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生贄の騎士と奪胎の巫女  作者: ゆめみ
第一章 東の島
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8 魔族の正体



 大陸の西には妖怪が住み、東の島には魔族が住む。それが大陸に住む者たちの、漠然とした認識だ。妖怪は人々とは違う外見をしており、黒目黒髪の魔族は強大な魔力で人々を蹂躙する。そういう話を子供の頃から聞かされて育つのだ。


 だからといって、見かけたらすぐに攻撃するのでもない。忌避してできるだけ関わらないが没交渉でもない。特に商人は、それぞれの島でしか取れないものをやり取りする。だが見下し足元を見、大陸側が有利になるように取引するのだ。


 その上、相手が事を荒立てないのをいいことに、騙して金を巻き上げたり偽物を掴ませたりもする。蹂躙されるのを恐れて忌避していたはずなのにおかしなことだが、それ程に東の島の住人は荒事を嫌うのだ。利に聡い商人は噂に惑わされず、代々そうして甘い汁を吸ってきた。


 ところがいつからか、黒髪の人々は契約書を持ち出すようになった。そして温厚で事なかれ主義の彼らも、契約書に違反した事柄については容赦しない。それまでとは打って変わって、何かに許可を得たかのように魔力で相手を叩きのめす。命を奪うこともある。


 突如豹変したかに見えた黒髪の人々の様子に、初めは戦々恐々としていた商人たちも、そこに一つの秩序を見出だし順応していった。曰く、魔族との契約は慎重に、破れば命を取られるぞ、と。





 アスターも幼い頃には人並み以上に島の人々を怖がっていた。親に、約束を破ると魔族に喰われるぞ、などと言われれば、数日は夜の闇に怯えたりもした。恥ずかしいことに、怖れは成人間際まであったように思う。騎士団に入り、更なる剣技を身につけてからは、アスターは不思議とあらゆる怖れを感じなくなった。


 そして転移の日。随分前のことに感じるが昨夜未明のことだ。突然のことに驚きはしたが、怖れはなかった。神とおぼしき存在の顕現についても、畏れはしても、怖れはしなかった。


 シオンや神主の存在も、薄暗い中でも黒髪であることは分かったが、暴力的に扱われるでもなく、適切且つ丁寧な扱いを受けた訳で、伝来の通りに怖れてやる余地を感じなかった。翌朝対面した際も、見慣れないが上質な衣服を纏い、端然とした振る舞いに格上の風格が見え、畏敬すら感じたのだ。


 さすがに契約書を出された時にはややうろたえたが、礼儀正しく理知的で、見目も良い少年(とあの時は思っていたシオン)を、従者として下げ渡されると聞いて、契約を破るような真似をしようとも思わなかったので問題はなかった。


 むしろ正妻ではなく側女としての契約だったのは、神主の、アスターに対しての配慮を感じた。逆に、今はシオン以外の妻を娶とろうとは考えていないので、その点が契約違反には……ならないだろう。上方修正は許容のはずだ。


 町の人々も、アスターに対して恭しすぎて、いささか居た堪れない思いはしたが、こちらがそんな相手を蔑んだりするはずもない。つまりアスターはこの島の、ヤマト国の人々が魔族であろうがなかろうが気にしていなかったのだった。





「大陸の西には妖怪が住み、東の島には魔族が住む、というのは聞いたことがあります。」


「まさにここにその二種類が揃っている訳じゃが……お主は何とも思わんのか?」


「何も……いいえ。あ、黒目黒髪だ、あ、西の島の民だ、とは思いました。」


「それだけか?」


「それだけです。」


「そうか。……よかったな、シオン。お前、魔法を使うところを、わざとアスターに見せないようにしていたんだろ?」


「……うん。」


「男でも女でもシオンはシオンだし、魔族でも魔族じゃなくてもシオンは俺の可愛い妻だ。」


「うん……ん?男でも?――それはちょっと違うような気がしますけれど。」


「まあ魔族と呼ばれる存在だと知ってて結婚したんじゃから、バレて捨てられることもないじゃろ?よかったじゃないか。」


「うん……そうだね。」


「そもそも魔族は……魔力が多くて魔法が得意な種族というだけの意味だったんじゃがの。いつからか、魔物や魔獣とかいう存在が現れ始めおってな。それと混同して魔族も悪しき魔の者、悪魔として扱われるようになってしまったんじゃ。」


「そうだったのか……。」


「言い出せなかったのですが……。サイーデの悪魔召喚の呪文自体は出鱈目でしたけど、私たちが悪魔と呼ばれていることとアスター様の召喚と、何かしら関係があるともないとも言えなくないのかもしれません……。」


