央太 降臨する
よろしくお願いします。
「着いたわ」
あっけなく転移は完了した。前置きが長かったが、これが俺が今ここにいる状況だ。ソフィアの家というか城の中だろうか。目の前には様々な種類の魔族たちがこちらに向かって跪いている。やめてくれないか。頼むからやめてくれ。今の俺は両手に買い物袋を持ってるんだぞ。威厳もクソもない状態だ。
「ソフィアよ、よくぞ無事で戻ってきてくれた。さあそのお方を早く紹介してくれ」
「父上、そして母上、私ソフィアは神託に基づき異世界へと赴き、ただいま魔王様を連れて戻りました」
「おお、やはりそのお方が!」
「ええ、間違いなくこのお方こそが魔王様、真野央、ゴホン、太様です」
「「「「おおおおおおお!!!」」」」
俺は買い物袋をぶら下げながら天井を睨むようにして見ている。目の焦点を何処に合わせて良いか分からないもんでな。あとソフィアさん、大事なところで俺の名前を噛むんじゃない! 俺のリュックサックを持ってくれて有難いがな!
ただその瞬間に広間はどよめきに包まれ、そこらかしこから歓喜の声が溢れている。良かった。よくあるパターンでは、この若造が魔王だと? 我こそが魔王に相応しいとかいう展開になるのではないかと心配していたのだが。そうすると父上と呼ばれた男が前の方へと進み俺の前で再び跪くと言った。
「魔王様、よくぞいらしてくれました。私はこの大陸を統べる者、リカルド・シャーロットと申します。そしてこちらは妻のエレン・シャーロットでございます。いえ、私は王ではございませぬ。そうですな、皆を纏めていると言えば良いのでしょうか? 現時点までの代表者と思って頂ければ結構です」
ううむ、やはりそうなのか。でも統べる者って王ではないのか? この国、いや大陸の在り方がよくわからん。あれこれ考えているとリカルドが言った。
「失礼ですが魔王様、私どもに貴方様のお名前を知る栄誉を授かりたく」
なんだ? 名前ってさっき言っただろ? なんだよ栄誉って。まあ良いけどさ。
「あ、ああ。真野央太……です」
「貴方様が魔の王だ、と言う事については一同深く理解しております。だがやはり……お名前をお聞かせ頂く事は過ぎた発言でございましたな。何卒ご容赦を頂きたく」
そういうとリカルドは一層頭を深く下げた。いや、違うんだよ。偉そうに魔の王とか言ったわけじゃないんだ。まさか自分の名前で苦労する日が来るとは思わなかった。チラッとソフィアに目配せすると『改名のチャンスね。あともっと上から目線でも良いですわ』と言われた。まさかお前わざと嚙んだんじゃないよな? そのお前の無邪気な笑顔に若干の悪意が込められている気がする。
が、いいのかな、勝手に名のっちゃって。しかも偉そうにしろなどと……でもまあいいか。確かに覚えにくかったりすると困るし、威厳がないのもダメな気がする。そうだ、最初が肝心だろうな。……しかし名前はどうしたものか。何にも思いつかん。急に言うなや。
「いやそういう訳ではない……です。ええと、名前は……」
と言った所で突然俺の頭の中に啓示と言うか意識が流れ込んできた。それが頭の中や体中を駆け巡るように俺の血肉となっていくのが分かる。これが魔王の系譜に含まれる能力である事は本能的に理解できた。体中から魔王の畏怖が漏れはじめ辺りを包んでゆく。そして俺の言葉、話し方さえも変えてしまう。「うっ……お……」と一つ言葉を漏らしてから俺は正面を見据えた。
「我の名を……知りたいだと?」
「はっ、何卒ご尊名を頂戴致したく!!」
「ふっ、良かろう。我の名を知るが良い。我こそはディアブロ。魔王ディアブロである!」
おい、俺! 自分で魔王言うな! しかしベタな名前言っちまったなおい! クッソ恥ずかしい。あああああクッソ恥ずかしい。しかも買い物袋を両手に高らかにかざして持って何を言ってるんだ俺は。しかし皆はそれを可笑しいとも思わずに平伏したまま感動に打ち震えている。……笑いを堪えているのではあるまいな?
