央太 人生を振り返る
知らない人は初めまして。
応援を頂いている方々、大変お久しぶりです。
第二作目、開幕です。
完走目指して頑張りますのでよろしくお願いします。
真野 央太、28歳。
まず俺が今ここに至るまでの経緯を聞いてくれないか?
高校生の時に両親を亡くし天涯孤独の身となった俺は昼間はアルバイトをしながら夜間大学に通った。学費と生活費を稼ぐために必死に働いた俺は心を通わす友人も居らずひたすらに生きるために頑張った。両親の保険金は手元にあったがそれはできる限り使わない事に決めたのだ。
2階建てのボロアパートに住み、帰ってきてから課題をこなし朝早くから新聞配達、夜は勉強、そして学校が休みの時は近くの工場でアルバイトをした。頑張った甲斐あって大学を卒業できた俺は近くの広告代理店に就職することが出来た。これからは給料がもらえて一人前の暮らしができる。お金を貯めるぞ。そして毎晩金縛りになるこのカビっぽい部屋から引越しするんだ。
そしてお金を貯める事に専念した俺は、飲みニケーションも断りひたすら引越しの資金を貯めた。そして念願かなって25歳の時にようやく中古の2LDKマンションに引っ越すことが出来たんだ。それでもこの時ばかりは親の生命保険の一部を使わせてもらったけどな。
勤め始めてからしばらくして出会ったのが同じ会社で働く冴子と言う一人の女性だ。部署が違うからほとんど顔すら知らなかったのだが、マンションに引越して少し余裕が出来た俺は先輩や後輩とたまに食事に行くようになったのだ。ようやく人並みの、普通の暮らしが手に入ったのだなと思った頃だった。
先輩からはあの女は止めておけと何度も言われたのだが俺は冴子に夢中になった。たまにみんなと一緒に食事に行くだけで、たまに二人で喫茶店に行くだけで、あるいは会社の屋上でたわいもない会話をするだけで、ただそれだけの事で冴子は自分のモノだと。そうなったんだと。恋愛偏差値の低い俺は勘違いをしていたんだろうな。
いや、きっとそうなんだろう。今時肉体関係は結婚してからなんて化石みたいな貞操観念を持つ俺だ。派手な冴子に惹かれるのはこんな感情の裏返しだったのかも知れない。そうして2年の月日が流れ去り27歳の時だ。俺はプロポーズする事に決めた。レストランで夕食を取った後、海岸沿いの遊歩道を散歩しながら満を持して俺は冴子の前に跪いて言った。ダイヤモンドが入った小箱を差し出してな。
「冴子、俺と結婚してくれ!」
突然跪いてプロポーズの言葉を言った俺たちの周りに、事の成り行きを見届けようとするやじ馬がチラホラ目に入る。恥ずかしいが仕方ない。これ位インパクトがあった方がきっと思い出に残るはずだ。しかし返事が遅い。俺はチラッと冴子を見上げると顔を横に背けているようだ。む? 声が小さかったか? もう一度だ。
「冴子! 俺と結婚してくれ!」
「……」
「あれ? 船の警笛で聞こえなかったかな? さ、冴子! 俺と結婚してくれ!」
「……いやよ」
ポツリと零れた言葉、だがその重すぎる言葉は辺りを一瞬の内に静寂の場へと変えた。
「え?」
「悪いけど、お断りよ。ないわー。どうして私があなたと結婚するのよ? 大きな声で何度も恥ずかしいじゃない。そもそも付き合ってもないわよね私たち?」
「え? いや、でも。は? 付き合ってもないって……そんな」
「本気で思ってたの? 冗談に決まってるでしょ? バカじゃないの本気にしちゃって。こんな安モン貰っても嬉しくないわよ。薄給のくせによく私と結婚したいと考えたわね。厚かましい!」
そう言うと、冴子はそのまま踵を返して歩き去ってしまった。周りからは痛すぎる視線が俺に集中しているのが分かる。中には失笑している人もいるな。分かってるさ、今の俺が最高に格好悪い位な。
しかし跪いた格好で上から見下ろされるのがこれほど惨めなモノだとは想像もしなかった。だが、どうすれば良い? 流石にこれはないだろう? 格好悪い姿を晒したくはないが涙が出てきたぜ。その後どうやって家に帰ったか覚えていない。
その後冴子がどうなったのかも知らない。俺はその後すぐに会社を辞めたからだ。世話になった会社には悪いがどうしても働く気力が沸いてこなかったんだ。俺は誰からも距離をおき、携帯も解約した。物事の一切から逃げ出したかったのだ。
そして世話になったと思ってた会社も特に俺を止めるでもなく事務的に俺の退職を認めた。会社の人達からも何の連絡もない。携帯を解約したからかもしれないが、俺の人間関係の希薄さを改めて思い知らされる結果であった。はっきり言って失恋の悲しさなどない。いや、無いとは言わないが悲しさより怒りの方が遥かに大きい。それに情けないやら恥ずかしいやら色んな感情が混ざり合い、その結果、人間不信等々色々……つまり拗らせてしまったのだ。
あともう一つ大きいのがある。わかるか? とんでもないデカさの黒歴史を作っちまったって事だ。跪いて大声で叫んじまったからな。頭の中が真っ白になる経験をしたのは初めてだったぜ。右眼が疼いたり、左手に魔物を封じていたとかの方がよっぽどマシだ。
あれから一年ほど経つ。今はすっかりニートになってしまった。外には最低限しか出る事がない。身だしなみにもそれほど気を使うこともなくなってしまった。家では本を読んだりネットや映画鑑賞、プラモデルを作ったりしている。
お腹が空いてきたので冷蔵庫を開けてみると中が寂しい事になっている。そろそろ食べ物が少なくなってきたな。デリバリーサービスで済ませるか……いや、今日は久しぶりに外に出てみるか。面倒くさいがたまに外の空気を吸いたくなる時もある。近くのコンビニでも行ってみるか、そう思うと俺は部屋を出て夜の街を歩き始めた。
ここで引き籠り人生を過ごした俺が突如現れた居眠りトラックに跳ね飛ばされると思ったか? 違う。物語が始まるにはもう少し時間が掛かるのだ。
お読み頂きありがとうございます。
不定期となりますが、最後までお付き合い頂ければ嬉しいです。