07 すれ違う恋
「相変わらず素晴らしいな、ルビイの魔石は」
「えへへ! ありがとうございますわ、シルヴァ様ッ!」
(うッ……くそ、今日も可愛過ぎだろルビイさん。常識的に考えて)
相変わらずルビイを溺愛しているシルヴァだが、彼は彼で真面目に仕事もこなしている。
ルビイが作った魔石や、店の売上状況をだいたいいつもシルヴァは閉店付近か、閉店後にやってきてチェックし、問題はないか、商品としての価値はあるかをしっかり確認する。
一応ケツモチはオルブライト商会になるので、商品に不備があればその責任を負わねばならないからだ。
(それにしてもルビイさんの作る魔石は本当に凄い。宝石から作られる魔石となんら変わらない効力がある……)
宝石とただの石ころには当然雲泥の差がある。
宝石はそもそも元から魔力を微弱ながらに宿しており、だからこそ魔石師はその魔力を通じて新たな魔力を付与出来る。
しかしただの石には欠片ほどの魔力もない。
魔力は例えるなら紙のようなものだ。
少し水分を含んだ紙は新たな水をぐいぐいと吸い込むが、カラッカラに乾いてしまった紙はすぐに水を吸い込まない。
魔石への魔力付与とはそういうものだ、というのが魔石に関する一般的な常識だ。
しかしルビイはただの石ころにいとも簡単に魔力を付与する。
シルヴァはこの事の異常さにすぐ気づいた。
実はただの石ころを魔石に変えられる魔石師はこの世に全く存在しないわけではない。
魔石師の家系で、恐ろしくレアな確率でそのような異端児が生まれる事がある。
しかしそれは限りなく低い確率。
そしてそんな魔石師たちは、歴史上で神や王と呼ばれるほどの存在になっている。
それほどの超希少的存在価値があるのだ。
シルヴァの貿易商仲間に情報を集めて聞いてみても、今現在存在する各地の魔石師で石ころに魔力を付与できる者はいないとの事だった。
(全く、この情報を事前に教えてくれた彼女には感謝しかないな。だが、しかし彼女は何故……)
そんな風にシルヴァが思い耽っていると。
「あの……シルヴァ様?」
「ひゃあ!?」
ルビイがもの凄い近くで上目使いでシルヴァの顔を覗き込んでいたのである。
おかげでシルヴァは普段絶対に声に出さないような言葉で驚いてしまった。
「……んん! ゴホン! ……どうしたルビイ?」
「あ、いえ。ずっと私の作った魔光石を難しい顔をして睨まれていらしたので、何か不備があったのかと……」
「あ、ああ。いや、全く問題はない」
「そうでしたかぁ! 良かったですわぁ……」
「うむ、今日の在庫の魔石も問題ない。明日の商品に出して良いぞ」
「うふふ、あんまり難しい顔をしていらっしゃったので、私、何か失敗しちゃったかと思いましたわ」
「ルビイに限ってそれはないさ。いつも素晴らしい出来だよ」
「ありがとうございますわ! ……ふふ」
「……?」
ルビイが楽しそうに笑ったので、シルヴァは不思議そうな顔をした。
「どうしたルビイ?」
「あ、いえ、なんでも……」
「ルビイ、そういうのは気になるから教えてもらえると助かる。何がおかしかったんだい?」
「えっと……シルヴァ様もあんな面白い声を出されるのですね」
「う……あ、あれはだな……」
「はい。あれは?」
(ルビイさんが超絶可愛いのに、上目使いで下から覗かれたからだ、なんて言えないだろ……常識的に考えて……)
そう思ったシルヴァは、
「あれは……しゃっくりと返事が重なっただけだ!」
という無茶な答えで押し通したのだった。
●○●○●
――王都での舞踏会まで残すところ数日。
ルビイの為にシルヴァが注文したドレスは無事完成し、袖通しも済ませ、髪型もオルブライト家の侍女にやってもらえる約束を取り付けた。
基本的にルビイはこの小さな魔石店で一人生活しているが、舞踏会前日はオルブライト家に泊まれとシルヴァに指示された。
オルブライト家の所有する馬車で王都へと向かうからだ。
「……おーい。おーい」
「あ!? は、はい! なんでございましょう!?」
ルビイは慌てて我に返る。
「お嬢さん、この『嫌な匂いが良い匂いになる魔石』はいくらなのかね? 値札が見当たらなくての……」
舞踏会に関する事で頭が一杯だったルビイは、店の客の呼び掛けに反応が遅れた。
「あ、すみません。そちらはえっと……十二銀貨になりますわ」