 口ごもるあまり、よく判らない言い回しをし出したシオンを抱きしめてアスターは言った。


「シオン……。何にしても君のせいじゃないし、むしろシオンに会えたのだから、召喚されてよかったとさえ思っている。本当だよ。君と結婚できて、俺は災いを呼ぶ者から幸せな者に生まれ変われた気がするんだ。」


「アスター様……。ありがとうございます。」


「ゔうん!うん!――やはりなじみの者のラブシーンは見たくないものだの。ともかく、結婚に際しても、わしとの交友に際しても、アスターに種族的な問題は無いということじゃな。ちなみにわしは西の島の中でもエルフと呼ばれる種族じゃ。森の民とか耳長とも言われる。病気や傷害や菌環を引き起こしたりしないが、尖った耳が悪魔と関係が無いとは言えなくもないかもしれぬ。」


「カイ殿。俺は悪魔の耳でも気にしません。」


 照れたような顔で、賢者は続けた。


「……なんじゃ、わしに抱擁はなしか。――――さて、では!さっきのドアを固定で森の家と繋いでもらおうか。今物置を一つ開けるゆえ待っておれ。」


「秘匿じゃなかったのですか、賢者様?」


「四人以外には、秘匿じゃ。つまりわしは使い放題じゃ。」


「そうですか。では、一応本人以外が開けても繋がらないように設定してみますね。」






 そうして繋いだドアが、シオンとカイロンには繋げられて、アスターには普通にしか開けられないことを確認の後、玄関から出てしっかり戸締まりをした。


「お主らがここに入った切り出てこないのでは怪しまれるからの。徒歩で森の家まで行くぞ。」


 先程シオンがカイの髪をアスターと同じように三つ編みにした為、カイの耳が目立ちにくくなっている。


「こうして見ると、同じ髪型で似てない親子みたいですね。三人で手を繋ぎますか?」


「何だと?その場合父親は俺だ!――――いや、違うアスター!年齢的には、の話だ。柄を握るな!シオン宥めろ!……そうだ、アスター!お主が髪を切れ!髻を結う訳でも無いんじゃから短髪でよいじゃろう。」


「髻、ですか?」


「そうじゃ、神主は結ってはおらんかったか?」


「ああ、深夜には確か。」


「古来の日本では絶対人に見せませんけどね。ここヤマトでの古来は、みんな冠なしの髷で出歩いていたそうですね。それを大陸の人が角だとか言っていたそうで……今は神職くらいしか結わないかな。お歯黒も悪魔と呼ばれるので、随分前からもう誰も塗ってませんね。」


「成程……。歯が黒いというのも聞いたことがあったが塗っていたのか……。ああ、髪か。ではシオンが今晩切ってくれ。」


「明日の昼にしましょう。明るい外で切った方が失敗がなさそうです。」


「よし。これでもう親子とは言わせないぞ。」





 話しながらも速足で歩いていたので、三人はそろそろ港町を出るところだった。神社の周りも木々が多いが、行き先の森はまさに鬱蒼としていた。


「記録を取る為の紙を作る木を、賢者様の緑の魔法で育てて頂いておりますので、外国人でも島の中心部に家を持っておられます。」


  確かに賢者は港町以外にも家を持っているのだろうが、島の中心といっても首都の中心ではなく、どうやら森のど真ん中あるようだ。一つの町くらいの大きさがありそうな森だった。


 やっとの事で辿り着いた小屋の中は、先程見た本の山が広がっていた。港町の家と繋いだ戸は、こちらからでもちゃんと繋がるようだ。



「次に会いに来る時には、港町じゃなくてこっちに来なくてはいけないのですか?うちの戸とも繋いではいけませんか?」


「駄目に決まっている!」



 その賢者の意見にはアスターも賛成だった。賢者から許可が下りなかったので歩いて帰ることになったのだが、新居よりは近い神社の居住区画、つまりシオンの実家に行くことにした。決して疲れたからではなく、加護の力のことを神主に相談する為だと、また妙な言い回しでシオンは言った。


 だが、アスターはシオンが歩き疲れたことに安堵した。アスターの常識では考えられないくらいに速く歩く妻が、初夜翌日に長距離歩いても全く疲れていないというのも悲しかったからだ。しかしこの時のアスターはまだ知らない。シオンが誰にも内緒で疲労回復目的の治癒魔法を、自分に使っていることを……。








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こちらもお時間がありましたらよろしくお願いします。



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