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無能。能が無いと書くそれは、文字通り使い道がない、というような意味を表す。
世間一般的には落ちこぼれ、や、ダメなやつ、使えないなどの言葉でも形容されるそれは、おそらくそのレッテルが張られた瞬間、皆がそうと認識した時に社会からの自分の居場所の喪失を意味することが大いにある。
かつての哲学者が「人間は社会的存在である」と発言したように、人というものは、一人では生きていくことが困難である。
ましてや、その哲学者が生きていた時代よりもより人同士の結び付きが強まり、より一層求められる現代のあり方では、社会からの抹殺はすなわち自己の喪失を意味する。
そうして僕の理想とは程遠い学園生活が始まった。
そんな状況に僕はいる。つまり、上のことからも分かるように、僕はとても窮地に立たされている。
恐らくこれがゲームやアニメの世界なら、誰にも負けないヒーローや、心強い仲間と共に壁に立ち向かっていく涙ぐましいストーリーが出来上がることだろう。
しかし、現実は非情で、まぁ普通に考えて無能と仲良くしたいやつなんて、そうそう、というか絶対にいないだろう。
そんなやつに関わると、あんなやつと……というように自らに飛び火しかねないからだ。
もちろん、誰もそんなことはしたくないし、僕もそんなことは期待していない。
そのため、僕に対する攻撃は激しさを増す一方だった。
時には称賛の変わりにチョークの粉が降り注いだり、またあるときには机の中から魔物(超弱いやつ)が飛び出してきたり。例を挙げるときりがない。
もちろん僕だってこんなことをやられたくて無能になった訳じゃない。少しでもついていけるように魔法の練習とかも自主練してるし、実技テストの勉強もしている。
それでも、そもそも僕の素質が低いせいか、全くといっていいほど結果が出なかった。
誰にでも「頑張っているのに……」という経験はあるだろう。しかし、それで結果が出ればいいが出ないときは悲惨だ。
やればやるだけバカにされる。そのくせ実技は全くできない。
しかし、そうしたいわゆる「実技」に比べると「座学」はもう敵無しという無双ぶりだった。もちろん、件の無能スキルのお陰で。
ただ、こうした座学の知識はある程度は戦闘で必要になるだろうが、しかし、そんなにたくさんのことを覚えきる必要はない。なぜなら、足りない部分は実践をかなねるうちに自然と身に付いていくものだからだ。
とくに、この学校を目指して、そして入学したみんなは、そうした基礎の部分の技術がしっかりと身に付いている人が多い。
さらに、実はこの学校はこの国でも三本の指に入るだろうレベルの高さ。つまり、地元では天才と呼ばれてきた人たちが一同に集まり、そのなかで生活していくと言うわけだ。
つまり、この世界ではペーパーテストの点数はさほど重要じゃない。よって僕の無能はより悪目立ちする一方だった。
さて、そんな中で事件は起きた。
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「おい」
名前を呼ばれたわけでもないが、おそらく僕のことを読んだのだろうという察しはついたのでいやいやながら振り向く。
僕に話しかけて、というか、絡んでくるのはおそらくこれまでこいつしかいなかったのではないだろうか。というレベルで孤立している。
しかし、その声が大きかったため、生憎クラス中の視線を集めてしまっていた。
「なにか」
振り向くと、話しかけてきたのは、やはり、予想通りのドランとその一行。ちなみに話しかけてきたのは誰かというのはこれまではずしていない。一択クイズだ。
なお、ドランの取り巻きたちもそこそこのステータスを持っている。
「――――、おまえ、なにもできないくせにここにいてもらっては困る。はっきりいって、俺らに迷惑だ。そこで、俺がクラスの言葉を代表することにした。いいか、ここから、出でいけ」
「……、は?」
ドランの後を引き継いでその取り巻きが言う。
「は、じゃねえよ。消えろといったんだ。お前、人の言葉も理解できねぇのかよ。ほんと、『無能』だな」
出でいけ。出でいけ。出でいけ。でていけ。でていけ。でていけ。でていけ。
消えろ。消えろ。消えろ。きえろ。きえろ。キエロ。キエロ。
一瞬、何を言われたのか分からず混乱している俺に、ドランは続ける。
「いいか、もしお前がいやだというなら、こちらにも譲歩する手はある。どうする?」
「、じ、譲歩?」
「ああ、そうさ、こちらも妥協してやる。おまえ、俺と決闘しろ」
「…………、は?!」
決闘、それは正真正銘の、本気のバトル。互いが、どちらかが倒れるまで続く、本気の。
「おい、いいな?」
それを。
「いいか、みんな!! きいたか! 俺とこいつは決闘をする!!」
受けろと。
「「「「「う、うおぉぉぉーーーっ!!」」」」」
言うのか。
僕の動揺はクラスの歓声にかきけされた。