「おおおおおおお!!! 有難き幸せ、ディアブロ様! なんと神々しき名前であることか! 皆の者聞いたか! 我々の王、魔王ディアブロ様の名を大陸中に広めよ! いや、魔王ではなく大魔王降臨として大陸中で祝うのだ!! そして神聖大陸へこの名を恐怖の代名詞として広めるがいい!!!」
「「「「「うおおおおおおおお!!!!!」」」」」
「お、お、おいおい。ちょっと待て。待ってくれ。魔王が神々しくて良いのか? いやそうじゃない。違うんだ。そんなに無理して広めなくてもいいんじゃないか? それに大魔王って……」
何を勝手に盛り上がってるんだよ。勘弁してくれないか?
「貴方様のその見事な左右2対の黒き翼。そして頭から生える見事な二本の角。全身を包む黒く艶のあるお肌、そして全身に纏うオーラ。その全てにおいてもはや伝説に語られる魔王様のお姿とはかけ離れております。なにとぞ大魔王様と呼ばせて頂きたく」
「は?」
おれは慌てて自分の手を見た。……うん黒いな。
おいいいいいい!! なんだこれは。頭を触ってみるとオデコから何かが生えている。まさか角なのか? そのまま後ろへ首をひねると……信じられん、翼がある。体も引き締まって背も伸びてるんじゃないのかこれ……。一通り体をまさぐると俺は正面を見た。もはや絶句だがな。
「……そこは魔王で……」
「流石はディアブロ様。大魔王でありながらあえて魔王を名乗るそのお考えに、このリカルド感動を禁じ得ません。畏まりました……しかしそのオーラの前では直ぐに皆が大魔王様と認識を変えざるを得ないと思いますがな。それでは魔王様、本日はもう夜も遅くにございます。明日改めて魔王降臨の祝いとして改めて場を設けさせて頂きます」
「う、うむ。そうだな、今日は休むとするか。……すまないが何か着るものがあれば助かるのだが」
魔王様は早速物乞いかよ。泣けてくるな。
「もちろんでございます。これより早急に数着拵えさせましょう。今日の所は寝室にガウンを用意しておりますのでそちらをお使い下さい。あとそうですな、魔王様であれば当然違う形態へと変化も出来ましょうから、お召し物には形状変化の性質を持たせておきましょう」
「そうか、助かる」
「それでは数名のメイドを付けておきますのでお困りの際にはその者たちに言いつけて下さい」
そうするとリカルドが何か合図を送ると奥から数名のメイドが進み出てきた。
「「「魔王様、何なりとお申し付けくださいませ」」」
「魔王様のお好きなようにお使い下さい。昼も夜もいつでもどこでもなんなりと」
「いや……困ったときだけで結構だけど」
「それもまた結構でございます。全てにおいて魔王様に尽くす事が出来るのは魔族にとっては至高の喜び。今はその事だけを覚えておいて頂ければ結構でございます」
「そ、そうか。うむ。分かった」
「それでは私どもは一旦ここで。明日の朝またお話を。皆の者! 魔王様はお疲れのご様子だ。明日お目覚めになられてから改めて場を設ける事とする。良いな!」
「「「はっ!!!」」」
そう言うと夫妻をはじめ皆が俺に向かって臣下の礼を取る。やりにくい。だが仕方ないと思う事にして、俺は一度頷くとメイドに目配せをする。ソフィアは一旦報告もかねて両親の元へ行ってくると言ってたな。俺もここで立ちっぱなしで待つってのも変だし、とりあえずメイドさん達に促されるまま客室へと入っていくのだった。
お読み頂きありがとうございます。
今日はもう1話更新出来たら良いなー。
栄養補給のためポチッとお願いできたら嬉しいです。