表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

2.どうしよう

 主催の伯爵夫妻に挨拶した後、近くに居たウェイターからワインのグラスを貰うと、ケヴィンは友人のレイヴン・スピッツを見つけた。移動していると、どうにも後ろで誰かがヒソヒソ話す声が鬱陶しい。思わず眉間に皺がより、目の前の男性が「ヒッ!」と小さく悲鳴をあげた。



「あれ? いつもの従者はどうした?」


「お前までそれ言う?」


 レイヴンはケヴィンの寄宿学校時代からの友人だ。勿論、ラリーとも面識がある。


「いやぁ、今日はつまらないな〜と思って。」


「お前までアイツを気に入ってたのか?」


「いーや。別に。

 んー、………あの綺麗な顔が困っているのを見てるお前が面白いんだよね。」


「なんだそりゃ。」


 にやにや笑う友人の顔を見て、ケヴィンはワインを呷った。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



(…………はぁ。)


 馬車の中でラリーは、この日何度目かの溜め息をついた。


(………坊ちゃまに置いて行かれてしまった。)


 馬車が車寄せに着いたら、先に自分が降りてケヴィンを降ろす筈なのに。


 車寄せが近付いて馬車のスピードが落ちたら、いきなり扉を開けてケヴィンは飛び降りた。

 幼い頃から名のある騎士に従事し、鍛錬を続けているケヴィンは運動神経が良い。馬車の外から聞こえた声から怪我は無かったと思うが、それでも危険行為である。


(………あんな危険行為をさせるなんて………従者失格だ………)



 幼い頃にケヴィンに拾われ、現当主の執事から、将来の執事となるべく手解きを受けた。

 そして、主人を守る護身術も教えられ、訓練をしてきているのに。


 ………正直、ラリーはケヴィンに敵わない。


 なにしろ、酔った暴漢に襲われかけたラリーを、ケヴィンが助けた事が何度もある。


 それも夜会の最中、従者達が待つ待合室で襲われたので、ケヴィンはラリーに待合室を使わせない。


(主人に守られる従者って…………どうなの?)



 ラリーは馬車の中で項垂れる。



(あんなに体躯が良くて威風堂々、豪胆なケヴィン様だもの。女性が放って置く筈がない。こうしている間にも、何処かの女性に声をかけられているかもしれない。)



 ラリーは頭を抱えた。


 夜会で自分の周りに来る女性から『バーナード様は決まった相手がいらっしゃらないの?』とよく聞かれる。

 それに対し、つい曖昧な笑顔で誤魔化してしまう自分が居る。



 自分を拾ってくれた坊ちゃまには、絶対にお幸せになって欲しい。

 出来ることなら自分の手で、坊ちゃまの言う『運命の人』を見つけて、お幸せにしたい。


 そのためにも出来るだけ夜会でラリーはケヴィンに張り付いて、どんな女性が挨拶に来るか、チェックしておきたいのに。


 ラリーは胃が重くなるような、痛みを感じた。



 ケヴィンに、過去、お見合いや婚約の話が無かったわけではない。

 数年前まで坊ちゃま宛の釣書が、毎日、何通も来ていた。

 今でも月に数通は届いている。


(しかし坊ちゃまは、それを全部お断りされたのだ。)


 理由は『運命の人と違うから。』



 ケヴィンには理想の女性像がある。

 緑の瞳の、ふわふわした金髪の華奢な女性。

 条件がこれだけなら、この国には該当者が沢山居るのだが。


 過去に、バーナード伯爵の命令で数回、ケヴィンはふわふわした金髪の緑の目のお嬢様とお見合いしたが、『全然、違う』と言って直ぐにケヴィンはお断りを入れたのだ。


 思い切って、ラリーが素敵だなと思う女性を紹介したこともある。

 一度だけ、夜会で踊って……………それきりだった。


 どうも最終的な決め手はケヴィンのフィーリングらしい。




 貴族の結婚は本来、政略的な意味が大きい。

 相手の領地と取引をしやすくするとか、資金援助の為とか。


 現にケヴィンの姉であるステラは政略結婚で、幼い頃からマルチネス家の次期当主スタンリーと婚約していた。二人の結婚で、マルチネス家の領地からは良質な刃物が、バーナード家の領地からは木材が取引されるようになったという。



 しかし、ケヴィンに関しては、そういった事は求められていない。



 理由について、一度、ケヴィンの父親、バーナード伯爵にラリーは問うた事がある。

 すると、伯爵は片目を瞑り、茶目っ気たっぷりにこう言った。


『アイツは、既に大きな利益を拾ってきているからね。これ以上は良いのさ。』


 その利益がどんな利益なのか、ラリーには未だに分からない。

 ただ、かなり遣り手の伯爵が言うのだ。それはそれは大きな利益だったのだろう。




 ラリーは綺麗な金髪を無意識に掻きむしっていた。


 このように置いていかれては、相手方の女性を見極められないではないか。

 しかし、『待っていろ』との御命令に背くのは…………。




 悶々と考えあぐね、とうとう馬車の扉を開けようとしたとき。


 唐突に扉は外から開いた。



「ウィ〜っく!帰るぞ〜……。」


 見ればケヴィンの友人であるレイヴン・スピッツ伯爵子息が、酔っ払ったケヴィンを抱えて立っていた。


「スマン。飲ませすぎた。」


「ラリー!っく、お前はぁ、!……………わぁってるかぁ?!」


「はい?!ケヴィン様っ!」


 慌てて馬車を降り、御者と共にケヴィンを支えたが、重くて支えきれない。

 レイヴンも手伝い、なんとか三人で馬車にケヴィンを担ぎ入れた。


 そしてそのまま、レイヴンも乗せて、馬車は帰途につく。



「コイツ、何処かの誰かにちょっと言われたら、放っときゃいいのに腹をたてちゃってさぁ。

 拳は駄目だって言ったら、飲みで勝負を始めちゃったんだよ。

 まぁ、相手に勝てて良かったけれども。」


 突如始まった飲み比べで会場は盛り上がった。

 酔いが深くなった相手は、呂律の回らない口で尚もラリーを侮辱する発言をした為、周りにいたラリーファンの女性陣に不興を買ったらしい。

 負けた相手は当分、社交界に呼ばれないだろう。


 領地で時々、父親である伯爵と飲み比べをしているケヴィンだが、外で此処まで酔うのは珍しい。

 余程、腹に据えかねたのか。


 隣でケヴィンは軽くイビキをかいている。


「何を言われたのですか?」


「ゴメン。それは聞かないで。」


 そう言われたら、従者であるラリーは追求できない。


 ラリーが黙ると、レイヴンはニッコリ笑って誤魔化した。


お読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