「ほう! 噂通り安いのう。ではこれを一つ頂けるかな。ワシの家の周辺はどうも野犬のトイレになっているらしく、匂いがキツくてたまらんのじゃ」
「それは災難ですね……」
「こんな低級の魔石でも、王都で買えば安くても五百銀貨はするからのう。とても助かるよ」
「いえいえ!」
そんな風に客の笑顔を見れる事がルビイには何よりの幸せだった。
「ありがとうございましたぁ!」
老紳士の客を見送り店内のカウンター席に戻ったルビイは、また舞踏会の事を想像する。
夢のデビュタント。
ガウェインの婚約者であった時、王宮で何度か夜会を見てはいるが、ダンス用のドレスを着て踊った事はまだなかった。
やはりデビュタントで、愛しい人とワルツを舞うのは貴族令嬢たるもの憧れではある。
婚約破棄されなければ、あと数日でそれが叶う予定だったが生憎こんな事になってしまい、ルビイは成人したがデビュタント未経験となってしまった。
とは言っても今となってはガウェイン殿下などと踊らなくて良かったとルビイは思っているが。
それが此度、どんな運命の悪戯か、叶う。
とはいえ今は貴族ではないので正確にはデビュタントではないのだが、ルビイにとっては同じようなものである。
それを優しくて素敵な殿方と一緒に踊れる。
「シルヴァ様……」
シルヴァに拾われ、彼と接する事数ヶ月。
ルビイは日に日に彼への想いを募らせていた。
元々ルビイは幼少期より、素敵な恋に憧れていたが、厳格な父に「お前には地位と爵位がしっかりした相手を選んでやる」と、勝手に決めつけられており、自分の想いで誰かを好きになってはいけないのだと教育されてきた。
ガウェイン第一王子殿下と初めて出会った時も、彼に対して特別な感情は抱けなかった。
ただ、
(ああ、これが私の一生のパートナーなんですのね)
という諦めに近い心象が最も適切であった。
それでも当時はまだ、ガウェイン殿下は優しかった。
しかしルビイはなんとなく察していた。ガウェイン殿下は自分の身体と自分の家系の力だけが目的なのだと。
けれどそれでも良いと思った。
これまで役立たず扱いされ続け、父や母に何一つ認められる事がなかった自分が、次期国王の可能性が最も高い第一王子殿下の妃になれば、きっと父と母も喜んでくれると思っていたからだ。
唯一言うならば、ガウェイン殿下を愛する事ができない自分の心に嘘をつき続けられるのかという不安。
成人し、デビュタントに参加する事は楽しみではあったが、その後の結婚、初夜の事まで考えると憂鬱でもあった。
だが、今は違う。
「はあ……。シルヴァ様が……本当に私の事を好きになってくれれば良いですのに……」
そうなったなら、それほど嬉しい事はない。
ルビイは自分でもはっきり気づいている。
自分はシルヴァ・オルブライトの事を好いているのだと。
だが人当たりのとても良い彼の事だ。女性関係の繋がりも多い。
現にこれまでオルブライト商会の仲間内やオルブライト家と仲の良い貴族仲間たちの中でも、婦人や令嬢たちからのシルヴァの評判はとてつもなく高い。
そして何度かオルブライト商会本部内で、見知らぬ令嬢と楽しそうに話しているシルヴァを見かけた事もある。
そんな彼が、捨てられた自分なんかを好きになるはずがない。
そう思っているので、ルビイはシルヴァへの想いはなるべく膨らませないようにしていた。
しかしそれが今回の婚約者の演技、という謎の舞台を用意され困惑している。
「……でも、そう。彼は演技、と仰りましたわ。つまり本当は私と恋仲になんてなりたくはないんですわ」
ルビイの中の結論はそうなった。
シルヴァがもし万が一自分に好意を持ってくれているなら、演技ではなく本当に口説いてくれれば良いのだから。
それをしないという事は、自分の事を本当に好きなわけではない、という証拠なのだ。と、ルビイは結論付けていた。
「……でも、それでもいいですわ。あんな素敵なドレスまで仕立ててもらっちゃいましたし」
シルヴァの想いとは裏腹に、二人のすれ違いは続く。
……かに思われたが、それは舞踏会の日に衝撃的な真実と共に色んな意味で終わりを告げる事を彼女はまだ知らない。
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