と付き合うことに、こんなリスクがあるなんて思ってまいなかった。
いや、リスクが生じたのは、全部自分のせいだ。自分が、彼女に釣り合わない人間だったから。
地味で、目立たず華のない、平凡すぎる男子高校生だったから……
(格差カップルか……まさに、その通りだな)
実際、この恋が成就して、素直に喜んでくれたのは、友人の大河ぐらいだった。
このまま付き合っていたら、いつか彼女まで、不幸にしてしまうかもしれない。
自分一人だけが不幸になるなら、それでいい。
だけど、その不幸に、彼女を巻き込むことだけは、絶対にしたくない。
「碓氷さん」
顔を上げて、まっすぐに彼女を見つめた。
視線が交われば、その瞬間、空気が変わる。
「さっきの話だけど」
「あ、待って」
「え?」
「ここじゃ、誰が聞いてるか分からないし、場所変えない?」
「そ、そうだよな。……でも、どこに」
「私の家に来て」
「……へ?」
一瞬、耳を疑った。私の……
「家!? それは、さすがに、よくないんじゃ」
「どうして? 私たち、もう付き合ってるんだし、私の部屋で、二人っきりになっても、なにも問題ないでしょ?」
そう言って、ニッコリ笑った姫奈に、皇成はその後、何も言えなくなった。
──あぁ、矢印様。
俺は、どうすればいいのでしょうか?
彼女が、積極的すぎて、なかなか別れる決心がつきません。