央太 チビりそうになる。
よろしくお願いします。
転落人生で引き籠っていた俺ではあるが金はある。親の保険金もそうだが、実は二束三文の仮想通貨を世の流行りに乗じて購入していたものが爆上がりしたのだ。それを売り払って株を買い今は利回りで生活できている。女性にはうんざりしたのだが人生に失望したわけではない。実はそれなりに楽しくやっていたりするのだ。
あの時あの女のお陰で女性不信になってしまった、それだけの話なのだ。「あの女」と呼べる位には時が俺を癒してくれたのだが、それでも俺の心の闇と言うか負の部分があまりにも大きく、女性と積極的に関わりたいとは思わないのだ。でも断じて興味がないわけではないぞ? インターネットには大変お世話になっていると言っておこう。便利な世の中だ。
そうだな、正直に言うと他にもある。ハッキリ言って働く必要がないと気づいたからだ。この中古のマンションの中で俺は生活できている。欲しいものもネットで全て手に入る。これが社会人として正しいのかどうかの論議はしないがな。金があって所得申告をし、最低限の人間関係の中で立派に生活が出来ている。何の問題もない。だから俺は今日もコンビニで一人買い物を続ける。そう言う事だ。よし、ではコンビニの中へ入るとしよう。
む? 新発売が出ているな。いつものプリンアラモードに手を掛けようとした時に、隣に並ぶ新製品に気が付いた。カスタードたっぷりもちもちスイーツか。気になる。しかし気になる事がもう一つある。先ほどから俺の隣に並ぶ貴女。近くないですか? パーソナルスペースを守って欲しいのだが。
俺が言えた義理ではないが早く選べよ。俺は彼女の方を向くことなく横目でその挙動を窺う。えらいキレイな女性だな。だがそう思うだけでそれ以上もそれ以下も無い。彼女は棚に並ぶスイーツを見ているようだが動きが無いので、俺はひとまずその場を離れ違うモノからカゴに入れていくことにした。適当に食べ物をカゴへと放り込みドリンクの棚で止まる。
む? 新発売が出ているな。いつものがぶがぶコーヒーに手を掛けようとした時に、隣に並ぶ製品に気が付いた。生クリーム入りとろとろコーヒーか。気になる。しかし気になる事がもう一つある。なぜお前は俺の隣にいるのだ。ただの偶然だろうが近いんだよ。この広いスペースで肩が当たって並んで立ってるのはおかしいだろ。傍から見ればカップルのような状態だぞ。
俺は反射的にコーヒーを二つともカゴに入れてスイーツの棚へと戻った。スイーツも二つ買って早く帰ろう。そしてネットや動画を楽しんで作りかけのプラモデルの製作を進めよう。レジで支払いを済ませた後、俺は家路をたどり始めた。しかしあの女が俺の後ろをついてくる。偶然か? あまりチラチラ見るのも憚られるが、見る度にその距離は縮まってきている。
なんだか怖くなってきた。普通はここで恐怖を感じるのは女性の方だろう。なぜ俺が恐怖を感じる立場になっているのだ。少し気味悪くなった俺は少し足早に歩いた。が、彼女はぴったりついてくる。くそう、完全に立場が逆になっているではないか。これは偶然だ、何もビビることは無い。
そう言いながらも本能的にビビっている俺は競歩の選手にでもなったかのような腰つきで歩いている。なのに引き離せない。もうダメだ、何故距離が開かないのだ。何故ついてくるんだよ。方向が同じなだけだ、そうに違いない。そう思いながらも俺はスピードを上げるが引き離せない。怖い、怖すぎる。その時だった。
「ちょっとお待ちください」
来た! 偶然ではなかったのか? 俺は足を止め恐る恐る後ろを振り返る。
「わ、私の事でしょうか?」
「はい、少しお願いがあって……助けて欲しいのです」
助けて欲しいのは俺だ。……それは置いておいて、普通に話が出来る事に少し安心したぜ。俺は必死で呼吸を整えようとゆっくりと深呼吸をする。ビビッてたなんて思われたくないしな。そう、俺は家路を急いでいただけだ。それだけの事だ。……軽く走った気分だがな。
