ⅩL 神々の宴
月も照らない朔の夜、草木も眠る丑三つ時。強盗を働いて根城へ帰る破落戸たち。
下っ端の一人が、闇の中でキラリと光る何かに気が付いた。
「あ、アニキ〜」
下っ端が呼びかけるが破落戸たちは耳を貸さない。その刹那、光が風斬り音と共に周囲を舞い、兄貴分たちが倒れていった。
「イカロス、五匹だ。」
男の声が響くと、羽の生えた獣が飛ぶのが見える。落としたランプが枯れ葉に燃え移っているのだ。獣は袋に蛇のようなものを入れている。明らかに小さい袋に、どんどん蛇が入っていく。
辺りがまた暗くなるのを感じ、下っ端は火の方へ目を向ける。
燃え盛る炎に手をかざして、小さくしていくのは紫のマントを纏った犬だった。破落戸イチ大柄の者よりまだ大きい。真っ直ぐ立って火にかざす手も、槍のような物を握る手も人のようだ。火が完全に消える前、こちらを向いた顔は、耳の尖った砂色の犬だった。
再び辺りが闇に戻ると、下っ端の男は呆然とした驚きから一転、震え上がった。次は自分だと尻で後退る。一歩一歩草を踏みしめ近付いて来る影に震えが止まらない。
大きな犬の悪魔が自分にかがみ込んでくる。薄っすらとした星の明かりでは表情は分からないが、唸る様子はない。肩に温かい大きな手が置かれる。
「驚かせて悪かったな。だがああいう奴らと一緒にいては駄目だ。手を切って真面目に働け。今なら咎められない、離れるんだ。冒険者ギルドに行って話を聞いてくれる人間を探せ。登録して薬草摘みでもなんでも始めるんだ。」
悪魔に悪事を咎められ、更生の道を勧められた男は、首をガクガク上下に振るわせて頷いた。
「登録したかどうかは分かるからな。逃げずに今日このまま行け。一日中開いている。挨拶はお早うございますだ。」
「……グシオン、そろそろ。」
地に響くような低い声に呼ばれたグシオンとやらは、ポンと下っ端の男の肩を叩き、星明りの空に飛んで行った。
* * * * *
少女は目を覚まし周りを見た。自分は床に寝かされているようだ。背中は痛くない。毛布もかけられている。しかし少女は先程まで家にいたはずだった。気を失う前は何を……。
「目が覚めた?痛い所はないかしら?」
頭の上の方で声がする。少女は起き上がり振り向くと仰け反った。黒猫の仮面がそこにいたからだ。だが、緩く三つ編みをした黒髪に紫色の花びらを散らし、人の手を頬に当てる姿を見ると恐ろしさが薄れた。金色のフワフワしたワンピースを着て、開いた首元に紫のネックレスを重ね付けしている。
「急に呼び出してごめんなさいね。あなたにお願いがあってお呼びしたの。」
「な、何ですか?」
「歌を覚えて欲しくって。中々みんな忙しくて歌なんて教えてもらえないでしょう?だからあなたが覚えて、洗濯しながらや畑を耕しながら、歌って教えて欲しいの。」
「あの、でも、私、吟遊詩人みたいに、沢山覚え、られません。」
「大丈夫、簡単な歌よ。あなたは太陽神様と月の女神様は知っているかしら?」
「……夫婦神様、ですか?」
「そう。女神様は音楽がお好きなの。月の女神様に捧げますって言って歌を歌うと、きっと幸せになれるわ。」
「そんなことで幸せになれるはず……」
「そうね。でもタダだもの。手を動かしても口は暇でしょ?暇潰しくらいしてもいいと思うの。丸い月の歌と、きっと太陽神様も羨ましがるだろうから、月が見える夕方のおひさまの歌。あとは鳥の歌がいいかしら。短い子供向けだから、近所の子でもきっと覚えられるわ。」
「わかりました。……覚えれば、帰れるんですね。」
「ええ。……でも幸せになれるかもしれない歌を教えてあげるには、対価が必要だわ。」
「そんなっ!頼んでないのに勝手に連れてきたくせに!」
「……あなたは言ったわ、わかりましたと。約束は守らなくてはならない。」
黒猫がそういって手招きすると、少女の体が勝手に歩いて近づいていく。
「やっ!やだ!」
少女は必死で抵抗するが、棒立ちになったまま自分の体は一向に動かない。黒猫が手を伸ばすとふわっと甘い匂いがした。かいだことのある匂い。……お乳の匂いだ。そう思っているうちにお腹に手を当てられ、円を描くように撫ぜられた。
「ちはやぶる うづきようかは 吉日よ 神避け虫を 成敗ぞする。
年々の うづきようかは 吉日よ お腹の虫を 成敗ぞする。」
そう呪文を唱えると、ふっと手がお腹に入り、あっという間に蛇を掴んだ。
「うわぁ〜!!」
