ゴブリン討伐
なんかもうすごいことになってきたな
そう判断した俺は、まずは手前の方に居たゴブリンに向かって駆け出した。
ゴブリン達は突然現れた俺に対して驚いたのか、慌てふためく様子を見せる。
しかし、すぐにこちらの存在に気づくと、手に持っていた武器を振り上げながら襲ってきた。
俺は振り下ろされた棍棒を掻いくぐるようにして懐に入り込むと、そのまま横薙ぎに剣を振るった。
グギャッ!?︎ 短い悲鳴と共にゴブリンの上半身と下半身が真っ二つに分かれる。
よしっ、手応えありだな。
俺はすかさずもう一匹の方を見ると、そいつは仲間が死んだことで動揺していたのか、俺のことを見失っていた。……チャンスだな。
俺は一気に距離を詰めると、そのまま袈裟斬りに切りつけた。
ザシュッ!!︎ 今度はしっかりと仕留めることに成功したようだ。残った方の死骸はそのまま光の粒子となって消えていく。
それを確認すると、俺は再び歩き始めた。……その後も何度か戦闘を繰り返したものの、特に苦戦するようなこともなく、順調に進んで行くことができた。
途中で他の冒険者らしき人物達ともすれ違ったのだが、彼らはいずれも腕の立ちそうな人達ばかりだった。恐らくはDランク以上の冒険者達なのだろう。
中にはCランクの冒険者も混じっていた。……ふむ、流石にBランク以上はいないみたいだな。まあ、いてもおかしくはないと思うんだが、今はタイミングが悪いのかもしれない。
なんせ、今は他の街からも冒険者が大勢集まってきているらしいからな。
俺はそこまで考えると、軽く首を振って考えを打ち切った。
さっきも考えた通り、今は余計なことを考えるべきじゃない。
とにかく、この任務を達成することだけを考えよう。
その後、俺は黙々と奥に進み続けた。
そして、ついに洞窟の最深部まで辿り着く。
そこは広場のように開けており、そこには十数体程のゴブリンがいた。
俺はその様子を見て、思わず息を飲む。……どうやら、こいつらが巣の主のようだな。ゴブリン達は俺の姿を目にすると、一斉に襲いかかってくる。……だが、遅い! 俺は冷静に一体ずつ確実に倒していった。
それから数分後、全てのゴブリンを倒し終えた俺は改めて周囲の様子を伺う。……どうやら他に敵がいるような気配はないようだ。よし、これで依頼達成だな。
俺は内心でホッと胸を撫で下ろすと、その場を後にするべく踵を返した。……だが、その時だった。
――ズシン! 突如として地響きのような音が鳴り響く。
何事かと思って振り返ると、奥にあった洞窟の入り口が塞がれていた。
どうやらゴブリン達が逃げ出さないように入り口を土魔法で固めたようだ。……マジかよ。こんなところに閉じ込められたら、外に出ることはおろか、身動きすら取れなくなるぞ! 俺は慌てて壁際に駆け寄ると、必死になって叩いてみた。
すると、少しして壁に亀裂が入り、徐々に広がっていくのが分かる。……よし、これなら何とかなりそうだな。
俺は更に力を込めて叩くと、やがて壁の一部が砕け散った。その瞬間、一気に外の光が差し込んでくる。
俺は眩しさに目を細めながらも、外に飛び出すべく足を踏み出すのであった――……。
ゴブリンの巣から脱出した俺は、急いでギルドへと戻った。……まさか、あんなことになるとは思わなかったな。まさか、ゴブリンキングが現れるなんて……。
ゴブリンキングはゴブリンの群れを率いる上位種のことだ。
本来ならば、滅多に現れることはないはずなのだが、今回は運悪く遭遇してしまったのだろう。
俺はそんなことを考えつつ、ようやく辿り着いたギルドの扉を押し開けた。すると、中からは賑やかな声が聞こえてくる。……ん? 随分と騒々しいな。
俺は不思議に思いつつも、真っ直ぐ受付に向かうことにした。……お、いたいた。
俺は少し離れた場所に佇んでいる女性の姿を見つけると、そちらに向かって歩いていった。女性は俺が近づいてきたことに気づいたのか、こちらを振り返ると笑顔を浮かべる。年齢は20代前半くらいだろうか。やや童顔気味の顔立ちをしており、明るい茶色の髪をポニーテールにしている。服装は上下ともにピチッとした黒い服に身を包んでおり、スレンダーな体型と相まってよく似合っていた。
彼女は俺の姿を認めると、ニッコリ微笑みながら話しかけてきた。
その様子は実に友好的に見える。……というより、俺のことを知っているみたいだな。
まあ、この支部では何度も依頼を受けてるし、それなりに顔を覚えられているのかもしれない。
