2.どうしよう
主催の伯爵夫妻に挨拶した後、近くに居たウェイターからワインのグラスを貰うと、ケヴィンは友人のレイヴン・スピッツを見つけた。移動していると、どうにも後ろで誰かがヒソヒソ話す声が鬱陶しい。思わず眉間に皺がより、目の前の男性が「ヒッ!」と小さく悲鳴をあげた。
「あれ? いつもの従者はどうした?」
「お前までそれ言う?」
レイヴンはケヴィンの寄宿学校時代からの友人だ。勿論、ラリーとも面識がある。
「いやぁ、今日はつまらないな〜と思って。」
「お前までアイツを気に入ってたのか?」
「いーや。別に。
んー、………あの綺麗な顔が困っているのを見てるお前が面白いんだよね。」
「なんだそりゃ。」
にやにや笑う友人の顔を見て、ケヴィンはワインを呷った。
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(…………はぁ。)
馬車の中でラリーは、この日何度目かの溜め息をついた。
(………坊ちゃまに置いて行かれてしまった。)
馬車が車寄せに着いたら、先に自分が降りてケヴィンを降ろす筈なのに。
車寄せが近付いて馬車のスピードが落ちたら、いきなり扉を開けてケヴィンは飛び降りた。
幼い頃から名のある騎士に従事し、鍛錬を続けているケヴィンは運動神経が良い。馬車の外から聞こえた声から怪我は無かったと思うが、それでも危険行為である。
(………あんな危険行為をさせるなんて………従者失格だ………)
幼い頃にケヴィンに拾われ、現当主の執事から、将来の執事となるべく手解きを受けた。
そして、主人を守る護身術も教えられ、訓練をしてきているのに。
………正直、ラリーはケヴィンに敵わない。
なにしろ、酔った暴漢に襲われかけたラリーを、ケヴィンが助けた事が何度もある。
それも夜会の最中、従者達が待つ待合室で襲われたので、ケヴィンはラリーに待合室を使わせない。
(主人に守られる従者って…………どうなの?)
ラリーは馬車の中で項垂れる。
(あんなに体躯が良くて威風堂々、豪胆なケヴィン様だもの。女性が放って置く筈がない。こうしている間にも、何処かの女性に声をかけられているかもしれない。)
ラリーは頭を抱えた。
夜会で自分の周りに来る女性から『バーナード様は決まった相手がいらっしゃらないの?』とよく聞かれる。
それに対し、つい曖昧な笑顔で誤魔化してしまう自分が居る。
自分を拾ってくれた坊ちゃまには、絶対にお幸せになって欲しい。
出来ることなら自分の手で、坊ちゃまの言う『運命の人』を見つけて、お幸せにしたい。
そのためにも出来るだけ夜会でラリーはケヴィンに張り付いて、どんな女性が挨拶に来るか、チェックしておきたいのに。
ラリーは胃が重くなるような、痛みを感じた。
ケヴィンに、過去、お見合いや婚約の話が無かったわけではない。
数年前まで坊ちゃま宛の釣書が、毎日、何通も来ていた。
今でも月に数通は届いている。
(しかし坊ちゃまは、それを全部お断りされたのだ。)
理由は『運命の人と違うから。』
ケヴィンには理想の女性像がある。
緑の瞳の、ふわふわした金髪の華奢な女性。
条件がこれだけなら、この国には該当者が沢山居るのだが。
過去に、バーナード伯爵の命令で数回、ケヴィンはふわふわした金髪の緑の目のお嬢様とお見合いしたが、『全然、違う』と言って直ぐにケヴィンはお断りを入れたのだ。
思い切って、ラリーが素敵だなと思う女性を紹介したこともある。
一度だけ、夜会で踊って……………それきりだった。
どうも最終的な決め手はケヴィンのフィーリングらしい。
貴族の結婚は本来、政略的な意味が大きい。
相手の領地と取引をしやすくするとか、資金援助の為とか。
現にケヴィンの姉であるステラは政略結婚で、幼い頃からマルチネス家の次期当主スタンリーと婚約していた。二人の結婚で、マルチネス家の領地からは良質な刃物が、バーナード家の領地からは木材が取引されるようになったという。
しかし、ケヴィンに関しては、そういった事は求められていない。
理由について、一度、ケヴィンの父親、バーナード伯爵にラリーは問うた事がある。
すると、伯爵は片目を瞑り、茶目っ気たっぷりにこう言った。
『アイツは、既に大きな利益を拾ってきているからね。これ以上は良いのさ。』
その利益がどんな利益なのか、ラリーには未だに分からない。
ただ、かなり遣り手の伯爵が言うのだ。それはそれは大きな利益だったのだろう。
ラリーは綺麗な金髪を無意識に掻きむしっていた。
このように置いていかれては、相手方の女性を見極められないではないか。
しかし、『待っていろ』との御命令に背くのは…………。
悶々と考えあぐね、とうとう馬車の扉を開けようとしたとき。
唐突に扉は外から開いた。
「ウィ〜っく!帰るぞ〜……。」
見ればケヴィンの友人であるレイヴン・スピッツ伯爵子息が、酔っ払ったケヴィンを抱えて立っていた。
「スマン。飲ませすぎた。」
「ラリー!っく、お前はぁ、!……………わぁってるかぁ?!」
「はい?!ケヴィン様っ!」
慌てて馬車を降り、御者と共にケヴィンを支えたが、重くて支えきれない。
レイヴンも手伝い、なんとか三人で馬車にケヴィンを担ぎ入れた。
そしてそのまま、レイヴンも乗せて、馬車は帰途につく。
「コイツ、何処かの誰かにちょっと言われたら、放っときゃいいのに腹をたてちゃってさぁ。
拳は駄目だって言ったら、飲みで勝負を始めちゃったんだよ。
まぁ、相手に勝てて良かったけれども。」
突如始まった飲み比べで会場は盛り上がった。
酔いが深くなった相手は、呂律の回らない口で尚もラリーを侮辱する発言をした為、周りにいたラリーファンの女性陣に不興を買ったらしい。
負けた相手は当分、社交界に呼ばれないだろう。
領地で時々、父親である伯爵と飲み比べをしているケヴィンだが、外で此処まで酔うのは珍しい。
余程、腹に据えかねたのか。
隣でケヴィンは軽くイビキをかいている。
「何を言われたのですか?」
「ゴメン。それは聞かないで。」
そう言われたら、従者であるラリーは追求できない。
ラリーが黙ると、レイヴンはニッコリ笑って誤魔化した。
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