「もう大丈夫。支払いは終わりました。……イカロス!」
そう言って、蛇を小さい袋に入れる。その袋を、羽の生えた空飛ぶものに渡す。手の平に乗るくらい小さくてフカフカで目がくりくりした獣は、あの蛇が入っていたとは思えない程小さい袋を抱えて、重そうに大変そうに空を飛び、扉の隙間をすり抜けて運んでいった。
「では歌を覚えましょうか。」
黒猫が入れてくれたお茶のいい匂いを感じた時、少女はもうとっくに動けるようになっているのに気が付いた。お茶を差し出す黒猫の左手には、紫の石の指輪が光っていた。
* * * * *
カイロンが読書の手を止めて耳を澄ませると、外から子供が歌うのが聞こえてきた。
「お歌を月の女神様に捧げます。
悪事伝えるサンシ虫 3✕4=12のサンシ虫
母に請われて苦労を伝える 3✕4=12のサンシ虫
猿の兄さん2つに割ると 送れる今日もいい人生。」
「おい、弟子。あの歌の計算はわかるかの?」
「計算……ですか?」
「3×4×88×9×6÷12÷36÷2÷3÷2=11」
「ああ、成程。簡単ですね。」
「では猿の兄さんとはなんじゃ?」
「最近噂で流れる、羽の生えた小さい獣のことです。天使の様に可愛いと近所の女の子が……。」
「違う。その猿の、兄さんを知っておるかと聞いとるのじゃ。」
「猿の兄なのですから猿なのでは?」
「……お主の師匠は大陸人か?お主の姉弟子は?」
「東と西の島の民ですが、どちらも同じ人間でしょう?」
「よろしい。では猿が弟子の一人におってもおかしくはないな。どちらも同じ生物じゃ。」
「成程……。飛ぶ猿の兄も人の可能性があると言うことですね。」
「……あの歌の猿の兄はな、手に槍、羽、蛇、弓、剣、それにシャクジョウという杖を持っており、サンシ虫を体から分けて駆除するのじゃ。」
「!?……手が六本?……いや、手下が三人ということかもしれませんね。」
「うむ……。少しずつ思慮が深まってきたようじゃのう。」
「シャクジョウというのは姉弟子の、シオン姫が持っていた物ですか?」
「ん??そんな物持って来とったかの?」
「銀の、花が付いていて、シャラシャラとなる……」
「カンザシじゃのう。」
「それを魔法で大きくして、ご息女と魔女っ子ごっこを。」
「あいつ……。あー、それは魔法のステッキじゃの。……いや、シャクジョウなのか??」
「ああ……。では兄弟子のリンドウ様のがシャクジョウですね。」
「うむ。ヤマブシスタイルで入国した時には持っておったかの。普段はやつはレイピア剣じゃ。……まあ良い。槍、羽、蛇、弓、剣、杖の六本じゃな。とにかく、悪事も苦労も天には筒抜けで、猿には協力した方が良い人生が送れるという事じゃ。」
「猿の兄さんが天なのですか?」
「猿の兄さんは天の軍師じゃな。部下たちが分離駆除した虫を、解析して世界を平和にするのが……まあ天の一柱じゃ。この世界は多神教じゃからの。……分かったら今の話を外の子供に教えてこい!計算もじゃ。ただしシオンとリンドウの話はなしにせよ。ただの杖でよい。」
「えー!!……分かりました。……でも今日はシオン様ご一家が、生まれたご子息を連れて城に行かれる日ですよね?」
「なんじゃと?それを早く言え!急ぎ登城するぞ!!」
* * * * *
シオンの到着を問い合わせるカイロンのフクロウと、到着予定を伝えるシオンの八咫烏が、王宮に向かう前に一度ルートを逸れて大木を旋回した。挨拶し終えて飛んで行く二羽を、見送るこちらもニ羽。金と銀の夫婦鳥。
『滞在中の神々は良くやってくれていますね。』
『ワーキングホリデーとか言ってたな。』
『彼らの協力があれば残りの半球も運営開始できますかね。』
『移住予定者がもう少し増えないとなぁ。』
『分社の神々にも相談しましょう。』
『人口が増えすぎて輪廻が溢れるとか言っていたしな。』
『持ちつ持たれつですね。』
『情けは人の為ならず、自分の為に施せば、回り回って降り注ぐってね。』
『あなたも歌がお気に入りですね。』
『旨し麗し甘露な酒を、友人たちと飲み明かそう!じゃあ東から行こうか!』
『憂いを掃う玉箒、飲んで飲まれて依存症!では程々にしましょうね!』
大木に止まり、寄り添って囀っていた金と銀のニ羽の鳥たちは、高く昇り始めた太陽に向かって、揃って飛び去っていった。
おしまい
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