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央太 ゴネる

よろしくお願いします。

 叫びたい衝動に駆られているのが自分でも分かる。だがここでまだ正気を保っていられる自分を褒めたい。俺はそのような衝動を無理やり抑え込み、努めて冷静を振る舞って口を開いた。


「悪いが聞きたくはない。そこの警官に助けを求めたら良いだろう。君は……一体なんだ? その警官に何かしたのか?」

「我が国は今危機にさらされているのです。それを救えるのは貴方様しかいないのです」

「この国が危機に晒されているのは今に始まったことじゃない。多かれ少なかれどの国も安泰と言う訳ではないだろう」

「この国の事ではありません」

「では領事館か大使館にでも行って事情を説明しろ。上手くいけば渡航費くらいは出してくれるはずだ」

「口で言うより見て頂いた方が早いかも知れません」


 そう言うと女性は俺の方へと手をかざし何ごとか呟いた。その瞬間に俺の脳裏に映像が叩き込まれてきた。何だこれは? 中世か? 違うな、ゲームに出てきそうな魔物や手から炎や氷を出す人間、魔族、所謂ファンタジーの世界だ。


 あまりの情報量に頭が割れそうに痛い。しかし頭に叩き込まれるその凄まじい光景が痛みさえも飛ばしてしまう。人と人、人と魔族、魔族と魔族、それらに襲い掛かる魔獣の群れ。互いに争っている光景が重なるように俺の脳へと叩き込まれてくる。なんと恐ろしい光景か、なんと残虐な光景か。あまりの酷い光景に俺は胃の内容物が逆流することに耐える事で必死だった。


「これが私の世界です」

「な、何を言っている? 俺に何をした? そしてお前は何者だ?」

「その質問に答えたら話を聞いてくれるという事ですね?」


 俺は断りたい。しかし解放されるには聞くしかないのか。


「わかった。……だが聞くだけだ」

「ありがとうございます、国を代表して感謝申し上げます」

「大袈裟だな、では話してくれ」

「……ここでですか?」


 ダメなのか? ファミレスか喫茶店まで行くか? だがこの怪しい人間が店で暴れたりしたらどうする? 俺はこの女と関係ない、無実だと証明できるのか? 俺は少し考えた末に答えた。


「近くに俺の家があるがそこでどうだろうか?」

「はい、それでお願いします!」


 む、妙に嬉しそうだな。しかしこうしてみると奇麗な女性なのだがな。そして俺たちは歩いて部屋へと戻ってきた。


「すまないが、あいにくと飲み物などが無いからな。さっき買ってきたこれで我慢して欲しい。好きな方を選んでくれ」

「いえ、あなた様が先にお選びになって下さい」

「そ、そうか。それでは」


 少し冷静を取り戻し意外と普通に話せている。俺は新製品のもちもちスイーツととろとろコーヒーを選んだ。そして彼女は話を始めた。まるでラノベのような話だ。今読んでいるネット小説のネタじゃないのか。


 話を纏めるとこうだ。いま魔族が住む魔大陸は特に争いもなく上手く機能している。しかし今、神々を信仰する神聖大陸という大陸から侵略の危機が迫っているらしい。神聖大陸は魔大陸に住む魔族を呪われた種族とし国交は断絶状態であり、近い将来攻め込んでくるのではないかと考えているようなのだ。


 魔族は基本ステータスからして人族より戦闘に関しては優れているらしく、要するにひ弱な人間族など気にする必要も無かったのだ。たまにちょっかいをかけたりする事もあるが、小規模の戦闘が起こるくらいの事だ。魔獣に関しては神聖大陸、魔大陸問わず発生してくるので両大陸はどちらかと言えばその対応に追われていると言った方が良い。しかしここにきて問題が出てきた。魔族たちが突然焦りを感じるようになった理由。


 それは人間国家に神から特別な加護を授かった人間が現れたたからだ。


 そう、勇者の誕生である。 


 分かっているのは勇者が間違いなく出現している事。それが本当に勇者の部類であれば魔族に大きな影響を与える可能性がある。もし神聖大陸から攻め込まれた場合、かなり面倒な事になるだろう。 勇者とは所謂魔族に対してチートなのだ。しかも勇者の眷属、パーティーになれば容易に魔族と対峙する事ができるのだ。もしかすると勇者の庇護下であれば軍を率いて魔族と渡り合う事も出来るかもしれない。そうなってくると武力バランスが崩れてしまう。


 (いにしえ)からの魔族からの言い伝えでは、魔族では勇者の庇護を持つ者たちに対して善戦は出来るようだが、最終的に勇者率いる眷族達に打ち勝つ事はできない。これまで圧倒的に魔族が強い状況下でも魔族は神聖大陸へ本気で侵略する事はなかった。それは魔族は強者のみに従う特性を持つ事などに由来するのだが、早い話脆弱な人間族など興味がなかったのだ。そのバランスが崩れようとしている。


 そこで困り果てた魔族ははある決断をする。


 この魔族を、大陸を纏める王が必要であると。強き魔族を統べる者。それはこの大陸には存在しない。崇拝する魔神様に祈りを捧げ、魔王様を降臨させる事こそが勇者と対峙し得る唯一無二の方法であると。有事の際に対処出来なければ魔族は滅ぶ。それは絶対に避けなければならない。


 そして魔族は対勇者の切り札として魔神に祈りを捧げ、神託により選ばれた彼女が転生者を連れてくる者に選ばれたのだ。そして彼女は大陸の命運を握る聖女、いや魔女として俺を連れにこの世界に来たわけだ。


