20 陰の功労者
「ふう。もうここまで来れば十分ですわね」
深夜。
王都ニルヴィアから離れ、近くの森の中でそう呟く身なりの良い令嬢がいた。
「ええ。……カタリナ、そろそろ休みましょう」
そう言ったのは蒼い薔薇のコサージュを頭に付けた、薄い桃色の髪色をした女性。
「わかりましたわ。セレスお母様」
それはかつて、フランシス家の侍女でありエメルドと不貞の仲となりカタリナを身篭り、そしてフランシス家を追い出された女性であった。
「では私のこの魔石で……」
カタリナはそう言うと、いくつかの魔石をポーチから取り出し、その場に広げる。
「お母様、これを四方に。魔物や獣除けの魔石ですわ」
「わかったわ」
セレスはカタリナから魔石を受け取ると、言われた通り自分たち二人を取り囲むように魔除石を設置。
そしてカタリナは中心部に明かりと暖の代わりとなる魔熱石を置く。
「お母様、今晩はここで野営しましょう」
カタリナはセレスへとそう言った。
二人の淑女はこんな森の中では不釣り合いなドレススタイルで、適当な倒木の上に腰掛けている。
「……カタリナ。これで本当に良かったの?」
セレスが尋ねた。
「ええ。これで私の使命も目的も達せられましたわ。それに想像以上に金目の物もたくさん頂いてこれちゃいましたし」
カタリナは自身の横に置いた大きな頭陀袋をパンパンと叩いて、実に満足そうに笑顔で頷く。
その中身は王宮の侍女たちに用意させた大量の宝石や金銀が詰められていた。
また、その他にも大きめなバックパックに、これまで王宮で侍女たちに作らせていた高級なドレスなども大量に詰め込んできてある。
その全ては自分と、母、セレスの為に。
「そう……。でも、本当にありがとうカタリナ。私の願いを聞いてくれて」
「当たり前ですわ。私の全てはお母様の為にあったのですから」
カタリナの目的。
それは、母セレスの願いを叶え、そして母を苦しめた全てに仕返しをする事。
今宵の舞踏会にて、その全てをようやく叶える事ができたのである。
「お母様を粗末に扱い追い出した癖に、私の力が優れていると知った途端、私とお母様を強引に引き離した憎きエメルドお父様は、今日、私とお姉様の両方を失いました。実にいい気味ですわ」
「ええ、本当に。私も影ながら見ていたわ。カタリナにもルフィーリアにも見放されたエメルドのあの顔は、本当にスカッとしたわ」
カタリナとセレスはくすくすと笑い合う。
「ガウェイン殿下もついに堕ちるところまで堕ち、王位継承権も失くしましたわ。これでニルヴァーナは安泰でしょう」
「……でもカタリナ。貴方は本当に良かったの? 王家の一員になればきっと素晴らしく幸せな生活が約束されていたわ」
「お母様。私にとって、お母様と暮らす事以外に幸せなんてありませんわ」
「……ありがとう。それに、ルフィーリアの事も」
「お姉様もこれで幸せになれますわよね」
カタリナは少しだけ寂しそうな瞳でそう呟く。
「本当は貴女、もっとルフィーリアと話したかったのでしょう? あんな別れ方だものね」
「……良いんですわ。私はお姉様も幸せになってくれさえすれば、私がどう思われようとも」
「カタリナ、ルフィーリアはきっと、貴女の事を理解していると思うわ」
「……そんな事、ありませんわ。お姉様はきっと、私の事を死ぬほど恨んで、嫌っていますわ。だって、そうなってもおかしくないくらいに、私はお姉様に嫌われるような酷い嘘をたくさんつきましたもの」
「でも、きっと今は理解してくれているわ。だって、シルヴァリオ様が全て上手くやってくれたもの」
「……そうだとしても、私はきっと永遠に許されませんわ」
遠い目でカタリナは呟く。
ありし日の自分を思い出す――。
●○●○●
――カタリナはルフィーリアの事が大好きだった。
強引にフランシス家へと連れて来られ、見知らぬ人たちに囲まれる生活の中、後からやってきたカタリナの事を実の妹のように可愛がってくれたルフィーリアの事を本当の姉のように慕っていた。
フランシス家でカタリナは自身の才能が認められるようになると、それからは特に優遇され持て囃されるようになった。
それと同時に反してルフィーリアはエメルドに冷たく扱われるようになってしまった。
エメルドは日々言っていた。
「カタリナ、お前は実に優秀な娘だ。将来は私以上の爵位を持つ家の令息を婿に迎えよ」
と。
エメルドは実に計算高い。
フランシス家の発展の為なら、娘であろうと道具としか見ていないのである。
そんなエメルドをカタリナは心底憎んでいた。
愛する母への処遇。そして義理姉であるルフィーリアへの冷遇。
自分の好きな者たちへのそんな対応が許せなかった。
実はカタリナの母であるセレスはルフィーリアの事をとても気にかけていた。
