19 叶わぬ恋だと思っていた。
――女神。
初めてルフィーリアを王宮で見た時にシルヴァリオが思った率直な感想だった。
流麗できめ細かで美しく長いブロンドヘア、整った顔立ち、大きな瞳、綺麗な肌艶。そして微笑んだ時の彼女。
その全てにシルヴァリオは虜だった。
(なんて美しいんだ……)
ガウェインが自慢そうに王宮内でルビイを連れて歩く姿を遠目で見て、そう思っていた。
だが、彼女は兄の婚約者。
彼女自身には魔石師としての才能が低くとも、間に生まれるであろうその子には素晴らしい才能を発揮する可能性は大いにある。
ゆえにルフィーリアは兄との子を孕む定めにある。
決して叶わぬ恋であった。
シルヴァリオはもちろん理解していた。
だが、それでも彼女の事が忘れられない。
一目惚れだった。
それからシルヴァリオは事あるごとに、暇さえあればルフィーリアに関する事を調べた。
彼女の好きな食べ物。彼女の好きな花。彼女の好きな遊び。彼女の好きな紅茶。彼女の好きな……男性のタイプ。
自分でもわかっている。
こんな事、常軌を逸していると。
ルフィーリアは兄の婚約者。
決して自分に振り向いてもらえるはずがないと、わかっている。
しかし王宮で彼女を見るたびにシルヴァリオは胸が締め付けられる思いだった。
耐えられなかった。
だからシルヴァリオはある日より、王宮には寄り付かなくなった。
ルフィーリアを忘れる為に。彼女を見て、恋心が燃え上がってしまわないように。
そしてシルヴァリオは別の顔を持つ事を決める。
それがオルブライト商会の経営だ。
王宮から離れる為に、彼は単身隣国へと赴き、正体を隠してハーストン・オルブライトに近づいた。
元々貿易、交易に興味の深かったシルヴァリオは、そういう事業に手を出してみたかったのだ。
そんな折、ハーストン・オルブライトより奇妙な話を聞く。
それはガウェイン・ニルヴァーナの悪評であった。
隣国、ラズリア公国はニルヴァーナ王国と陸地繋がりな上、とても近い位置関係にありながら、これまであまり盛んに外交を執り行わなかった。
何故ならば、ニルヴァーナ王国とやり取りをするとガウェイン殿下から無茶な要求を強いられる事がある、という噂を諸外国から聞き及んでいたからであった。
その中で最も醜悪な内容が、人身売買であった。
ガウェインはニルヴァーナ王国の商会が諸外国とのやり取りを行なう際、定期的に介入しては、「女を寄越せ」と指示していたのだという。
ガウェインは気に入った女を寄越さなければ取引には応じないよう各商会に圧力を掛けていた。
ハーストン・オルブライトはそれをよく理解していたからこそ、ニルヴァーナ王国との貿易は拒否を繰り返していたのである。
その事情を知ったシルヴァリオは、兄を許さないと思うと同時に、薄暗い下心も持ってしまった。
(もしこれで兄上の悪事を暴き、失墜させられたのなら……)
そんな風に考える自分が嫌いになりかけたが、その下心を持ちながらも、やはり同じニルヴァーナ家の人間として、兄のしている行為は許し難かった。
だからシルヴァリオは少しずつ行動を開始する。
兄、ガウェインの悪事を暴く為の調査を。
そしてその調査の過程でシルヴァリオは知った。
兄が別の女性と密会を繰り返し、その女性を口説き落とそうとしている事を。
それがカタリナだった。
カタリナとガウェインは結託して、ルフィーリアを追放しようと企んでいる事を知る。
しかしそれを教えてくれた人物は何を隠そう、そのカタリナ張本人だったのだ。
カタリナはシルヴァリオにこう伝えた。
「明日、ガウェイン様はお姉様を呼び出して婚約破棄を申し渡します。その後、お姉様はフランシス家からも絶縁されてしまうでしょう。なので、お姉様を助けてあげてもらえませんか?」
と。
シルヴァリオはカタリナの思惑は理解できなかったが、その行く末を見届けてみる必要はあると判断した。
その結果、全てはカタリナの言う通りとなった。
更にカタリナは教えてくれた事が一つある。
それは、
「お姉様には特別な力があります」
宝石ではないただの石を魔石に変えられる力があるという事だった。
それを確かめるべく、シルヴァリオはとある人物に協力を依頼し、ルフィーリアが婚約破棄された夜、その人物に地下水路の手前で困ったフリをしてもらっていたのだ。
そしてシルヴァリオはその現場を見て確信する。
ルフィーリアの力が本物である事に。
それをキッカケにして二人は出会ったのだ。
「……と、これが私とキミが出会うまでの、本当の経緯だ」
シルヴァはそう、ルビイへと告げた。
「う、嘘……」
「すまなかった、ルビイ。私は……私の為にキミを利用した。全てはキミが欲しかったからだ……」
ルビイは突然に知らされる真実の多さに困惑していた。
ガウェインの悪事もカタリナの行動も、まだまだ気になる事ばかりであったが、何よりも。
「ル、ルビイ!?」
「嬉……しい、です。シルヴァ……様」
ルビイは再び涙を流して、シルヴァへと微笑んだ。
心の底から嬉しかったのだ。
彼の想いが。行動が。その全てが自分の為であった事が。
「シルヴァ様は……本当にこんな私の事を……」
「ああ。恥ずかしいが、私はずっと……ルビイさんを好きだったんだ。だから……だから、ルビイさん。今、この時から、私の本当の婚約者になってもらえないだろうか?」
シルヴァは頭を下げて、ルビイへとそう告げた。
「シルヴァ様、頭を上げてください」
そう言われ、恐る恐るシルヴァは顔をあげる。
「こんな不束者でよければ……私の方から、お願いしたいですわ。シルヴァ様、私は貴方の事を愛しております」
「ルビイ……さん……ッ」
シルヴァは目を見開き、ルビイを見つめた。
自分の感情がよくわからなかった。
ずっと、ずっと想い続けて、恋焦がれてきた相手と、こうして愛を語り合えるなんて、思いもしなかったのだから。
「シ、シルヴァ様!?」
「あ、あれ……す、すまない」
気づけば釣られるように、シルヴァも涙を流していた。
感極まってしまったのである。
「ル、ルビイ、さん……」
「……ふふ。シルヴァ様って私の事、いつも呼び捨てでしたわよね?」
「……キミの前では強がっていたかったからね。本当はいつもさんづけで呼んでいたんだ」
「なんだかシルヴァ様が急に子供っぽくなってしまいましたわ」
「はは……。私も……あまりに嬉しくね……」
「それは……私もですわ」
シルヴァとルビイは共に顔を赤らめ、しばし無言で見つめ合い、そしていつしかその距離は縮まり――。
初めてのキスを交わす。
そして二人はこの日、この時。
初めて互いの想いを理解し合い、本当の婚約者として正式に結ばれたのであった。
ご一読いただきまして、本当にありがとうございますッ!
面白かった、続きが気になる、と少しでも思ってくださったならブックマークやこの下の⭐︎で評価を頂けるととても嬉しく励みになります。どうかどうか、よろしくお願い致します。




