11 波乱の舞踏会 un(アン)
――かくして運命の舞踏会は始まりを告げた。
たくさんの思惑を複雑に織り混ぜ、純愛と憎悪と哀愁と悲恋と憎しみを孕みながら。
今日の舞台、誰が一番に動くのか。
ルビイも詳細はわからない。ただシルヴァに身を任す。
会場では豪華な食事、飲み物が豊富に取り揃えられ、珍しい調度品、アクセサリー、宝石なども散りばめられるように飾られ、ルビイたち含め多くの人がダンスが始まるまでそれらを楽しんだ。
第一曲目、四人一組で踊るカドリールが始まるが何事もなく舞踏会は華やかに、晴れやかに、そしてある意味静かに進行していく。
王宮グランドホールはこれまでに例を見ないほどの人で溢れかえっていた。
その為か、ダンスの最中はガウェイン第一王子殿下やカタリナの姿を見かける事はなく、ルビイはシルヴァと他のペアたちと共にカドリールを舞った。
そしてダンスの一曲目が終わりを告げ、一瞬会場がしん、っと鎮まり返ったその時。
「皆の者ッ!!」
ついに動き出す者が現れる。
グランドホールの壇上で声を張る者。それはガウェイン第一王子殿下であった。
ルビイとシルヴァは人混みに紛れながら、その様子を頑なに見守る。
「今宵は我がニルヴァーナ王宮の舞踏会へようこそおいでくださった! 心より歓迎するッ!」
ガウェインの仰々しい挨拶に、ホールは盛大な拍手に包まれた。
「今日の良き日に私から皆に紹介したい女性がいる! それは私の未来の妃、現婚約者であるカタリナ・フランシスだッ!」
実はまだ大衆の場でガウェインはカタリナの存在を公けに謳ってはいなかった。
だが、自分の父であるダグラス王の真の思惑はわからずとも、諸外国からも人々を集めたという事は、ニルヴァーナ王家にも魔石師の力が宿った事を知らしめさせる為なのだろうと、ガウェインは勝手にそう判断した。
そしてガウェインの紹介により、バックヤードから裾の長いイブニングドレスのスカートを持ち上げながらカタリナが現れ、ガウェインの隣に並ぶ。
「皆様、ごきげんよう。今ご紹介に預かりましたカタリナですわ」
カタリナは踊らない為、そのスカートの丈は床を引き摺るほどに長く、また、ドレスには大量のクリスタルビーズや高級な宝石が散りばめられている。
その宝石の輝きは通常のものではなく、魔石による光なのだと言う事が一目でわかるほどに、色鮮やかにドレスとカタリナを映えさせていた。
「皆様、もうお気づきでしょう? 私のこのドレスに散りばめられた宝石は魔石ですわ。この私自ら精製した、一級品の魔石でしてよ」
そのあまりにも素晴らしい輝きに会場からは、感嘆と称賛の声が湧く。
「今日はこの魔石精製を、我が最愛の婚約者であり、優秀な魔石師の血を引くカタリナがここで皆の前で披露する! あまり時間を取らせては諸君に申し訳がないので、今回は小さな宝石でそのパフォーマンスをお見せしよう!」
ガウェインが合図をすると、王宮の侍女が白いリネンを敷いた台車をひとつ、運んできた。
そしてその上には事前に準備された術式紋様と、その中心に小さなエメラルドが置かれている。
用意された宝石の前へとカタリナが出て、
「それでは私の魔石精製、よぉくご覧くださいませ」
言うと、両手をエメラルドへと向けて、瞳を瞑り、念を込め始める。すると徐々にエメラルドは淡い光に包まれ始めた。
魔力付与が始まったのである。
通常の魔石精製にはとても時間を要する。その必要時間の速さも魔石師としての腕前の差とも言われる。
そんな中カタリナが優秀だと言われる所以は、
「「おぉ……見ろ、カタリナ様のエメラルドはすでに魔石化し始めているぞ……」」
会場のあちこちで聞こえる声の通り、その魔石化への異常な速さ。魔力付与が実にスムーズなのである。
そしてしばらくの間、会場は静かにその行方を見守った後。
「……できましたわ。エメラルド魔光石ですわ」
カタリナの魔石精製が完了。
光り輝くエメラルドを指先で摘み上げ、皆に見えるように掲げた。
「素晴らしい!」
「本物だ!」
「神の子か!」
会場は盛大な喝采と更なる称賛に包まれた。
「ありがとうカタリナ」
ガウェインはカタリナの傍に寄り、彼女の肩を抱き寄せた。
「大した事ではございませんわ」
と、つつましく笑顔で返す。
それを見て頷いたガウェインは辺りを見回す。
(しかし会場にはいまだ父上も母上もいない。どういう事だ……?)
ダグラス王陛下が主催したこの臨時とも言える舞踏会、何故か両陛下の姿はなかった。
(まあ良い。さあ、私はお膳立てをしたぞ。ブロンにオルブライトの仮面男よ、いつでも来い)
ガウェインはまだシルヴァたちを見つけられていない。
この広いグランドホールでごった返す人混みに完全に紛れ込んでいるようだった。
ガウェインは人々の動きを注視する。
そして、その予想通りに反応した者がついに動きを見せた。
それは、
「少し良いか?」
そう言って通る声で手を挙げたのは、ブロン第三王子殿下であった。