セレスは侍女だった頃から、ルフィーリアと仲が非常に良かったからだ。
それと言うのも、実母であるディアはエメルドの事ばかりを気にして、実の娘であるルフィーリアをほったらかしにしていたからであった。
ディアは臆病な性格だったがゆえにエメルドに逆らえなかったのであろうが、それでも娘を守る気も庇う素振りも見せない彼女に、セレスはほとほと呆れ返っていた。
だからセレスはカタリナがフランシス家に引き取られる時、「ルフィーリアとは仲良くしてあげて欲しい。助けてあげて欲しい」と、頼んでおいたのである。
そしてカタリナは決意していた。いつかこのエメルドとディアに目に物を言わせてやる、と。
そんなある日、ルフィーリアが第一王子の婚約者となる事が決まった。
おそらくエメルドは自分をフランシス家の正式な後継者とする予定なのだと察する。
ルフィーリアが婚約者としてニルヴァーナ王家へ引っ越す時。カタリナは最後の別れの日にルフィーリアへと尋ねた。
「お姉様は本当にあのお方が生涯の伴侶で本当によろしいのですか?」
と。
それに対し、ルフィーリアは儚い笑顔で「ええ」とだけ言った。
カタリナはすぐに察した。ルフィーリアがこの婚約を心からは望んでいない事を。
それでもルフィーリアが王家へ嫁げば、少なくともこれまでのようにエメルドから冷たい態度を取られる事もないかと思って様子を見ていた。
が、しかし。
ルフィーリアがフランシス家を出てから間も無くして、ガウェインについてロクでもない噂を聞く。
その内容とは、あの王子が女性を欲望の捌け口としか見ておらず、利己的かつ傲慢に扱うようなクズ男であるという話。
まだルフィーリアは成人前なのでそれまでは貞操も守られているようであったが、もし成人し、結婚してしまえばその先は一体どんな目に合わされるか。
そう思ったカタリナはなんとかしてルフィーリアをあの王子から救い出そうと考えた。
王宮に近づき、様々な人に接触し、そして偶然とある日、街中でシルヴァリオ第二王子に出会う。
カタリナはすぐに察した。このシルヴァリオ殿下がルフィーリアに恋している事を。
そしてシルヴァリオと会話を重ねる内に、彼もルフィーリアの身を本当に案じ、また、ガウェインの行動を問題視している事も知る。
カタリナはそれを聞き、これを利用するしかないと考えた。
カタリナは全てをシルヴァリオに告げはしなかったが、ルフィーリアに関する事を少しずつ教えた。
そして機を見て、カタリナは少しずつ外堀を埋めていった後に、ルフィーリアをガウェインの魔の手から解放すべく、自らを犠牲にガウェインへと近づいていったのである。
その後、当初は自分がガウェインと早々に結婚をしてしまいガウェインの悪事を暴いていこうと考えていたのだが、陛下が突然諸外国の貴族を集めた舞踏会を開く事を聞き、それをきっかけに様々な予定を急遽早送りした結果、今回の断罪劇となったのである。
この陛下の突発で開催された舞踏会についてもシルヴァリオ第二王子とブロン第三王子の計略の一環である事は、つい先程カタリナも聞かされたばかりではあった。
突発な舞踏会という名の断罪式は、ガウェインがルフィーリアにいらぬちょっかいを出す前に早くケリをつけてしまう為だったのだが、そのおかげでカタリナもガウェインと結婚せずに済んだ事を考えると、シルヴァリオとブロンは自分の事も考えてくれていたのだろう、とカタリナはなんとなく察する。
「……ルフィーリアお姉様。きっと今頃、真に愛する方と結ばれて幸せになってくれますわよね」
カタリナは優しい笑みで呟く。
「貴女のおかげで私の恨みも晴らされ、ルフィーリアも幸せになれたわ。本当にありがとうカタリナ」
カタリナは王宮から逃げるようにここまで来た。そしてこの先も母と二人で遠方の地へ去り行く予定だ。
その為の路銀や生活費として、王宮の侍女たちに舞踏会で豪華な物を用意させておいた。それらをまだ婚約者、つまり身内という事で合法的に頂く為に。(舞踏会会場の物品を密かに母、セレスに盗ませていたりもしたが)
だからもう二度と王都にも王家にも戻るつもりは無いし、エメルドにも、ディアにも、そしてルフィーリアにも会うつもりはない。
自分のやれる事はやり尽くした。
あとは大好きだった姉の幸せを祈るだけだ。
「永遠にお幸せに、お姉様」
一人の少女が最大の功労者である事を知る者は少ない。
ご一読いただきまして、本当にありがとうございますッ!
次回で最終話となります。
ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
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