俺はそう思うと、いつも通りに挨拶をした。ちなみに、俺の見た目についてだが、自分ではあまり気にしていないのだが、周囲からは黒髪に黒い瞳をしているせいで若干目立っているようだ。そのため、最近は多少目立つ格好をするようになっていた。
具体的には銀製の全身鎧を身に付けているのだ。
最初は普通の軽装備でいいと思っていたのだが、先日、街の外で魔物に襲われた時にかなり痛い思いをしたので、急遽買い換えることにした。
幸いなことに、この街には腕利きの冒険者が多く滞在しているので、良い店を紹介してもらい、オーダーメイドの物を作ってもらうことができた。
おかげで今は以前よりも格段に防御力が上がっている。それもあってか、最近ではあまり魔物に襲われることもなくなっていた。……しかし、それはそれで問題もあった。
というのも、この姿だと街中で声を掛けられることが増えてしまったからだ。
冒険者は荒くれ者の集まりみたいなイメージを持たれがちだが、実際にはそんなこともない。むしろ、街の人々からの評判はかなり良かったりする。その理由としては、冒険者は基本的に依頼を達成しさえすれば、後は自由気ままに過ごせるため、真面目に働いている人が多いことが挙げられるだろう。
また、中には貴族の次男坊や三男坊といった家柄の良い人達もいたりするので、そういった人達も粗暴な態度を取ることが少なかった。
とはいえ、俺はそういった柄ではない。
そもそも、俺は平民だしな。なので、基本的に俺は素っ気ない態度を取るようにしていた。……まぁ、それでも向こうから絡んでくる奴もいるんだけどね。
そういう輩は大抵は無視するか、適当な理由をつけて断ることにしている。
だが、今回の相手はそのどちらにも該当しなかったようだ。
俺が目の前に立つと、彼女は口を開いた。
その口調は明るく、とても親しみやすい印象を受ける。
俺は彼女のことを見つめると、用件を口にした。
どうやら、先に誰かが来ていたようで、カウンターの上には報酬の入った袋が置かれている。
俺はそれを指差すと、彼女が来る前にここにいた人物のことを尋ねた。
すると、彼女はニッコリ微笑むと答えてくれる。
その時の会話の中で、俺はあることに気付いた。
どうやら、彼女は俺がゴブリンの巣から脱出するまでずっと待っていてくれたらしい。……しかも、ゴブリンキングの出現を予期して、事前に討伐隊を組織してくれていたそうだ。
その話を聞いて、俺は思わず苦笑してしまう。……まったく、本当にどこまでも優秀な受付嬢だよ。
俺は改めて彼女に感謝の言葉を告げると、そのままギルドを出ていこうとする。……すると、何故か呼び止められた。
振り返ってみると、そこには真剣な表情を浮かべる彼女と目が合う。
俺は不思議に思って首を傾げると、何事かと尋ねてみた。
すると、返ってきた言葉は驚くべき内容だった。なんと、ギルドマスターから呼び出しを受けているとのこと。
俺は一瞬、何を言われたのか分からず呆然とする。
ギルドマスターといえば、ギルドの責任者であるはずだ。
そんな人からの呼び出しとは一体……。
俺は動揺しつつも、とりあえずギルドの奥にある部屋へと向かうことにした――……。……………… 案内された部屋の中に入ると、そこには大きな机と椅子が置かれており、そこに一人の人物が座っていた。年齢は50代くらいだろうか。白髪混じりの髪を後ろに撫で付けており、口元には髭が蓄えられている。
服装は高級そうな黒いスーツに身を包み、首からは金のネックレスを掛けている。そして、手には金色の指輪が幾つも嵌められていた。……うわ、なんか見るからに偉そうな雰囲気だな。
俺はそう思うと、恐る恐る挨拶をした。
しかし、俺の挨拶に対して、彼は特に何も言わずにただ黙ったままこちらを見つめてくるだけだった。……え? それだけ? 何か反応してくれないと、逆に困ってしまうんだが。
俺が戸惑っていると、ようやく彼から返事があった。
それはどこか冷めたような声音であり、感情を感じさせないものだった。
俺は彼の雰囲気に気圧されながらも、何とか言葉を返すことに成功する。
それから、しばらく彼とのやり取りが続いた。
最初に受けた印象通り、やはり、この人がここのギルマスのようだ。
名前はアルスというらしく、この街で冒険者達を取り仕切っているとのこと。ちなみに、冒険者ギルドというのは、国に関係なく組織されている機関なので、当然のことながら王国にも支部が存在する。
まぁ、それはさておき、何故呼び出されたかだが……。
実は、彼が言うには、俺があのゴブリンキングを倒したということらしい。……いや、それは流石にないだろう。だって、実際に倒してないし。否定しておくことにする。