 俺を魔王として。


 ここまで話が終わると目の前のきれいな女性は両手を拡げたまま固まっている。自らの見事な演説に酔ってしまっているかのようだ。


「ちょっと待て」

「なんでしょうか?」

「それではあなたが魔の女神様?ってことではないと?」

「違います、私はソフィア・シャーロット。誇り高き大陸の覇者シャーロット家の娘でございます。ちなみに種族はサキュバスです」


 ソフィアはそう言いながら軽く首を傾げる仕草をした。本当に綺麗な人だな。


「覇者と王様は違うのか?」

「王ではございませぬ。仮初ではありますが幾つかある領地の中で一番力を持っているだけの事。そこに王という概念はありませんわ、たぶん」

「多分とはどういう事なんだ? まあそちらの世界での常識はこちらとは違うのだろうけど……。で、こっちにきたのは魔神様……の力なのか? だがなぜ魔族がこちらへと来てわざわざ勧誘をするんだ? 普通こう言う話では神様やら天使やらが転生をさせるのではないのか?」


 神々と魔神達ではやり方が違うのだろうか? 大陸の覇者と王様の違いもよく分からんが、サキュバスって言ってたよな? そんなに強い種族なのか?


「神たちはそうするらしいですわね。ところが魔神様はその役を魔族に代行させるのです。魔族の存続が危ぶまれる時にのみ行われる秘術だと神託が降りました」

「あなた、ソフィアさんがその任を与えられたと?」

「そういうことです。それでは準備はよろしいでしょうか?」

「良いわけがないだろう。なぜ俺が了解している話になっているのだ」

「魔王様に魔大陸を、魔族を守って頂きたく。どうかあなたの加護を、そして庇護をお与え下さい」

「なぜ俺なんだ? そしてなぜ魔王なんだ? 王だぞ? そんな簡単になれるとは思えん。俺なんかが出来る訳がないだろう? いや、そもそもなぜ俺はこんな与太話を信じているのだ? お前また何かしたのか?」


 魔大陸なんて聞いただけで物騒だわ! しかも王とかもう訳が分からん。


「何もしてないっていう訳ではないですけど……魔王様には魔法の類はほぼ効きません。物理に対しても魔法に対しても強力な防御力を持っているはずです。ステータスは大幅に向上し、多少はその体に傷を付けれても、致命傷クラスまでとなると勇者以外に出来る者はいないはずです」

「先ほどドアがびくともしなかったのだが?」

「それはまだ魔素が体に上手く馴染めていないから……でしょうか? 精神に対する防御は安定しているかと思いますよ。先ほど膨大な情報量を一気に与えても発狂しなかったですし、私の目を見ても傀儡化しませんし」

「さらっと怖いことを言うな。……まあいい、それでなんで王なんだ?」


 そこが聞きたいのだ。普通王がいて、その王が召喚なりをするのが普通じゃないのか? ……もはや普通が何かもよく分からなくなってきてるがな!


「魔大陸には王が居ないのですよ。そして王には転生した者しかなる事は出来ないのです」

「なんだその理屈は。それに今現在王が居なくても国が回るのか? どうなってんだお前の国は」

「基本は似たような種族が集まって領地とし、それぞれが好きに暮らしています。大きな争いも無いのですよ。魔大陸は平和なものなのです」

「俺の知っている魔族の在り方とはずいぶんと違うな」


 魔大陸は平和なんだ……。


「それは多少好戦的ではありますが、シャーロット家が大陸を纏めているだけのこと。ちなみに私の魔力であなた様をどうにかすることは当然無理です。なのでこうしてお願いしているのです」

「サキュバスだったな。先ほども言ってたが……まさか俺に精神攻撃をかけていると?」

「もちろんです」

「なんてことを……」

「上手くいけば向こうで説得できるのではないかと。それでも神界の連中よりマシでしょう? 神やら天使たちはまず連れて行ってから話をしていると聞いております」

「それもそうだな。俺の知る限り、と言っても書物での話だが……異世界の連中は拉致を好む」

「あれは書物の話ではないですよ? 誰も信じていないだけで全て本当の話です。神聖大陸は脆弱な人間風情のくせにやる事は荒っぽいんですよ。帰すつもりのない拉致監禁、事故に見せかけての殺害、そして無理やり輪廻の輪からからつまみ出しての転生です」

「その言い方よ……。でもそうなのか? 流石にそんなはずは……」


 確かにほとんどの主人公たちは不慮の事故か過労で死ぬパターンだが……。


「そうですよ? いま央太様が言われたその書物の発行者の顔を見た事や本名をご存知ですか?」

「いや、知らないな」

「知らないでしょう? 知らなくて当然です。こちらの世界の人間ではないのですから。そうなっても死者が慌てる事のないように神界から伝記を送っているのですよ。前情報として」

「マジか……だがアニメ化しているのもあるんだぞ? と言っても知らないだろうけど」

「マジなんですよ。誰かが、どこかの出版社がやっている。と思い込んでいるだけです。神界からの出版物なので大抵魔族は悪者扱いらしいですが」


 ラノベは全部異世界から来てるっつーのか? いや、全部ではないにせよ幾つかは本当に異世界から来てるのか? まさに見てきたような迫真の小説もあるにはあるが……。勇者も大変だな、拉致られた上に小説まで書いているのか。


「色々な事を知ってるんだな」

「こちらに来る前にこの世界の事は勉強してます、と言うか神託を受けた際に直接脳内に記憶として刷り込みされましたから大丈夫ですよ」

「おそろしい」

「そう言う事です。それでは準備はよろしいでしょうか?」

「だから良いわけないだろう。ハッキリ言うぞ、俺は行きたくない」


 悪いが魔王なんて御免だ。他をあたってくれ。




お読み頂きありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。

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