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リーヴァル調査会社  作者: ヤシの実
相談者1人目 不審な獣人
8/17

8話

 誰か呼んでいるような声が微かに聞こえる。


 獣人から見える世界は、ぼんやりしていて空虚な感じだ。


 少しづつ意識が戻ると、そこは見知らぬ廃墟だ。


 辺りは暗く、身の回りには電子機器と白い線が敷かれている。


 どうやら魔法陣の中心にいるみたいだ。


 ”先輩!先輩!”と山下の声だと分かり徐々にハッキリと聞こえるようになった。


 河野は声はあまり出せずに何が何なのか意味不明な状態だ。


「山下…なんでお前が…いるんだ…?」

「先輩!元の先輩に戻って…良かった…」

「ここは……どこだ?お前…その腕のリング……」


 山下は(ひた)隠そうとするも本当の正体を現す。


「実は…その…」

「エルフは法律上、魔術師になれないはずだ…」

「僕…こう見えてハーフエルフなんです。7割人間なのでギリギリ魔術師になれるんですよ」


「…偏見と差別を恐れて……隠してたのか。まあ…IT職は…物質主義者が多いからな…精神や思念といった…非論理的な現象を…ヤツらは真っ向から…毛嫌う」


 河野は息継ぎしながらゆっくりと話す。


「なぜ俺の居場所が分かった?俺に何をした…?あの時、もう会うなと言ったはずだ」

「…先輩のもう一つの人格を魔術で抑えました」

「……そうか…お前にも…見られたか。もう俺は今後まともな生活はできない。悪いが警察に連絡してくれ。お前も捕まるぞ」


「いやです」


 山下は犯罪者の河野から助言を断固否定し、絶対に離れようとしない。


「何故そこまでして…俺を庇おうとする?」

「先輩は殺人を犯しません」


「もう妻と娘を殺している…もしかしたら他にも何人か殺しているかも知れない。他者への過信は禁物だ…後で痛い目を見るぞ」


「それはもう一つの人格であってアナタでは無い」


 河野がどんなに助言をしても山下は一向に断固否定し続ける。


「現実を見ろ…人格が違えど殺した(やった)のは俺以外に変わり無い。頼む…通報してくれ」

「先輩。まだ諦めるには早いです。…っ!……」


 突然、山下は倒れる。

 彼の腹部には応急処置した刺し傷がある。

 河野は慌てて”どうした?!”と声を上げる。

 そしてゆっくり身体を起こして彼の近くに寄り添う。


「お前…その傷…」

「申し訳…ありません…ここまで来て…情けないです」


河野は彼の腹部の傷はもう1人の自分にやられた傷だと察した。


「そこまでして…俺を止めたのか…」

「警察には…絶対通報…しません」

「お前…バカだ…ホントに。救急車を…呼ぶ。スマホはどこだ?」


 スマホを見せるがバッテリー切れで廃墟のため充電もできない。


「先輩…1つお願いが…あるんです」


 山下は紙切れに何かをゆっくり記入し河野に渡す。


「これ…プロの魔術師がいる…探偵事務所の住所です。まあ…正確には調査会社ですが…大金を支払えば、どんな依頼も…受けてくれる…所です。たとえ……違法な事でも…そこに行けば…先輩は救われます」


河野はそれを聞いて少し希望の意識を持つが、やはりあまりにも都合が良すぎる。


それに前回の探偵事務所みたいに失敗したらという不安もある。


「この状況で…助けてくれるワケが無い。それに…大金を払えば違法な事でも…引き受けてくれるとか。あまりにも都合が良すぎる…バカにしてるのか?そんな犯罪紛いな所に…」


「バカにしてません。本気です」


 河野は考えた。

 自分はもう既に犯罪者であり、どちらにしろ捕まれば長い生き地獄が待っているだけ。


 一層の事、本当にこの絶望的な状況から救ってくれるか、一かバチか怪しい事務所に賭ける事にした。


 山下の視線は、まっすぐ彼を見ており嘘を付いているようには見えない。


「……わかった。お前の言う通りに…するよ」

「ありがとう…ございます」

「それと…大金って、いくら必要なんだ?」

「僕のこのカードを持って行ってください」


 誰もが持っているようなチャージ型プリペイドカードと数字が記載された紙を河野にゆっくり差し渡す。


「その中に1000万円あります。これが暗証番号です」

「こんな大金、どこから用意した?」

「僕の今までの貯蓄です」


 あからさまなウソに河野は再度山下を問い質した。


「本当のことを言え」


”だから僕の貯蓄…”と言った瞬間、河野は彼を静かに怒鳴りつけた。


「若いお前が貯蓄如きで1000万円も貯めれるワケないだろ。それに…お前の家族は裕福では無い。どこから仕入れてきた?どうせ汚れた金だろ」


 山下は後ろめたい気持ちになったが、信頼している先輩のため正直に打ち明けた。


「ある組織から支給された金です。僕…このSEの仕事だけでは将来…経済的に厳しいと思い…水面下でデータブローカーで稼いでます。その1000万円は、今の僕の貯蓄のほんの一部です。なので、貴方が使っても僕はお金に困らないので安心してください」


