エピローグ 二人の小さな魔石店
――それから数ヶ月後。
ルビイが晴れて正式に第二王子であるシルヴァリオこと、シルヴァと恋仲として結ばれた後。
「あ、いらっしゃいませーッ!」
隣国、ラズリア公国の港町、ラダリニアの町の片隅。
小さな魔石店でいまだ働いている少女の姿があった。
そしてその店内にはもう一人――。
「いらっしゃいませ、お客様。本日は新商品がございますよ」
そう接客しているのは、あのシルヴァであった。
「お兄さん、ワシャ最近肩凝りが酷くてのう。何か役立ちそうな魔石はあったりせんかね?」
「それでしたらこちらの『血行を良くして筋肉をほぐす魔石』がまさにうってつけかと。どうぞお試しください」
「お、お、おッ? お!? おお!? な、何やら肩から背中がジンワリあったかくなってきよったのう!?」
「そうでしょう。その魔石を一日定期的にあてがうだけで、だいぶ凝りも良くなられると思いますよ」
「ほほぉー! こりゃあ気持ちがええのう! よし、これを買わせてくれい。……ちなみにこんな魔石は見た事もないが、一体いくらぐらいするんじゃ……?」
「こちらは新商品ですが、皆様がお求めやすいように五銀貨でお売りさせてもらっております」
「五銀貨か……少ない稼ぎで細々生活しとるワシにはちょっと値が張るのう……」
客の老人が財布を見て心許なそうにそう言うと、
「あ、シルヴァ様! そちら、まだ試作品なので、無料でお渡ししちゃって良いですよ!」
と、カウンターの中からルビイが言った。
「と、この店のオーナーである彼女がそう申しておりますので、それは試供品として、差し上げますね」
シルヴァはニコっと笑顔で老人に魔石を手渡す。
「ほ、本当にええんか? こんな良い物をただで……?」
「ええ、構いませんよ。またこのお店をご贔屓にしてもらえれば何よりです」
「いやぁ! ありがたい。だがさすがにただというわけにはいかんじゃろ。これぐらいは置かせてくれい」
そう言って老人は五十銅貨ほどを店のカウンターに置き、
「お嬢さん、ありがとう」
と笑顔で退店して行った。
「「ありがとうございましたッ」」
二人は声を揃えて客を見送る。
ルビイとシルヴァは今、こうして二人仲睦まじく魔石店を経営していた。
それというのも、シルヴァはニルヴァーナの王位継承権を完全にブロンへと委ねたからであった。
何故ならルビイに、
「王宮での暮らしとラダリニアでの魔石店経営、どちらがルビイの望みだい?」
と、シルヴァが尋ねたら、ルビイは少し悩みながらも、
「ラダリニアのお店には常連さんもいますし、できれば手放したくはないですわ」
と、答えたからだ。
元々シルヴァも商売や貿易、交易が好きなだけに、王宮の堅苦しい生活よりもそちらを望んでいた。
なのでシルヴァはダグラス王とブロンの三人で相談し、なんとか頼み込んでブロンに王位継承権を譲ったのである。
当然ブロンとしては、
「私の兄上たちは皆、我が儘だ」
と不服そうではあったが、仕方なく引き受けてくれたのである。
しかしもちろんシルヴァもただで王家を捨てたわけではない。それ相応にニルヴァーナにも利益のある行動をすると約束した。
それはオルブライト商会とニルヴァーナ王国の良好な貿易関係の新規締結である。
それだけではなく、ルビイの力や魔石をニルヴァーナにもこれまでの市場を変えてしまうほどの破格で提供する事を約束。
互いの国の発展に、シルヴァもブロンも協力し合う事としたのだ。
「シルヴァ様、裏でゆっくりおやすみしてくださっていて構わないのですのに」
ルビイが心配そうな声で言うと、
「いや、せっかくの休みくらい、こうしてルビイと一緒にお店をきりもりするのも私の楽しみさ」
と言った。
シルヴァは今現在、シルヴァ・オルブライトとして生きている。
なので当然、オルブライト家の当主としてオルブライト商会を支えて様々な活動をしているのだが、特に商会の用事がない日はこうしてルビイのお店を一緒に手伝っている。
先日、ルビイと正式に結婚した後、シルヴァは今この魔石店でルビイと二人で住んでいる。つまり、今日はシルヴァにとって商会の用事などが無い休日という事だ。
二人はオルブライトの屋敷に戻ったりもするが、もっぱらこのお店で寝泊まりしている。
こじんまりしているこの店が、二人だけの空間にはぴったりなのだ。
「あ、お客さんですわ。またご年配の方ですわね」
店の外に影が見える。
「あれは……」
シルヴァは何かに気づいたような口調で呟く。
カランカラン、とドアベルが鳴らされ再び客が店内へと足を踏み入れた。
「いらっしゃいま……」
ルビイがそう言いかけた時。
「ほっほっほ。久しぶりじゃのう、二人とも」
「お祖父様ッ!?」
ルビイが驚いたような声をあげる。
「やはりプラナム爺ちゃんか」
シルヴァはその姿形ですぐにわかった。
「これシルヴァ。ルビイさんのようにプラナムお祖父様、と呼ばんか」
「私にとって、爺ちゃんは爺ちゃんだからな」
シルヴァが馴れ馴れしく呼ぶこの老人は、プラナム・ニルヴァーナ。
ダグラス王の実父であり、つまりはシルヴァたちにとって祖父だ。
そして。
「ルビイさんに貰ったあの日の魔石、いまだに魔力を注げば光り輝くよ。全く、素晴らしい物じゃな」
「まあ。アレをお祖父様にお渡ししたのはもう何ヶ月も前でしたわよね」
「うむ。あの地下水路以来じゃな……」
