1話
午前0時を過ぎる頃、静かな事務所内で天井のシーリングファンの音が静かに鳴り響く。
「フゥー...」
青色のiQOSを一服する女は、PCで今月のスケジュールをチェックする。
(今月もクセ者ぞろいな客ばかりだな...)
心の中で愚痴を漏らすも、特殊な案件を引き受けるのが、彼女が開業した仕事の役割である。
この”リーヴァル調査会社”は半グレ等のアウトローな連中から、不法移民、社会不適合者、一般人まで、他では相談できない悩みを引き受ける”闇の相談屋”である。
他社員は数名おり、彼らも特殊な事情で働いている者たちである。その代表がこの女、二瀬 加惟莉である。
数少ない女性の中卒魔術師の1人であり、東洋魔術師1級取得、他の西洋魔術等は2~3級とまばらに資格を持っている。だが彼女からして見れば資格はタダの肩書きであり、本質は中身を重要視している。
中身が腐っていれば、そこまで。
それ以上の救いは何も無いのである。
そう。
ここに相談しに来る者は中身が歪んでいれば見限られた最低限の協力を、整っていれば最善を尽くす。相談者の質でどの程度の協力を施すか判断するのである。
彼女の目的はこの世の「善悪の判断」を正すこと。
今の時代、悪人が良い思いし、善人が悪い思いをする矛盾が生じている。
この狂った世の中を問い正すため、特殊な相談屋をあえて一般の調査会社として設立したのである。
その彼女は今、虚ろな目でデスクワークをやり終え、小柄な身体を精いっぱい伸ばし、気持ち良さそうにリラックスする。
(紅茶でも飲んで、ゆっくり帰るかぁ)
――――ピンポーン♪――――
突然インターホンが鳴り出す。
営業時間はとっくの間に過ぎており、こんな遅い時間に鳴り出す音に彼女はピクリと反応した。
恐る恐るインターホンに近付く。
「誰だ?」
カメラには眼鏡をかけたインテリ風の獣人男性が1名、寂しそうに映っており、画面越しから異様な雰囲気がムンムンと出ている。
二瀬は正直、今仕事が終わったばかりなので、あまり相手にしたくない。
それに言うまでもなく営業時間外だ。過去に相手にした悪い客の伝手で逆恨みに来た関係者かも知れない。だが仕事上こういうクセ者を野放しにするワケにもいかず、彼女は丁寧に声をかけた。
「はい。どちら様でしょうか?」
「突然夜遅くに申し訳ございません。今すぐ依頼したい相談があります。どうかお願いします!」
その獣人は真面目な言葉遣いで依頼を懇願する。
「大金を払えば、どんな依頼も特別に引き受けてくれると聞いて来ました。たとえ違法な事でさえも…。有金なら全て持ってきています。お願いします…助けてください……」
彼女はそれを聞いて、顔を俯かせ眉間にシワを寄せて数秒間、静まり返る。
悩んだ末、彼女は次は深く溜め息を付き、全くの別人かと思ってしまう程の口調で彼に問い掛ける。
「後悔しないか?」
「はい。覚悟は出来ています」
「わかった。入れ。」
特別、男性獣人を営業時間外の事務所内に密かに招き入れた。
獣人を事務所内に入れると彼女は気さくな雰囲気で特別応接室へ誘導する。
「こっちの部屋だ。そこの椅子に座って」
「わかりました」
「ちなみに飲み物はホットコーヒーかお茶、それか…ジンジャーエールとかあるけど何が良い?」
「あぁ…コーヒーでお願いします」
「わかった。じゃあ、ちょっと待ってて」
「はい。」
獣人は手前の椅子に座り、テーブルの下で軽く両手を組みながら、彼女が来るまで待ちぼうける。
彼女は給湯室で瞬間湯沸かし器をセットし、獣人の分のカップにインスタントコーヒーの粉を優しく適量を入れ、下準備が整った。
その間に自ら引き受けた緊急の案件を無線で現場にいる皆に冷静に伝える。
「お疲れ様。みんな忙しい中、悪いがこっちで急遽、特殊な依頼が入った。このあと事務所を空ける事になる。用件が終わり次第、再度連絡する。では引き続き現場での調査を頼む。」
社員たち3名がその連絡に対して、''了解"と疎らに返事をする中に1人だけ反論してきた男性社員がいる。
「こんな真夜中に受け入れるって、いつもなら営業時間内に受け付けるのにどんだけヤバイ奴なんですか?」
「あとで連絡すると言っただろ」
「はいはい。わかりました」
その男性社員は棒読みの返事をして、気配を消すかの様に声が途絶えた。
彼女は先ほどデスクに置いた青色のiQOSを左手にもち、給湯室に戻り瞬間湯沸かし器のお湯が沸くまでキッチンの換気扇の下で気が抜けたかの様な仕草でiQOSを吸う。
獣人は待機してる間にスマホの画面を開き、LINEで職場の後輩とメッセージのやり取りを行っている。
少し焦り気味な物腰で文字を打ち込んでいるとその時、彼女は神出鬼没のようにコーヒーを持ってきた。
「悪い。待たせた。」
獣人はピクリと身体を浮かせ、誰にも見られたく無い内容なのか隠す様にスマホをポケットにしまう。
獣人の向かいの席に彼女は座り脚を組み、落ち着きつつも真剣な眼差しを向け、自己紹介をする。
「申し遅れて済まない。私はこの会社の代表、二瀬 加惟莉と申します。宜しくお願い致します」
「あ、わ、私は河野 諭と申します。宜しくお願い致します」
「大抵なら名刺を渡すのが常識だが、特殊な依頼なので、極力、情報は残さないようにしている。悪いがそこは察して欲しい」
「はぁ…わかりました」
「では早速なのだが依頼内容を教えて頂きたい」
その問いに獣人は言いづらそうに数秒、間を開け、そしてゆっくりと口を開く。
「実は…殺して欲しい人がいます……」
「ふーん。で、その人はどんな人なの?そして、なぜ殺したい?」
彼女は今回の問題をすでに見透かしているかのような態度で、なおかつ内心、茶化すかのように質問をする。
獣人は辿々しく答える。
「それは…ちょっと、、あの、、なんて言ったら良いのか…その、分からないです。。。と、とにかくその人を、、ソイツを殺して欲しいのです……」
獣人は具体的な理由を述べず、只々、個人的に嫌いな相手を殺して欲しいという単調な返事しかしない。
「何をそんなに隠す必要がある?ハッキリ言うが、具体性のある情報が無ければ、こちらも動きようが無い」
「………」
「私たちは違法行為前提で特殊な依頼を引き受けている。この件は絶対に誰にも口外しない。本当だ」
獣人は彼女の優し気な口調で緊張と恐怖が少し解けたのか肩を下ろし、ゆっくりと口を開ける………