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生贄の騎士と奪胎の巫女  作者: ゆめみ
第一章 東の島
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5 生まれ直した世界を探る



 翌朝、初々しくもよそよそしい、ぎこちないおままごとのような朝餉の時。アスターは口を開いた。



「あー……昨夜はよき時間を過ごさせてもらった。生まれ直したように爽快な気分だ。」


「私も夢のような時間を過ごしたせいか、幸せに満ち溢れています。」


「……前世の夫に劣っていなかったようで何よりだ。」


 少し拗ねたような顔でアスターは言った。


「ふふ。妬いてくださるのですか。初めては痛いものだと思っていましたが……あんなの初めてでした。」


 暗に自分の方が上だと言われ、気を良くしたアスターは正直に言った。


「こちらも慣れていた訳ではない。今まではむしろ……色々上手く行かないことが多かったのだ。――――辛くないならばまた今晩もお願いしたい。」


 あまり動じない新妻が頬を赤くして恥じらいながら答えた。


「まあ。……承知しました。」





 それにしてもこれほど愛らしい女性を、どうして男だと勘違いしていたのだろう。初めて見る民族衣装で、服装から男女の別は付け難かったが、足首を出しているのには驚いたのだ。夜着以外は体のラインが分かりにくい、というのもある。でも第一はシオンの話し方だろう。落ち着いたやや低めの声で、丁寧だが冷たくない喋り方だ。


 今までアスターの周りにはいないタイプだった。キンキン罵り合うでもなく、媚びを売るでもない。探るような目をする訳でも、道化のように振る舞うわけでもない。自らの婚姻さえ淡々と理性的に捉えていた。短い間ではあったが、既にアスターも性別に関わらず人として好ましく感じていたのだ。


 前世の記憶、というのはまだ理解が難しいが、夫がいたということに胸が痛んだ。直前まで男だと思っていた相手に何を、という感じだが、大切にする存在としては既に心にあったのだ。その為もあってか行為に熱が入り過ぎてしまったが、前世の夫に勝てたのであればまあよかった。そいつより大切にすると心に誓おう。



「今日からは夫婦として、もっと互いを知り合いたいと思うがどうだろうか?」


「はい。もったいなきお言葉でございます。」


「あー……夫婦はもっと馴れ馴れしく話してはダメなのか?」


「そうですね……。古きよき夫婦は、嫁しては夫に従い、三歩下がって……なんて話もありましたけど、私には現代人の記憶がありますので、友達みたいな夫婦が最もしっくりくるようです。」


「ならばそうしよう。」


「はい。」



 日本式の食事はアスターの口に合った。メイドも下働きもいない以上、これらはシオンが早起きして作ってくれたのだろう。体も辛かっただろうに、頭が下がる思いだ。祖国とは何もかも常識が違う。だが家の狭さも含め、今のところアスターの性に合っていた。――愛する女以外の者が同居していたら堪えられないとは思うが。



「ところで……現在我が家の食い扶持は、どこから出てるのだろうか?」


 ここに定住するのであれば、まず収入を得なければならない。ましてや養うべき妻があるのだ。……結婚をこれほど前向きに考えられるなど、今までのアスターならばありえないことだった。


「アスター様は神様よりお世話を任されておりますので、国家予算から支出されています。」


「それは後ろめたいな。何か仕事はないだろうか。」


「そうですね……。まずは首都の主要箇所を見て周り、この国の仕組みを把握して頂きたいと思います。」


 確かに。常識が違う国なのだ。まずは理解を深めねばならない。


「そうだな。了解した。」



 シオンが出かける前に洗濯をするという。やはり洗濯もシオンがするのか……。手伝いを申し出たが、すぐ終わるからと剣の手入れを勧められたのだ。この国でも帯剣は許される。ニホンでは駄目だそうだ。彼の国では、法であらゆることが事細かに決められているそうだ。そのせいもあってか、神主もシオンも、この国の人は決まりや契約にこだわるようだ。