そう。
このプラナムという老人こそ、ルビイがガウェインに婚約破棄されフランシス家から追放された日、地下水路の前で困っていたご老人なのである。
全てはシルヴァとカタリナの予定調和だったのだが。
プラナムは王子の中でもシルヴァリオと特に仲が良く、オルブライト商会とニルヴァーナ王国を繋ぐ様々な厄介ごとを陰ながらフォローしてくれている、シルヴァからすればまさに縁の下の力持ちであった。
「爺ちゃん、今日はどうしたのだ?」
「いや、なに。お前たちが上手くやれているか様子見にな」
「なんだ、そんな事ならいらぬ心配だ。私とルビイは喧嘩ひとつせず上手くやっている」
シルヴァが言うと、
「はい、お祖父様! 私たちは仲良しですわよーッ!」
ルビイも笑顔で応えた。
「強いて言えばルビイが可愛すぎるのが問題だ。私が店にいない日、どうもルビイを狙ってくるゴミ屑みたいな虫がいるらしいのでな。可能ならば殺処分したいのだが……」
「だ、駄目ですわ! シルヴァ様、ちゃんとしたお客様なんですわよ!?」
「……と、ルビイが言うので仕方なく生かしておいてやっている。だが、私のルビイに手を出したら容赦はせん。それが目下私の悩みだ」
「私のルビイ、だなんて……うふふ、シルヴァ様ったら」
「ルビイ、今日もキミは死ぬほど超絶可愛すぎるだろ、常識的に考えて」
「シルヴァ様……」
「グェーッホン! ゴォッホン! ブァッホォォイ!」
いつの間にか二人の世界になりかけていたので、プラナムは強引な咳払いをする。
「……どうした爺ちゃん? 変だぞ?」
「いや、変なのはお前じゃシルヴァ……。ルビイと結ばれてからはお前のおかしさが加速していてワシャ少し心配じゃ……」
「そうか? 私は変わってないだろ、常識的に考えて」
「ううーん、そうかのぉ……」
「ところでお祖父様、今日は遥々このラダリニアまでいらしたのですから、お泊まりになられていくんですの?」
「そうじゃのう。今日はお前たちの様子見がてら観光に来たようなものじゃし、たまにはオルブライトの屋敷にお邪魔するのも悪くないか、とも思っておったのじゃが……」
プラナム老はシルヴァは見て、
「……なんだか物凄い圧を感じるから今日は帰ろうかの」
萎縮しながら答える。
シルヴァは、久々の休みを夫婦水入らずで過ごしたい、夜もルビイとイチャイチャしていたいから邪魔をするんじゃない、と眼力で訴えていた事をプラナムは秒で察したのである。
「そうか爺ちゃん! 残念だな! でもオルブライトの屋敷に爺ちゃんだけ寝泊まりするのは全然構わないぞ。お父様も屋敷にはいるしな」
「そうじゃの……ハーストンの奴に挨拶ぐらいはして行くかのう」
それからルビイとシルヴァはしばらくの間、店の中でプラナム老と雑談を交わした。
ルビイはその中で今の王都の状況を少しだけ聞き及んだ。
まずフランシス家だが、あの舞踏会以降、めっきり評判を聞かなくなったのだそうだ。エメルドが公衆の面前で断罪され信用を大きく損なったから、らしい。
だが、エメルド自体優秀な魔石師であるのは間違いないので、フランシス家は後継者問題以外は割としぶとく頑張っているとの事。
ディアは結局娘の事よりもエメルドに言われるがまま、今も彼の言いなりなのだとか。
そしてカタリナはやはり、あれから行方を眩ましているらしい。
「カタリナについては、ワシもニルヴァーナの各商会を通じて各国に目撃者がいれば連絡をするようにとは話しておるがの」
「そう、なんですのね……」
ルビイはカタリナと話したかった。
シルヴァから全てを聞かされ、カタリナがルビイの為に色々と動いてくれていた事に、きちんとお礼を告げたかったのである。
しかし彼女の行方はあの舞踏会の日からすっかりわからなくなってしまった。
ルビイの心残りはそれだけだった。
「ルビイ、安心するといい。彼女はとても強かな女性だ。今も遠い地で上手くやりながら、私たちの幸せを祈ってくれているに違いないさ」
シルヴァは微笑んでそう言った。
「そう、ですわよね。カタリナならきっと……」
ガウェインに婚約破棄された日は、あんなに仲が良かったと思っていたはずのカタリナに裏切られたショックが大きかったが、今となってはそれすらも全てルビイの為に行なわれた事だったのだと知り、ルビイは自分の愚かさと浅はかさばかりを呪っていた。
カタリナが自分を犠牲にしてでもルビイを救い出そうとしてくれていた事。
その感謝をカタリナと再会する日まで決して忘れてはならないと思った。
この魔石店を経営し、オルブライト商会に身を置き続けていれば、きっといつか、どこかでカタリナの情報が手に入る事を信じて。
そしていつの日か彼女に再会した時、ルビイとシルヴァは笑顔で彼女と向き合えるように。
自分は今、貴女のおかげでとても幸せになれたと胸を張ってお礼を告げられるように。
ルビイはこの小さな魔石店でシルヴァと、オルブライト商会の発展と共にカタリナに再会できる日を待つのだった――。
ご一読いただきまして、本当にありがとうございますッ!
この物語はこれにて完結となります。
ルビイとシルヴァが更に有名になって世界をまたにかける日も遠くはないでしょう。
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それではまた次回作でお会いしましょう!




