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17 現実と夢の狭間

 ガウェイン第一王子殿下の断罪、ダグラス王から正式に認められたシルヴァリオとの婚約関係、そしてフランシス家の両親に対する決別という大きなイベントが落ち着きをみせたのは、それからしばらくしてからだ。


 グランドホールの人々は皆、怒涛の出来事に関する話で盛り上がってしまい、もはや舞踏会どころではなかった。


 ただ、様々な会話が飛び交う中、ルビイとシルヴァリオは素直に皆から祝福された。


 しかしルビイには気になる事が二つあった。


 その一つが、


(カタリナ……どこへ?)


 そう、異母妹であるカタリナである。


 ガウェインへと一方的に婚約破棄を言い渡し、逃げるようにこの会場からいなくなった彼女は今、どうしているのかが気になっていた。


「あの……ダグラス王陛下……」


 ワインを嗜みながら、ホールの片隅にある豪華なソファーに腰掛けるダグラス王へとルビイは訊ねた。


「うん? なんだね、ルビイ?」


「その……カタリナは、どうなるのでしょう?」


「どうにもならぬよ。彼女はこれで王家とは無関係となるし、フランシス家に帰るのではないか? 少なくとも、いつまでも王宮に置いておくわけにはいかぬな」


「そう、ですわよね」


「気になるか? ルビイ、お前を乏しめた彼女の事が」


「はい。カタリナは……一体何がしたかったのか、わからなくて。直接色々聞きたかったんですわ……」


「ふむ。まあ彼女には彼女の考えがあるのだ。今は放っておくのがよかろう。ルビイ、そなたはそれよりも今後の身の振り方について、シルヴァリオとよく話すのだぞ」


「……え?」


 ルビイが不思議そうな顔をすると、ダグラス王はルビイの耳元へ囁くように、


「……お主たちのそれが演技なのか、本物なのか。それ次第で私たちも今後の動向を考えねばならぬからの」


 とだけ伝え、その場を去って行った。


 ルビイは察し、そして思い出す。


 シルヴァことシルヴァリオ殿下との婚約は、全てガウェインを王位継承権から引き摺り下ろす為の演技である事を。


(そうでしたわ。私とシルヴァ様は……)


 これがルビイの二つ目の気になる事である。


 現実に戻された気分であった。


 だが、会場の熱にルビイですらも浮かされていた。


 まるで自分が本当にシルヴァリオ第二王子殿下の婚約者であるかのように錯覚をしてしまっていた。


(そう、これは全てシルヴァ様と出会った時から話していた最終目標。ガウェイン殿下に目に物を見せるという……)


 その目的は今、達成された。


 つまりはこの夢物語も終わりを告げるのだ。


(私は……)


