行き先
ワイ書くより早いやん
見た目だけならただの小さな女の子にしか見えないのだが、彼女にはそういった普通とは違う部分があった。
たとえば身長がかなり低い。
俺よりもずっと小さいし、おそらく百四十センチあるかないかというところだと思う。
それに肌の色が白い。
まるで雪のように真っ白なのだ。しかも髪の毛まで真っ白ときている。
瞳の色だけはなぜか青く染まっているのだが、それも不思議とよく似合っていた。
端的に言えば、全体的に色素が薄い感じの子なのである。
服装もまた特徴的だった。
白いブラウスの上に黒のワンピースを重ね着していて、さらにその上から同色のコートを羽織っている。足元にはこれまた黒っぽいブーツを履いているものだから、一見すると全身黒色ずくめに見えるんだけど……よく見ると首元だけが紺色になっていたり、袖口の部分が小さく赤くなっているのが見て取れた。……なんつーか、ファッションセンスがすごい独特な子だよなぁ。
あと一番気になった点といえば、やはり頭に装着している猫耳カチューシャだろうか。
正直ちょっと痛い格好だと思ったけど、彼女本人は気にしていないようだったので何も言わなかった。
ちなみにミノリの方は何の反応もなかった。……うん、やっぱりこの子はちょっと変わってるみたいだぞ。
それからもう一つ。
彼女の顔立ちはかなり整っていた。……はっきり言って、かなりの美少女と言っていいと思う。
ただ惜しむらくはその表情があまりにも無機質で、人形めいていることだろう。
彼女の感情の動きが全く読めないのだ。
「――おほんっ」
わざとらしく咳払いをして、俺は思考を中断した。
見れば〈幻影のファントム〉がじっとこちらを見つめていたからだ。
「えっと、それで……そのニュースのことだけど……」
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったね」
彼女はようやく思い出したといった風にポンッと手を打った。
「ボクの名前は〈幻影のファントム〉。見ての通り、半獣人の類さ。キミたちのような人間のことは『亜人』と呼ぶらしいけれど、まぁ呼び方なんてどうでもいいよね。それよりも今は重要なことがあるからね。早速本題に入らせてもらうよ?」
彼女は一度そこで言葉を区切ると、すぅっと息を大きく吸い込んでから話を再開した。
単刀直入に言おう。ボクはあの黒い結晶体のことについて詳しいんだ。そしてあの結晶体が一体何なのかも知っている。だからキミたちに協力してほしいんだよ」
そう言うと、〈幻影のファントム〉は真っ直ぐに俺たちの顔を見据えてきた。……どうやら俺たちはとんでもない爆弾を抱えてしまったらしい。
しかしだ。
いくらなんでも、いきなり現れてこんなことを言われても素直に従うわけがない。
俺たちは思わず顔を見合わせて、お互いの考えが同じであることを確認すると、揃って首を横に振った。
そりゃそうだ。
だって俺たちはただの学生だし、そんな怪しい奴の話を聞く義理はない。
そもそもそんな話は警察に任せればいいのだ。俺たちみたいな普通の学生が出る幕じゃない。
そんな俺たちの様子を見て、〈幻影のファントム〉は特に失望した様子もなく、静かに微笑んでみせた。
そしておもむろに指を鳴らす。……ん?
「――ふむ、これは困ったことになったねぇ。このままでは本当に取り返しのつかないことになってしまうかもしれないというのに、それでもまだボクの言葉を信じないというのか。――仕方ない。ならば少しばかり強硬手段を取らせてもらうとするかな」
次の瞬間、〈幻影のファントム〉の身体を包んでいた淡い光が突然強く輝き始めた。
それと同時に周囲に強烈な風が巻き起こる。
俺は慌てて腕で顔を覆ったが、そんなもので防げるような強風ではなかった。
そのあまりの勢いに、俺の体は簡単に吹き飛ばされてしまう。地面に叩きつけられる寸前、ミノリが俺の腕を引いてくれたおかげでなんとか事なきを得たものの、もしも彼女が助けてくれなければそのまま地面の上を転がっていったかもしれない。
それくらい強い突風だった。
だが、それ以上に問題なのは、――目の前にいるはずの少女の姿が忽然と消えていたことだった。
いや、消えたというのは語弊があるか。
正確に表現するなら、その姿が変貌していた。
まず最初に目に入ったのは大きな翼だ。
それは鳥のものというよりは、コウモリとかそういった類のものに似ていた。
次に頭。
そこにあったのは猫耳ではなく、三角の尖ったものが二つ。
あれがおそらく角なのだろう。
最後に、全身を覆うように纏わりついている白い霧のようなもの。
それらが一瞬にして彼女を化け物へと変えてしまっていた。
〈幻影のファントム〉と名乗っていた彼女は今や完全に異形の存在へと変貌を遂げていた。
その見た目は一言で表すならば巨大な白猫だ。
ただし猫といって侮ることなかれ。
その大きさは十メートルを超えており、さらに全身からは濃密な魔力を感じることができた。
「グルルルルゥ……」
威嚇するような低い声を上げる〈幻影のファントム〉を前にして、俺はようやく自分が危機的状況にあることに気が付いた。
「ミノリ! 大丈夫か!?」
「はい、私は平気です!」
「そうか、良かった。――よし、逃げるぞ!!」
ミノリの手を引き、俺はその場から駆け出した。
とにかく今は逃げの一手しかない。
幸いなことに〈幻影のファントム〉は空を飛ぶことができないようだし、あの巨体で森の中を動き回るのは無理だろう。
つまりあいつがこの場に留まる限り、俺たちが捕まる可能性は低いはずだ。
それにここは森の奥地であり、滅多に人が来ない場所でもある。
仮に誰かが通りかかったとしても、俺たちを助けてくれるかどうか……。
――と、そこまで考えて、ふと違和感を覚えた。
(どうして〈幻影のファントム〉はあんなにもあっさりと姿を消したんだ?)
先ほどまでずっと俺たちの前にいたはずなのに、今ではその姿が全く見えない。
まるで煙のように姿を消してしまった。
考えられる理由としては魔法を使う他にないだろう。
しかし、だとしたらなぜ俺たちの前に現れたのか。
わざわざ姿を消す必要などなかったのではないか。
そもそもあの口ぶりからすると、〈幻影のファントム〉はあの黒い結晶体がなんなのかを知っているようだった。
しかしだとすれば、あの結晶体が危険なものであることも理解しているはずである。
にもかかわらず、彼女は自ら姿を現し、さらには黒い結晶体をどうにかする方法を持っていると言ったのだ。
正直言って、彼女の言葉を完全に信じることはできない。
しかし、もしもそれが本当であるならば……、俺たちは彼女と協力して黒い結晶体の対処に当たるべきなのではないだろうか? もちろん、本当に協力できるかどうかはわからない。