「やはりな…悪いがこの金は受け取れない。最後にもう一度言う。俺に2度と会うな」


 カードと紙を捨てて河野はゆっくりと起き上がり自分の所持品を探し出し見つけた。この部屋を出ていく。


 河野は絶望的な希望を持って、後輩に誘導された事務所へ向かう……


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 獣人は今までの経緯をすべて二瀬に話した。


 異様な雰囲気が事務所内に漂うが、シーリングファンは一定の速度で当然変化することなく回り続ける。


 二瀬はiQOSを吸い左下に顔を向け少ない煙を軽く吐く。


「……なるほど…………もう1人の自分を殺して欲しいってことか。…申し訳ないが人格破壊は魔術でもムリだ。そこまで万能じゃない。このまま大人しく捕まって死刑囚になるか自決するか…それとも国外逃亡するか…だな」


 河野は落ち込むも真剣な表情で悩む。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 静かに時が過ぎていく。

 突然、女はゆっくり立ち上がり彼の後ろに移動する。


「首元、触っていいか?」


 ”えっ、あっ、はい”と答え、左手で軽くつかみ、何かを感じ取る。


「お前の後輩が施した魔術、あと持って5〜6時間だ。それまでに依頼内容を決めないと、また不定期で殺人を繰り返す」


 この言葉に河野の気持ちは焦りを感じ、変な汗が身体中から湧き出てくる。


「あとウチらは否定も肯定もしない。そして表向きにはそこら辺にある探偵事務所と同じ扱いだが、ほとんどお前のような特殊な顧客を対応している」


その淡々とした説明に河野は息を呑む。


「あとは…そうだな、初めてくるヤツの大半は何でも出来る、何でもしてくれると思い込んで来る。ハッキリ言って間違いだ。ウチらにも出来ない事はある。今回みたいな人格破壊とかな。そこは理解してほしい」


 なら何ならやってくれるのか?


他に助かる方法なんて思い付かない。


彼女の言った通り、自首による死刑囚・自決・国外逃亡。

この3点のうちどれかを選ぶしか無いのか……


 進み続ける時間を意識してしまい、落ち着いて思考できない。


 そこで男は時間を考えるのでは無く、今の自分は何を求めているのか?を素直に考えた。

・・・・・・・・・・・・・・

 男は彼女に依頼内容を伝える。


「私は……即身成仏がしたいです」


 大抵の客であれば国外逃亡の手助けを頼むと思ったが、意外な回答が返ってきた。


「………なぜ即身成仏がしたい?」


「…どうせこのまま逃げても罪悪感からは一生逃げられない。それなら一層のことプロの貴女アナタの魔術で苦しまない状態で即身成仏させてほしい………」


 二瀬は少しうつろになり考える……


自殺幇助ほうじょか………可能だ…その依頼で本当に後悔しないか?」

「はい…ここまで来たら…もう…思い残すことは何もありません」

「わかった。いくら持ってきた?」


 すると男は財布からカード3枚を取り出した。


「キャッシュ2枚とクレジット1枚か。ではこれに暗証番号を書いてくれ」


 男は差し出された白紙とボールペンで躊躇なく暗証番号を記入し渡す。


 女は頷き、早速、依頼準備に取り掛かる




ーーーーーーーーーーーーー




 深夜1時42分。

 二瀬はLINEで得意先に連絡する。


 時間的に厳しいと思ったその瞬間、相手は着信を受け取ってくれた。


「夜分遅くに大変申し訳ありません。リーヴァル調査会社の二瀬です。急遽申し訳ありませんが1部屋空いているところ有りますでしょうか?…はい…はい。ああ、本当ですか。助かります。部屋カギは今誰が預かっていますか?あっ、はい。わかりました。では今から向かいますのでよろしくお願い致します。はい、失礼します」


 礼儀正しい電話応対を終わらせ、彼女は河野に真剣な表情を向ける。


「待たせて悪い。問題なく即身成仏できる場所が見つかった。ここから車で30分くらいの所にある5階建てのアパートだ。…それじゃ1階に降りるか」


 下準備をしようと思ったが既に車内に魔術に必要な機材等が積んである事を思い出した二瀬。


 河野は先に1階に降り、二瀬は管理ボックスの中から社用車の鍵を取り出し、そして紫外線消毒器の中に保管されているヘルスリングを手首にしっかりと取り付ける。


※ヘルスリング=魔術師のメンタル計測器。または違法魔術使用時の通報器。魔術の多様は精神疾患を及ぼす為、魔術師は装着を義務付けられている。魔術使用データは異端文明研究所という所に送信され管理されている。ちなみにこの事務所のヘルスリングは違法魔術を使用しても通報器が作動されないように改造されている。


 最後に小さいリュックに350mlの粉末の入った茶色いボトルとミネラルウォーター、iQOSを入れる。


 事務所の戸締りをしてから続けて1階に”カンカン”と音をたてて鉄筋の階段を降りる。


 1階の駐車場にある社用車の白いアルファードのキーロックを解除し、ハザードランプが一瞬光り、静かな深夜を少し驚かせる。


 先に二瀬が運転席に乗り、後に続いて河野は後部座席に乗り込む。


 運転席の座席位置は前回乗っていた従業員の位置に合わせているため、小柄な二瀬は座席を少し前に調整し良い感じにフィットしたことを確認してからプッシュスタートを押しエンジンをかける。


 河野は既にシートベルトをかけており、遅れて二瀬もシートベルトをかける。


 互いに少し落ち着いてから、車のライトを点灯させてゆっくり発進させた。


「それじゃ、行きますか」


 女は一言しっぽりした事を言い、2人は静寂な深夜(やみ)まとい、目的地へ向かう……


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