03 広がる噂
「なに? 隣国の魔石師、だと?」
王都ニルヴィアの中心部付近に大きな庭と屋敷を構える、王都屈指の魔石師の家系であるフランシス家の執務室。
そこで多くの書類の束に目を通していたエメルド・フランシス伯爵が、その連絡をくれた執事のジョバンニに尋ねた。
「はい。ここ最近噂になっております。優秀な魔石師が小さな店を構えている、と」
「聞いた事がない。魔石師の家系は必ず貴族であるはずだ。そんな魔石師がいるなら店を構える前に、私のもとにもそれなりの話が来ているはずだ」
魔石師は基本貴族の家系だ。なので魔石を売る店については貴族間での情報流通が早く、出所不明な魔石店は滅多にない。
「貴族間でも誰も知らなかったようです。私もつい先日、仲の良い旅の冒険者にお聞きしたばかりでございましたから」
「……どこかの流れ者か? しかしわからんな。魔石師の血を引いているならそんな個人で店を構えて経営などしないはずだ」
エメルドの言う通り、魔石師は魔石を作るだけで充分だ。それを売り捌くのは商人の仕事であり、普通なら魔石師に専属の商会や商人が付く。
「どうやらオルブライト商会がバックに付いているようですが、商会の商人が店を回しているようではなさそうです」
「その魔石師は優秀だと言ったな。魔石錬成時間が短いのか? それとも錬成魔力値が高いのか?」
「まだ噂段階ですので、詳細まではわかりかねます。なので、調査の者を差し向けておきました」
「そうか。ではまた詳細がわかり次第すぐに伝えよ」
「かしこまりました」
執事のジョバンニはそう言うと、頭をペコリと下げて執務室を退出。
「全く……こちらは踏んだり蹴ったりだと言うところに、強力なライバル出現とはな」
エメルドは小さく溜め息を吐く。
「まさかガウェインの馬鹿殿下めが、私の大事なカタリナと婚約してしまうとは想定外だった。こんな事ならルフィーリアを勘当すべきではなかった」
エメルドがルフィーリアを勘当したのは、カタリナの虚言に乗せられたからなのだが、まさかその直後にカタリナがガウェイン第一王子殿下と婚約してしまうとは思いもよらなかったのだ。
エメルドはカタリナが家に居れば良いと考えており、できることなら伯爵以上の貴族令息あたりが婿に来てくれれば理想的だと考えていただけにこれはショックであった。
これでフランシス家は後継者がいなくなったのである。
「……もはや私の技は完全に王家だけのものになってしまう」
誤算だった。
カタリナは優秀な魔石師だっただけに、特にである。
そんな折、飛び込んできた謎の魔石師の話。
「……隣国、ラダリニアの小さな魔石店、か。その者がどれほどの逸材なのか、些か興味をそそられるな」
●○●○●
「え!? お嬢ちゃん、このサイズの魔光石が百銀貨なのかい!?」
ルビイの小さな魔石店内にて。
一人の初老の男が商品の魔石を見て声をあげた。
「はい! えっと……た、高すぎましたか? ちょっと良い出来だったので少し値段を上げすぎちゃいましたかしら……」
「いやいや、とんでもない。激安だよ激安。こんな手のひら大の魔光石なら十金貨でも買えないくらいだよ」
「まあ、そうでしたの?」
「しかしこのサイズで本当に光り輝かせられるなら、とんでもない掘り出し物だ。試していいかい?」
「どうぞどうぞ!」
ルビイに言われ、初老の男は魔石を手に取り魔力を込める。
魔光石とは常時光を放つタイプと、持ち主の魔力に反応して光を放つタイプに分ける事ができる。
常時光を放つタイプであると、単純な術式で済み錬成時間も短い、お手軽魔光石だ。
しかし後者の魔力に反応した時のみ光るタイプは少し高度な魔光石となり、精製にはやや複雑な術式と錬成時間を要する。
後者の魔光石『スイッチ式』と呼ばれ、スイッチ式魔光石は魔石の節魔力になるので長い間利用する事が可能なのである。
が、当然ルビイにかかればそんなもの、手間ですらなかった。
「うおお……ほ、本当に光った。しかもこれ、最高光度じゃないかね!?」
初老の男は驚きを隠せずにいた。
「本当にこれを百銀貨でいいんだね? お嬢ちゃんがよければすぐに現金で買わせてもらうが……」
「もちろんですの! そんなのに一金貨も取りませんわよ!」
「そんなのって……いや、まあいいか。ではありがたく買わせてもらうよ」
「はーい! 毎度あり、ですわあー!」
ルビイは満面の笑顔でお客さんを見送った。
先程の客の反応からして、どうやら自分の知る魔石の価値観はまだ世間とは大きくズレているのだろうとルビイにもわかっている。
だが、ルビイはそれで良かった。
ただ河原で無数に落ちている石ころに魔力を込めるだけの簡単なお仕事なのだ。
確かに手のひら大になると僅かに時間を要したが、それでも十数秒だ。
そんなものにお金を取る事自体引け目を感じている。だから、安くて喜ばれる方がルビイは嬉しいのである。
などと考え笑顔で店内の飾り付けを直していると、カランカラン、と再びドアベルが鳴った。
「いらっしゃいま……あ! シルヴァ様!」
「やあ、ルビイ。今日も精が出るね」
「今日は早いですわね! どうかされましたか?」
「先日のガウェイン殿下の件でね。ちょっとルビイに注意をしておこうと思って来たんだ」
「注意、ですか?」
「うん。あの日、彼は引き上げたが、ガウェイン第一王子殿下は極度の負けず嫌いだ。自分になびかない女性に屈辱を味わわされたまま、何もしてこないとは限らない。下手をすれば夜にキミを襲ったり、攫ったりしないとも言い切れない」
「そんな……いくらなんでも殿下がそこまで……」
「あくまで可能性だが、これでキミの噂はこの町だけに留まらずニルヴァーナ王国中に知れ渡るのも時間の問題だ。だから早めに手を打つべきと考えたのさ」
「手を……?」
「ルビイ。キミはまだデビュタントを経験していないと言っていたな」
「は、はい。成人する前に勘当されちゃいましたから……」
「それでもワルツは踊れるかい?」
「ええ、一応デビュタント前に仕込まれましたので」
「王都ニルヴィアの王宮で開かれる舞踏会に参加しないか?」
「え? で、でも私はもう貴族ではありませんし、それに王都は……」
「安心してくれ、私がエスコートする」
「え、え?」
「ルビイ、キミを私のパートナーとしてエスコートさせてくれ」
「パ、パパパ、パートナー!?」
ボッと顔に火がつくかのように思わずルビイは赤面した。
「そして、私の婚約者となってくれないか?」
怒涛の発言の連発にルビイはシルヴァの言葉の意味が全くわからなかった。
王都? 舞踏会!? パートナー!? 婚約者!?
そんな単語がグルグル頭の中を駆け巡っているのである。
(た、確かにシルヴァ様はとても優しいし、素敵だし、パートナーだったら良いな、なんてちょっぴり思ったりもしましたけれど、だからと言っていきなりそんな……!)
ルビイはもじもじしながら、火照る顔を押さえていた。
「おっと、まだ営業中だったな。いつ客が来るかもわからないから、私は一度退散する。今晩、またここに来るよ。その時に詳しい話をしよう」
「あ、え? ちょ、シ、シル……」
「では、また夜に」
カランカラン、とドアベルを鳴らしながらシルヴァはそう言い残して店から出て行ってしまったのだった。
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