しかし初対面で助けて欲しいとはどう言う事だ? 宗教関係かな? でもその場合は俺を救ってくれるのではないのか。いずれにせよ俺は警戒を解くことなく彼女の次の言葉を待った。
「私の世界が今滅びようとしています。貴方様に助けて頂きたいのです」
おっと、まさかのこっち系か。居るんだな、マジでこういう事言う人。……しかし妙だな、この女性全然息を切らした様子がない。俺は今でも肩で息をしていると言うのに。やはり少し気味が悪いな。
「お願い致します、直ぐにでも一緒に来て頂けませんか?」
どこに? やっぱりおかしいのか? うーむ、変な言葉を返して逆上されたり付きまとわれたりするのも避けたい。変な事に巻き込まれないように慎重になるべきだろう。
「そ、そうですか。それは大変ですね……。では、こちらへ着いて来てもらっても良いですか?」
「助けて頂けるのですね!」
「いや、それはまず私に着いて来てくれてからで良いですかね?」
「もちろんです」
俺が歩き出すと彼女は俺の隣に並ぶことなくやや後方をついてきている。もう少しだ。俺は自宅の前を通り過ぎてブロックの端まで歩き、建物の前で立ち止まった。
「では一緒に入りましょう」
「分かりました」
中へ入ると無機質なデスクがこちらへ向いている。俺はそこに座っている男性に声を掛けた。
「すみません、お巡りさん。この子なんですけど……迷子か何か知りませんが困っているようなんです」
「これはこれは、わざわざありがとうございます。そちらの女性の方ですね?」
「はい、そうです。そこのコンビニで声を掛けられて困っているから助けて欲しいと。面識もない人なのでとりあえずここに連れてきてしまいました」
「そうですか、家出か何かかな?」
「そこまでは……それでは私はこれで失礼します」
「はい、ご協力ありがとうございます」
俺は彼女の方へと向き直り言った。
「このお巡りさんがきっとあなたの力になってくれます。色々と相談してみると良い。それでは」
「お待ちください!」
ご丁寧な言葉遣いには痛み入るが待つわけはないだろう。俺は軽く警官に会釈をして出ようとした時だった。
「君、待ちたまえ。一体何の用だ?」
「え?」
「突然来られて女性を置いて行かれても訳が分からん。何の用だ?」
何を言ってるんだ? 今話をしただろう? 俺は混乱しながらももう一度警官に向かって話をした。
「分かりました、ご協力ありがとうございます」
「いえいえ、それでは失礼致します」
「君、待ちたまえ。一体何の用だ?」
気味が悪くなってきた。俺は女性と警官を何度か往復するように目を走らせた。警官は少し困った顔をして俺に尋ねている。明らかに正気な様子でだ。この女、何かしているのか? 今俺がすべきこと。それはこの女と警官と押し問答することではない。一刻も早くここから立ち去るのが正解ではないか? 俺は後ずさりながら扉へ手を掛けるが開かない。何故だ?
「君、待ちたまえ。一体何の用だ?」
「君、待ちたまえ。一体何の用だ?」
「君、待ちたまえ。一体何の用だ?」
どうなっている? ハッキリ言って怖くて漏らしそうだ。どこぞの不良に絡まれてカツアゲされる方がよっぽどマシだ。俺はなりふり構わずドアの方へと向き直り開けようとするがビクともしない。多少ドアが揺れるとかあっても良いだろう? 完全に固定されており壁に打ち付けられた手すりを引っ張っている感じだ。
「話を聞いて欲しいのです」
俺の後ろで彼女がそう言った。ゆっくり顔をデスクの方へと戻すと、すでに警官は俺達の方を見てもいない。虚空を見つめ同じ調子で同じ言葉を繰り返しているだけだ。分かるかこの恐怖が? 明らかにまともじゃない。俺の目がおかしくなっていなければ彼女の目は今赤く光っているように見える。全身から汗が拭きだしてきた、冷や汗というやつだろう。
俺の目は恐怖で見開かれているが、叫びたい衝動を何とか飲み込み事態を把握しようと努める。しかしこの訳の分からない状況の中、俺に出来る事は何もなかった。
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