 転移時に着ていた騎士服は洗濯され、今は神主から譲り受けた普段着のスイカンとやらを着ている。もちろんズボンの裾は伸ばしてあるが短い。シオンも同様の服を着て、更に濡れるからと膝まで裾を捲りあげている。家の裏に我が家専用の水場があるからまだいいが、あの足は他人には見せたくない。気もそぞろではあるが、互いに手を動かしながら国についての話を聞く。




 ここは国とは言っても、島自体がさほど大きくはない上に、大半が森だ。首都は王がいないから王都でもないし、城もないから城下町でもない。都と言っても規模はせいぜい町。町が何個か合わさって出来たのがこの国だそうだ。そして、国の政治に神社の役割、今朝聞いた国家事業と神職の仕事。シオンは成人の記憶のある、貴重な転生者ということだ。アスターの妻として、洗濯などさせていていいのだろうか……。



「話をまとめると、この国は王がなく合議制。ニホン文化を保存する神社を守るべく、整えられている場所が首都。そして議長と神主が首都を統括している、と言ったところか?」


 いつの間にか洗濯を終わらせていたシオンに、内容の確認をする。しかしあの量をもう?早過ぎないか??


「うーん。議長は議会のまとめ役で、神主は国の文化のまとめ役、首都を統括するのは都知事。他の町はそれぞれ町長が統括しています。都は他よりは規模が大きいですが、首長の立場は同等。議長は首長の上ですが、治める土地はありません。でもまあ国の代表として他国に赴くのは議長でしょうね。……どこにも招かれませんけどね。」


「ではシオンの立場は姫という訳ではないのだな?議長の娘が姫か?」


「うーん……他国に当てはめればそうかもしれませんが、そもそも議長は世襲ではありませんしね。」


「神主は?」


「基本的には世襲じゃありません。前世で成人した記憶を持つものが優先的に神職に就き、その中から選びます。いなければ未成年の記憶持ちが就きます。年代的に該当者がいなければ、記憶持ちの家族が就きます。理由は、神職は文献の書き記し作業のため社の側に住み、神主は家族もそこに一緒に住むことになるからです。そして神様のいたずらなのか、本来転生に血筋は関係ないはずなのに、うちの家系は前世持ちが出やすいのです。結果、世襲みたいになってしまっています。」


「やはりシオンが姫か……」


「姫にこだわりますね?神主の娘は便宜上巫女ですが、娘でなくても前世持ちなら巫女になれます。書き記し作業のためにね。言ってみれば神社兼資料館。神職は司書ですね。ああ、修復だけでなく新規の書き記しもするから学芸員かな?」


「こだわるというか……。俺は自国でも……大した地位の騎士ではなかった。それなのに高貴な巫女姫を妻に頂いていいのだろうか。」


「……それは契約書にサインする前に考えるべきことだったのでは?」


「そ、そうだな……」


「もう貰っちゃったのですから返品不可ですよ。それにこの国では日本の色が名付けに使われていて、中でも紫はとても高貴な色です。私の名前も紫ですが、これは神主の子供と神職にしか付けられません。神職につく時に希望があれば紫色に改名出来ます。……まあ最近では、親に付けられた名前のままの神職が多いですけどね。だからアスター様は存在そのものが貴いと見なされているのです。それに、神が世話を申し付ける程の存在ですから、高貴という点では釣り合っています。」


「そうなのか……。俺は、その、自国では女難の気があって、嫡男ではあったが身分はそれ程高くなかったのに、王女に言い寄られて大変だったんだ。しかし身分差のおかげで押し切られずに済んでいた。だが、ここでは逆の懸念になるからな。」


「それは……お疲れ様でした。でも大丈夫です。正真正銘、誰憚ることなく、私たちは夫婦になれます。」


「それはよかった。安心した。」




 

 洗濯が終ったので、町に出たアスターとシオンはあちこちを見て回った。アスターはその大きい体と無表情で、自国では、何故か言い寄ってくる女たち以外からは、恐れられていた。だが、シオンは平気なようだ。我ながら、出会って二日目とは信じられない程の仲睦まじさである。もちろん、シオンのズボンの裾は伸ばさせている。湯屋で掃除する格好とやらでは外出禁止に決まっている。







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こちらもお時間がありましたらよろしくお願いします。



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