5話
錆びれた街並みの足立区。
古いアパートがたくさん並んでいる低所得者地域に河野諭は足を踏み入れる。
ここの物件のほとんどは入居審査が低く、ヤクザ・多重債務者・生活保護受給者・元犯罪者・毒親避難者など生活困難者が多い地域である。
人種は獣人が多く、他の亜人は疎らに属している。
またこの地域でまともな格好をしている者がいたら逆に悪印象に思われ目を付けられる危険性があるため、河野は 一度帰宅し古着屋で買った安物のジーパンとシャツに着替え、貧相な服装で街中を歩く。
この地域に元仕事仲間フェリクスが在住している。
依頼料として引き換えの薬物はSNSを通じて、図書館で密売人から購入した。
警察の立ち入りが全く無く、薬物の取引をするには絶好の場所であり案外簡単に手に入る。
そんな依頼料をボロボロのリュックの中に大切に保管し彼のところへ向かう。
8階建ての薄暗いアパートに着いた。
矢野マンションの603号室に彼は住んでいる。
何処からか犬の軽く吠える声が聞こえる中、棟内に入る。
古びた外見によらず比較的新しく綺麗なエレベーターに乗り、6階の603号室のドアに到着した。
インターホンはドアの中心にある古い方かと思いきや、右にカメラ付きインターホンが付いており、少し緊張する気持ちになるもボタンを押し彼を呼ぶ。
スピーカーからガサガサと空気音だけが聞こえ応答しない。
自分の社員IDをカメラに見せると“入れ”と素気ない声が聞こえ、ドアのロックが解除される音が聞こえる。
厳重なセキュリティを施しているのが分かる。
河野はドアを開け中に入る。
入るとドアはすぐにロックされ、ゆっくりと中に進む。
奥からパソコンの電子音が微かに聞こえ、リビングに入ると意外に中は全面が白色で明るい部屋であった。
そこには少し膨よかなエルフ族の男がキッチンでお茶を入れており、こちらを見る。
「おう。久しぶりだな。元気…してたか?」
「久しぶり。あぁ…まあ何とかやってるよ。うん」
「何とかってなんだよ。まあいい。そこに座っていいぞ」
“あぁ、ありがとう”と気まずくも返事をしてテーブルのある椅子にゆっくり腰を掛ける。
フェリクスはお茶を河野に渡し、椅子に座り今回の件について話す。
「あの会社に自分の奥さんの写真が何者かに送り付けられて困っているらしいな」
「ああ。その件について一度仲村PMに相談して、探偵に依頼したが全くだ。1枚目の送信先しか確認してもらえなかった。後は警察か弁護士に相談しろと言われて20万払わされたよ」
フェリクスはそれを聞いて軽く笑うが河野は“笑い事じゃないよ”と落ち込みながら言う。
「探偵はあくまでも合法的な捜査しかできない。それも警察よりも浅い範囲までだ。マンガみたいに上手くはイカナイ。だが俺みたいなハッカーであれば隅々まで調べ上げられる」
フェリクスは少し間を空けて話す。
「チョコは持ってきたか?」
河野はリュックの中から薬物3個を取り出し見せる。
フェリクスはこちらに渡すように手を差し伸べるが河野は拒否する。
「まだダメだ。結果を出してから渡したい」
「は?そっちから頼んできたんだろ。ナメてんのか?」
「ああ。確かに僕から頼んだ。悪い。だが1つだけ約束してほしい事がある。調査する前にキメない事だ。しっかり結果を出して欲しいんだ。今の家族関係を壊したくない。約束を守ってくれたら更に2個プラスする。頼む…」
河野はフェリクスに調査する前に薬物を摂取しない事を強く懇願する。
フェリクスは頭を悩ませながらも少しの良心を抱き承諾する。
「…わかった。本当じゃなかったら…わかってるな?」
「ああ。ガチのマジだ。ウソは無い」
一瞬、険悪な空気になったがお互い和解し本題に入る。
「事の発端はネカフェから送信されたメールだ。会社に届いた受信メールの時間は今週8/29(月)の午前8時03分。この時間以前の店内の監視カメラの録画をチェックしてほしい。それと送信した部屋のPCの特定だ」
「ネカフェのセキュリティは低いから簡単だな。やるのはこの2点だけか?」
「いやまだある。妻が男と歩いている写真を撮った場所だ。写真の中にある位置情報を元にその周囲の公共の監視カメラから撮影者を特定してほしい。最後はその一緒にいる男の特定だ。妻から最近聞いた同じ職場のバイトの男“ダイモンユキヒト”の身元を調べてほしい」
「全部で4点か。まあ3点は大した事ないが残り1点の公共の監視カメラのチェックは警察の監視下にある。当然セキュリティは厳しいが…まあできない事は無い。明日中には全て調べ上げられる」
「悪い。本当助かるよ。明日の結果、楽しみしてる」
フェリクスは”ああ、まかせとけ”と落ち着いた物腰で言い、調査を開始する。
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今日は土曜日。
妻は飲食業のため平日と変わらず出勤し、河野は1日中、娘の世話係になる。
今、彼は娘と一緒に自分の実家にお邪魔している。
フェリクスの結果が出たら自分の両親に娘を一時的に預け、再度あの錆びた街に出向かわなければイケナイからだ。
河野母は娘との”おママごと”に付き合い、河野父はゆっくりTVを見ている。
河野は自分の父と何気ない会話をする。
「まだ共働きしてるのか?」
「うん。流石に1人の収入ではキツイよ。これからどんどん保険料も上がっていくし。それにいつボーナスが貰えなくなるか分からないし」
父は息子夫婦の将来を心配して問いかける。
「昇級はしないのか?」
「考えてるけど家族と関わる時間が減るから…ちょっと考え中だね」
「そうか。まあお前たちの好きなようしたら良いが子供の将来を考えた上で生活するんだぞ」
「ああ。わかってるって」
父とのダラダラとした会話が平行線上に続いて行く。
そんな中、待ちに待ったフェリクスから”調査完了”という内容のLINEが着た。
河野は”今向かう”と返信し娘を実家に預け、フェリクスの元へ向かう。