俺は正直に言って、ゴブリンキングなんて倒していない。確かに、あいつらが持っていた剣で傷付いたことは事実だが、それはあくまでゴブリンキングの攻撃によるものであって、決して俺の力によるものではない。
だから、俺は彼にそのことを説明した。
すると、彼は納得してくれたようで、すぐに解放される……と思ったのだが、話はそこで終わらなかった。
なんと、俺に指名依頼があると言うのだ。
その内容は、俺を名指しにしたゴブリンキング討伐の依頼だった。……おい、ちょっと待ってくれ!俺は慌ててそれを否定する。
いくらなんでも、そんな無茶な依頼は受けられない。俺は即座に断ろうとしたのだが、どういうわけかそれを遮られる。……どうやら、その依頼は緊急を要するものらしく、是非とも引き受けて欲しいとのこと。
俺は頭を抱えそうになるも、なんとか気持ちを抑え込んで説明を求めた。すると、アルスは詳しく話してくれる。
どうやら、ゴブリンキングが現れたことで近隣の村や街から救援の要請が出ているらしい。
俺はその内容を聞くと、さらに頭が痛くなった。
ゴブリンが群れを成した場合、大抵は上位種が現れない限りはそれほどの脅威にはならない。
だが、今回の場合はその限りではなく、ゴブリンキングがいる以上、下手に手出しができないとのこと。
しかも、その数は100匹を超えるらしい。
俺はそこまで聞くと、思わずため息が出た。……無理だろ、普通。例え、どんなに強い奴でも1人で100匹のゴブリンを相手にするのは不可能だ。そもそも、俺はソロの冒険者でしかない。ギルドマスターであるアルスが、わざわざ俺に頼むくらいなのだから、よほどの事情があることは理解しているつもりだ。……だけど、それでも俺はそんな依頼を受ける気はなかった。
俺はそのことを説明すると、アルスも渋々ではあるが分かってくれたようだ。
その後、俺はギルドマスターの部屋を出ると、重い足取りのまま帰路に着いた――……。……家に帰る途中、俺はこれからのことを考えてみた。
まずは、明日にでもゴブリンの巣に向かう必要があるだろう。恐らく、そこにはまだゴブリン達が大勢残っているはずだ。
もし仮に、本当にゴブリンキングがいたとしたなら、今のうちに倒しておかなければならない。……それにしても、どうしてこんなことになったのか。
ギルドマスターの話によると、ゴブリン達は数日前から巣の中に引き籠り始めたらしい。最初は何かあったのではないかと心配したそうだが、特に被害も出ていないため放置していたとのことだ。
それが突然、大量のゴブリンを引き連れて現れた。しかも、中には上位種のゴブリンナイトまでいたようだ。……一体、何があったのか分からないが、このままではいずれ大きな被害が出てしまうかもしれない。……とにかく、明日になったらもう一度あの場所に行ってみよう。
俺はそう決意すると、ゆっくりと歩みを進めた。
翌朝になり、俺は早速ゴブリン達が現れる前に急いで森へと向かった。
昨日の時点では、まだゴブリン達の姿が確認できたが、果たして今日はどうか。とりあえず、俺には時間がない。一刻も早く、原因を突き止める必要がある。
そして、森の中へと入ると、すぐに気配感知を使って周囲を探ってみる。……うん、今のところ近くには何もいないようだ。
だが、油断はできない。
俺は慎重に先へ進んでいくと、しばらくしてようやくゴブリンの姿を捉えることができた。
数は全部で400体いる。……これは多いな。
俺は内心でそう呟くと、ゴブリン達に気付かれないように背後に回り込む。
それから、静かに剣を抜いていく。
俺が持つ剣は、以前、アルスさんに貰ったものだ。
何でも、俺のために用意してくれたものらしく、ゴブリンキングと戦うにはちょうどいい武器だという。
正直、あまり期待していなかったのだが、いざ使ってみるとこれが中々使いやすい。
切れ味も良く、柄の部分も握りやすくできているため、俺はこの剣をかなり気に入った。
それから、俺は素早くゴブリンの背後に移動すると、そのまま剣を振り下ろした。ゴブリンは悲鳴を上げる間もなく、その命を散らしていく。……よしっ、これで半分は片付いた。
俺はそう思うと、次々とゴブリンを倒していく。
すると、俺に気付いたゴブリン達が一斉に襲い掛かってきた。
俺はそれを確認すると、一旦後退して距離を取る。
その瞬間、ゴブリン達が一斉に向かってきた。
俺はそれを見ると、落ち着いて剣を構える。
そして、向かってくるゴブリンに対して斬撃を繰り出していった。