「どうしたんだいルビイ? こんなところで」


 ルビイが一人で思い耽っていると、背後からシルヴァリオに声を掛けられた。


「あ、シルヴァさ……いえ、シルヴァリオ殿下。なんでもありませんわ」


「……ちょっと外に出ないか?」


「え?」


「王宮の二階のバルコニーは見晴らしがいいんだ。ぜひキミに見せたくてね」


「あ、はい……」


 ルビイはシルヴァリオに手を引かれ、言われるがまま、彼についていく事にした。




        ●○●○●




 夜も更けバルコニーから見下ろす王都は暗闇に包まれながらも、家々の明かりがまだそこかしこに光り輝き、まるでそれは蛍の光のように、美しくも儚げに見えた。


 火照った身体に夜風が心地よいと、ルビイはなびく髪をかき上げる。


「……シルヴァリオ殿下?」


「あ、いや!」


 そんなルビイの艶やかで美しい姿に見惚れて心奪われていた、などとは言えず、思わずシルヴァリオは顔を背けた。


「ル、ルビイ! 今日はその、ありがとう。私の為にこんな役をやらせてしまって」


 どぎまぎしながら言うシルヴァリオに、きょとんとしながらも、


「いえ、私もシルヴァリオ殿下のおかげで色々とスッキリ致しましたわ。むしろ、お礼を言うのは私の方です。ありがとうございますわ、シルヴァリオ第二王子殿下」


「……シルヴァ、で良い」


「で、ですがシルヴァリオ殿下はこの国の王子様であらせられますし……」


「ルビイ。私はキミにだけは特にシルヴァ、と呼ばれたい。王子ではなく、対等な間柄として接してもらいたいのだ」


「しかし私はもはや貴族でもないので、シルヴァリオ様にそのような無礼は……」


 ルビイはそう言って、顔を伏せる。


「ルビイ。不敬などと私は一切思わない。むしろ、キミにはいつものようにシルヴァ、と呼ばれたいのだ」


「……本当によろしいのですか?」


「うむ。そうしてくれるとありがたい」


「わかりましたわ、シルヴァ様」


 シルヴァはニコっと笑顔を見せて、


「ルビイ、ありがとう」


 礼を告げた。


「……シルヴァ様。色々お聞きしたい事がございます。シルヴァ様は、カタリナと通じていたのでございましょうか?」


 当然の質問だと思った。


「さすがにわかるか。そうだ、私はカタリナたちと裏で通じていた。だからこそ、今宵のあの断罪劇で兄上の王位継承権を剥奪する事が無事できたのだ」


「一体何故、貴方はそこまでしてガウェイン殿下の王位継承権を剥奪しようとなさっておられたのですか?」


「兄上はやり過ぎた。昔は国の為に、一国の王たる器になろうと真面目で勤勉であったが、いつの日からか、欲に溺れ自分を見失ってしまった……。利己的な考え方を優先する者が一国の王になるなど、常識的に考えて、あってはならない」


「そう、なのですね……」


「私とブロンはこのままではニルヴァーナ王国の未来が危ういと常々考えていてな。それで前々から密かにこの計画を立てていた。ガウェイン兄上を断罪する計画を」


「……私は利用された、のですか?」


「ルビイ、キミを利用していないと言えば嘘になる。私やブロンは随分前からキミの事を見ていたし、キミの事を裏切ったガウェイン兄上がカタリナ嬢と密会していた事も知っていた」


「そう、なのですか……」


 ルビイの瞳に影が宿ったのを見て、シルヴァは心が締め付けられるかのように苦しくなった。


「すまなかったルビイ。キミをこんな形で利用してしまって。どうか、どうかこの愚かな私とブロンを思う存分恨み、蔑んでもらって構わない」


 シルヴァはそう言って、ルビイに深く頭を下げる。


「そ、そんな風には思いませんわ! だからお顔をお上げください!」


「キミの心の隙間につけ込むようなやり方でキミを利用したのは事実だ。本当にすまなかったと思っている」


「そんな……そんな事……」


「言い訳になってしまうが、それでも私やブロンは兄上をこのまま放っておくわけにはいかないと考えていた。結果として、今宵の断罪劇となったのだ」


「はい。シルヴァ様はいつも皆様の事を思って行動するお方ですもの。今回のコレも国の民を思っての行動だと理解しているからこそ、私も望んで演技を続けたのですわ」


「演技……」


「はい。シルヴァ様の婚約者、という演技を」


「そう、であったな……」


 シルヴァは少し寂しそうな瞳で、ルビイから視線を逸らす。


「あ、でも、もう演技も終わりで良いんですものね! シルヴァ様とブロン様の目的は達せられたわけですし!」


「……そう、だな」


「あー! でも良かったですわ! 私の下手な演技でもし婚約が嘘偽りであるとあの場でバレてしまったら、ガウェイン様や皆様に何を言われるか、わかったものではありませんものねッ」


 ルビイは精一杯笑顔でシルヴァにそう言い放った。


 そう、これはお芝居。


 ひとつの夢だったのだ。


 その夢の舞台も、この舞踏会の終わりと共に幕を閉じる。


 ルビイにとっては、ガウェインや自分を捨てた両親に報復も果たせた。十分な結末だった。


 それなのに――。


「あ……れ?」


 それなのに、心の穴。


 以前よりも深くなった穴に痛みが走る。


 その痛みが思いの外、鋭く痛んで、思わず一筋の涙を零した。


「ご、ごめんなさい! 私ったら、急に……。えへへ、もう泣かないってシルヴァ様に出会ったあの日から決めていたのに、こ、こんな……あれ……? あれ……」


 止まらなかった。


 言い訳を口に出して並べれば並べるほど、次から次へと涙が自然に溢れ続けた。


「わ、私……け、決してシルヴァ様に利用……ひっく……さ、された事とかが悲しいとかでは……ないんですの……ぐす。な、なのに……」


 こんなにめそめそ泣いていては大恩のあるシルヴァを誤解させてしまう。


 そう思って言い訳をしようと声を出すが、同時に涙も溢れ続ける。


「ひっ……ぐす……うっ……う……」


 ルビイは困り果てて、気づけば嗚咽を零しながら涙を流し続けるだけになっていた。



「ルビイ、聞いて欲しい」



 そんなルビイを見て、意を決心したかのようにシルヴァは彼女の両肩を掴んだのだった。




ご一読いただきまして、本当にありがとうございますッ!


面白かった、続きが気になる、と少しでも思ってくださったならブックマークやこの下の⭐︎で評価を頂けるととても嬉しく励みになります。どうかどうか、よろしくお願い致します。

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