7話
1人の獣人が人気の無い深夜の公園に到着する。
”ゼェゼェ”と少し息を荒げながら自転車から降りて犯人が座って待っているベンチに向かう。
長年の運動不足が垣間見えている。
歩きながら盗聴用イヤホンマイクの準備をする。
「フェリクス聞こえてるか?」
「ああ、聞こえてる。問題ない」
「今から彼と話す」
”OK”といつもの口癖でフェリクスは応え、録音の準備は万端。
彼に近付くと、一見ごく普通の男性に見えるが何を考えているのか分からない。
河野諭は犯人”キムラ”と思われる男に優しく話しかける。
「あの…貴方がキムラコウヘイさんですか?」
「あ、はい、そうです」
「僕は河野諭と申します。隣に座っても…良いですか?」
「あ、どうぞ」
河野は彼の隣に1人分の間を空けて座り、話しかける。
「……早速、お聞きしたいのですが、なぜ貴方は僕の会社にあんなメールを送ったのですか?」
唐突な問いにその男は冷静に答える。
「私は送っておりません」
典型的な否認に河野は少し苛立ちを見せる。
「…この写真を撮ったのも迷惑メールを送ったのも貴方ですよね?」
「私はただ河野さんの指示に従って撮影しただけです。迷惑メールは送っておりません」
「…何を言ってるのか、さっぱりわからないのですが…ちなみにその指示を出した私と同じ苗字の河野さんというのはどういう方なのでしょうか?」
「アナタです」
"は?"と脳内が空っぽになるくらい意味不明な回答をするキムラ。
河野は繰り返し同じ質問をするもキムラの回答は変わらない。
まるでロボットように。
河野の苛立ちは高まり口調は段々強くなっていく。
「キムラさん。これをやったのは貴方しかいないでしょ?なぜ認めない?」
「まずアナタのスマホに私の連絡先は入ってないですか?もし無ければ本来のアナタが削除したのでしょう。元々アナタが主犯格なのです。その写真、アナタの奥さんの隣にいる男もアナタが仕込んだ人物です。私と共謀させて不倫と思わせる写真を撮らせたのです」
河野はこのキムラという男が何を言っているのか支離滅裂すぎて理解できない状態である。
キムラは引き続き淡々(たんたん)と今回の件について説明する。
「そして私は本来のアナタからこう言われました。”いずれ、もう1人の俺から連絡がくる。誰かを経由して。その時にはこの事を全てを話して構わない。もうその頃にはソイツは救われないから”と……」
「キムラさん…いい加減にしてください。私が二重人格でもう1人の私が全て仕組んだなんて誰が信じるんですか?」
「私はウソは一切ついておりません。あまりしつこいと不正アクセス禁止法違反と脅迫の容疑で警察に通報しますよ?全てはアナタ自身が行った事がです。私の所為にせず自分自身をどうにかした方が良いです。はい」
またしても否認し続けるキムラ。
そして逆に河野を警察に通報すると言い出し、河野は怒りが最高潮に達した。
「いい加減にしろよ…お前」
河野がキムラに手を出しそうになった瞬間、フェリクスから声が掛かった。
「おい…キムラの言ってることは本当だ…犯人はお前だ」
その一言に河野は、は?と言い、頭の中が真っ白になる。
「最初のネカフェのメール送信者の後を各防犯カメラの履歴から追ったんだ。この迷惑メールを送ったのは…お前自身だ」
フェリクスにも自分を”犯人”と言われ混乱する河野。
「僕は何もやってない…だって…今まで僕と関わってきて突然ヘンな感じになった事あるか?」
「いや…お前はいつものお前自身だ。本当に何も覚えてないのか?」
「僕は二重人格なワケない。僕はいつも通りの自分で生きている。突然人格が変わるワケない!」
河野は2人から自分自身が犯人だと突き付けられ”どうしたら良いんだ…”と不安の一言が漏れ、混乱が増す一方である。
キムラからこんな言葉が出てきた。
「もしアナタの中に、まだ他の複数の人格があれば起訴されずに済む可能性はあります。まあそれでも”精神病棟”という名の監獄にぶち込まれるでしょうけど。どちらにしろアナタは今後まともな暮らしは出来なくなります」
「他人事のように言いたいだけ言いやがって…何なんだよお前は!!」
「人は常に自分を理解しているようで理解してない状態にあります。この場合だと"自分自身を見つめ直す"しか方法は無いでしょう。ちなみに私はこう見えて昔、精神科医を目指していた者でね、それなりに知識はあるんです。私から言えるアドバイスはコレくらいですかね」
キムラは淡々と事実を述べるだけで一切、感情を表さない。
自分自身を見つめ直す?
もう今日には、会社から警察に連絡がいく。
こんな時に何言ってんだコイツと河野はイライラする。
引き続きキムラは話し続ける。
「それか国外に逃げ切るか…ですね」
「どうやって?アイツら…警察の監視システムから逃げ切れるワケないだろ!」
「後は自分で考えてください。私と示談しても犯した罪からは逃げられません。それに…これ以上話しても、もう何も変わらないので帰りますね。明日というか今日は日勤で8時出勤なので」
キムラは”では”と、さよなら代わりの一言を言い放ち、軽く手を上げ、この場を去る。
河野は”おい!”と怒鳴り止めようとするが彼は微動だにせず無視し冷静に立ち去る。
フェリクスは河野に恐る恐る話しかける。
「お前…これからどうするんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「おい…どうした?何か返事しろよ。俺の声聞こえているか?おい…おい!……」
獣人はフェリクスの声掛けに無反応だ。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・。
・・・・・。
・・・。
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獣人は突然暗闇から光に解き放たれたかの様に当たりを眩しく見渡す。
するとそこは自宅リビングであり妻と娘の生首がテーブル上にある皿の上に乗ってあり、残りの肢体はソファーに、もたれかかっている。
その光景を目の当たりにし不快感に襲われ激しく嘔吐する。
”なんで…”と訳も分からず、只々吐きながら泣いてしまう。
すると突然着信が鳴り出した。
職場の後輩の山下から電話が着た。
「先輩!」
「ああ…山下か」
「大変です!先輩の奥さんと娘さんの…死体の画像が社内に送られてきて…それで警察に連絡するって!…」
「そんな…なんで…なんで……」
「先輩は今どこにいますか?」
「自宅だ…」
”早く自宅から出てください!”と後輩に急かされるままに言われ河野は電話を切り、急いで血まみれの服を着替えて裏窓から外に出る。
近隣住宅の裏道を通り抜け歩道に飛び出し、早歩きで自宅から穏便に離れる。
まだ警察は来る気配は無いが念には念を意識し、心は焦っているが冷静に逃亡する。
再度山下からの連絡きた。
「あ!先輩!今どこですか?自宅から出ましたか?」
「ああ、もう出てる」
「良かったぁ。今すぐどこかで会えますか?」
こんな緊急時に犯罪者の自分に会おうとする山下の考えが河野には理解できなかった。
「俺は追われてるんだぞ!何考えてんだ?!」
「どこか人気の無い場所で会いましょう」
「山下。悪いが、もう俺に関わるな。連絡ありがとな」
”えっ、せん…”と途中で切電し、河野は考え直した。
このままではどちらにしろ警察の監視システムからは逃れられない。
まともに生活することさえ困難に極まりない。
河野は自首を考えた。
死刑もしくは無期懲役なのは覚悟だ。
罪悪感に押し殺されながら表社会に生き続ける方が逆に地獄なのではないかと。
スマホで滅多に行かない交番を検索し向かおうとすると、また突然何か思い出したかの様に動きが止まる。
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