1匹、2匹、3匹と次々に倒していき、10匹ほど倒したところで異変が起こった。突然、地面が激しく揺れ始める。……なんだ? 俺は突然のことに戸惑うが、その原因はすぐに分かった。
どうやら、ゴブリン達が地中から現れたようだ。それも、かなりの数がいる。
俺はそれを見て舌打ちすると、その場から離れようとした。
だが、既に遅く、周りを取り囲まれてしまったようだ。……マズイな。
俺は目の前にいるゴブリンを見据えながら、どうやってこの状況を切り抜けるべきか考える。
だが、その時だった。
ゴブリンの後ろから何者かが現れて、一瞬にしてほとんどゴブリン達を倒していってしまった。……えっ!? 俺は何が起きたのか分からず呆然としていたが、ふと我に返ると、助けてくれた人物の方を見る。
すると、そこには見知った顔の人物がいた。
「あれ、エクリア?」
俺が声をかけると、彼女はこちらを振り返る。
そして、驚いた表情を浮かべていた。
「……どうして、貴方がここに?」
「それはこっちのセリフだよ! なんで 、君がこんなところに来てるんだ!」
俺の言葉を聞いて、彼女――エクリアの顔が曇った。……そして、しばらく沈黙が続く。
お互い無言のまま向かい合っていると、今度は彼女の方から口を開いた。
「……実は、私も依頼があってここに来たんです」
「……依頼だって?」
俺が聞き返すと、彼女はコクリと小さく首肯する。
それから、静かに話し始めた。
なんでも、ゴブリン達が巣に引き籠り始めたのは数日前のことだったらしい。
最初は特に気にしなかったが、数日経っても何も起こらなかったため、次第に不安が募っていったそうだ。
そこで、冒険者ギルドに相談したところ、調査の依頼を出したという。
それで、彼女が派遣されたそうだ。しかし、まさかここで彼女と会うことになるとは思わなかった。
まあ、ギルドマスターが知り合いだからと言って、同じ依頼を受けるとは限らないが……。
とにかく、こうして出会った以上は協力し合うべきだ。
俺はそう思い、彼女に提案してみた。
一緒に戦わないか、と。すると、意外にも彼女は首を縦に振ってくれた。
俺はそれを嬉しく思った。
一人で戦うよりは二人で戦った方が遥かに戦いやすくなる。俺は改めて周囲を見渡すと、まだ多くのゴブリンが残っていることを確認する。
俺は剣を構え直すと、再び攻撃を開始した。
数分後、ゴブリン達は一匹残らず消え去っていた。
俺は荒くなった呼吸を整えながら、額の汗を拭う。
エクリアの方を見ると、同じように息を整えるために深呼吸を繰り返していた。
それから、少ししてお互いに落ち着いたところで声を掛け合った。
俺達の周りには、大量の魔石とゴブリン達の死骸がある。
とりあえず、これだけあれば十分だろうと思い、俺は魔石を拾い集め始めた。
が、ふと気づく。
ゴブリンキングはどこだ?……俺は嫌な予感を覚えながらも周囲を見渡した。
すると、遠くの方で何かが動いたような気がする。
よく見ると、そこにゴブリンキングの姿があった。
俺は急いでゴブリンキングの下へ駆け寄る。
そして、剣を構えた時だった。突然、地面が大きく揺れた。……この感じは覚えている。
確かこれは、ゴブリンキングが現れた時に起こる地震のようなものだ。
俺は慌てて周囲を見回すと、すぐ近くに巨大な影が見えた。
その姿を見て、背筋に悪寒が走る。……なんて大きさなんだ。俺はゴブリンキングの大きさに圧倒され、一歩足を引いた。
それから、すぐに気を取り直してゴブリンキングに向かっていく。
奴が動き出す前に倒さなければ。
俺はそう思って、勢い良くゴブリンキングに飛び掛かった。
その瞬間、また地面が激しく揺れた。……まずい! 俺は咄嵯に回避行動を取ると、ゴブリンキングの攻撃を避けようとする。
だが、間に合わなかったようだ。
地面から飛び出してきた無数の土槍が、俺の身体を貫く。
その瞬間、全身に強い衝撃を受け、俺はそのまま吹き飛ばされてしまった。……なんだ、一体何が起こったんだ? 俺は薄れゆく意識の中で、自分の身に起こったことを理解しようとする。
だが、頭がボーっとしてしまい上手く考えることができない。
それでも必死になって頭を働かせると、ようやく思い出すことができた。……
そうか、あの時の感覚に似ているのか。
俺が初めてダンジョンに入ったときに味わった、強い脱力感にそっくりだった。……ということは、つまり―――
俺はそこまで考えると、ゆっくりと瞼を閉じた。
次に目を覚ました時には、ベッドの上に寝ていた。






