7 加護の魔法とドコでも出られるドア
町外れの小屋の主、呼び名はカイに、アスターがこの国に現れた顛末を話すと、目を輝かして色々質問してきた。その都度アスターやシオンが説明する。
「なるほど……非常に興味深い。――――時に青年、君は非常に体格が良いが、それは国では普通のことかの?大陸の人間は往々にしてこの島の者より大柄じゃが、それにしても君は大きすぎやしないかの?」
「国でも俺は人より大きかったです。成人した頃からまた身長が伸びて、騎士団の中では一番背が高かったです。」
十六で成人するまでは、アスターは背が高めではあったが普通の体格だった。騎士学校での鍛練と食生活のために大きく成長したと考えていたが、何か別の理由があるのだろうか。
「高身長はいいことですよ。当社比では、175cmから5cm刻みで、イケメン度は一割ずつ増えます。それにアスター様の見た目は、髪も肌も緑じゃないし第一形態ですから、太らなければ全然OKです。四割増しで100%越えですよ。あ、カイはその髪、三つ編みにした方がいいかもしれません。」
シオンが巻くし立てるようにカイにいい募る。ニホンの用語がよくわからないが、シオンは背が高いのは好きだが太るのは駄目だということのようだ。やはり明日からは鍛練を再開しよう。
「お前もその癖の強い髪、編み込んだらどうだ?俺が文旦の花でも飾ってやるぞ、楽天家め!あー……うん。夫婦が、仲睦まじいのは良いことじゃがな。わしが知る大陸の者は、それ程体格は良くなかった。転移は時間を越える可能性があるからして、アスターは未来から来た可能性もあるということじゃ。」
三つ編みはダメなのだろうか。そういえば意味もなく髪を伸ばし始めたのも成人のころからだった。――それにしても、未来。それが本当なら、今通常の方法、陸路と海路とで戻ると、国には祖先が住んでいるかもしれないということか……。
「なるほど……可能性ですね。同様にサイーデが別の時代から来た可能性もあるということですね。それにアスター様が大柄なのは別の理由があるからかもしれない。結局確かなことは何もないということです。未来とは限りません。」
シオンはアスターの手に触れながら、先程とは打って変わって静かに言った。
「まあ、そうじゃな。」
「ところで賢者様。私は神より何か加護の力を得たらしいのですが、それが何だか分かりますか?」
「ふむ。」
最初の、子供の様なやり取りとは打って変わって、ここまでの二人のやり取りは、まるでふざけて賢者と淑女ごっこをしているようでもあった。ところが加護の話になった途端、カイの纏う空気が変わった。
「うむ……。何か……系統外の魔法を授かったようじゃな。――――青年、アスターよ。そなたの国にはどんな魔法があった?」
「火水風土の力。それから鳥神であられる主神のしもべたる木の力です。」
「ふむ。」
「系統でいえば他にも、癒しの光と呪いの闇などがありますよね。」
シオンが付け足した。癒し……はまだ分かるが、呪いの闇とは……。魔術の分野だろうか。我が国にはない系統だった。
「ふむ。……シオンはそれらの外の力、宇宙に準ずる力を授かっているように思う。」
「宇宙?それは……この世界の星座が日本と同じことにも関係がありますか?」
「さて。――――世界を造りたもうた神々の思し召しは分かり様もない。……「宇」は三次元空間、「宙」は過去・現在・未来のを意味するというが。……シオン、四次元目は時間とは限らぬ。」
「――――あ!○○○ポケットですね?……つまり空間?異空間ですか?」
「――恐らくは。」
賢者と淑女はアスターの理解を越えた話を始めた。またもや疎外感を感じたアスターはつい口をはさんだ。
「カイ殿にも、ニホンの記憶があるんですか?」
「いや、すまぬ。お主にはちと難しい話じゃったかな。わしは転生者ではなく、趣味でニホンの研究をしておる。それと同時に西の島の民じゃからの。魔法の……色、みたいなものが視えるのじゃ。」
東と西の島の住人は、大陸の民とは異なる外見をしているため、あまり好意的に思われていない。アスターは今まで遭遇することがなかったので何とも思っていなかったが、大陸の貴族が言うような格下の存在ではなく、極めて優れているのではないかと感じ始めていた。
「異空間に繋げるということは、例えば……」
シオンは立ち上がり、書物の山を掻き分けて戸を横に引いた。すると中にはまた膨大な紙束の山があった。一度それを閉めて、戸に手を当てて目を閉じる。そしてもう一度戸を引いた時には中に紙束はなく、別の本の山があった。
「素晴らしい!シオン、素晴らしいぞ!これでもう片付けなくて済む!」
興奮するカイとは逆に、神妙な顔でシオンは問うた。
「……これ、賢者様に真似できます?」
「できないな……。お前と同じで大抵のことは想像できれば複合魔法でなんとかなるが、これはまさに次元が違う。」
「……秘匿案件でしょうか?」
カイは賢者に戻り、渋い顔で真面目に答えた。
「ここにいるもの……と神主には伝えた方がよい。神与の力じゃからな。それ以外には内密に。戦にでも使われたら厄介じゃ。――――アスターも良いな?お主の妻の安全と世界の秩序のためじゃ。」
「分かりました。」
色々難解ではあるが、シオンの新しい力を秘密にしなければならないことは分かった。それと同時にまた疑問が生じる。
「あの……シオンはそれ以外の魔法も使えるのか?」
大陸では誰もが魔法を使える訳ではない。尋ねたアスターに、シオンが目を泳がせながら答える。
「えっ?……も、もちろん使えますよ。そういえば目の前で使ったことはなかったですね。曼荼羅を消したのも、洗濯も魔法を使っていますよ。」
シオンの動揺を横目で見ながら、カイがアスターに問う。
「西の島と同様に、この島の住人は総じて皆魔力が多い。お主とてこの島の者が何と呼ばれておるか、知らぬ訳ではないのじゃろう?」
アスターは知っていた。黒目黒髪のこの島の民が、大陸の人々から魔族との扱いを受けていることを。




