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生贄の騎士と奪胎の巫女  作者: ゆめみ
第四章 勇者と悪魔
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37 夜の椿に除虫菊



 久し振りのきらびやかな空間に、アスターは目眩がしそうだった。かつては女性から逃げ、警備に専念していたので尚更だ。当時は自分が騎士の礼服を着て舞踏会に妻と出席するなど考えたくもなかった。


 礼服は昼間に発見した。退団手続きに行ったところ、寮の部屋がそのまま残っていたのだ。




 ぼんやり現実逃避するアスターは、ふとざわめきが止んでいるのに気が付いた。招待客の中では最後に入場したので、ホールには既に人が沢山集まっている。


 招待客は貴族ばかり。彼らの髪の色はスペクタクルで飛ばした魔族たちのように色とりどりだ。一方給仕をする使用人たちは皆、茶色い髪。街に出れば色のあるものを探す方が難しくなる。例外はあってもこれがこの国の魔力の分布だった。




 そしてその全員が食い入るようにこちらを見ていた。


 勇者帰還の日、宮城までの道でシオンを見かけた人はいるかもしれない。謁見の間で全ての経緯を見ていた人もいるだろう。今朝の訓練場でも見かけた者はいるはずだ。


 だが今夜のシオンは特別だった。今朝の様に、少年の如くキリリとした様子ではない。キモノの時の化粧の様に、少女の如きほんのりとした美でもない。


 そこにあるのは倦厭していたはずの魔性の美。他にない黒々としたまつ毛は更に濃く長く、小振りの鼻は不思議とすっと高く通り、ぽってりとしていた唇には赤々とした口紅。幼い顔立ちは鳴りを潜め、ただ小柄で妖艶な女性がそこにいた。


 まとめられた黒髪に銀の髪飾りが添えられている様は清楚だが、幾すじかこぼれた巻毛が首元にかかるのは色気がある。




 言われていた通りにアスターの胸に挿していた赤い椿の花を、シオンの髪に挿す。いつもと同じはずなのに、なぜか違う笑みを浮かべてシオンがアスターに礼を言う。


 今度はシオンが手品のようにポンと手の平に椿を出して、それをアスターの胸に挿した。その赤の色は髪と唇だけでなくドレスにも散らばっている。




 そのドレスはキモノのようだった。


 鎖骨から上、腕も首も背も覆われないベアショルダーというウエストのくびれたドレスには、胸から膨らんだ裾まで螺旋状に、段々大きくなるように椿と花弁が描かれている。


 その上に、夏に着る黒のシャのキモノの上半分で、露わな首から下と腕を隠している。ウエストのリボンを切り替えに、スカート部分にも全面にシャが掛かり、派手な椿の色味が抑えられている。


 露出度の少ないドレスにも関わらず、透けている肌は見る者に罪悪感を覚えさせる。中のドレスだけでも長手袋をすれば、舞踏会の場では見せ過ぎということもない。それなのに透けというのは、男の何かをくすぐる様だ。




 国王一家が現れてシオンを紹介し、アスターとの結婚を発表する。もはや王都の中に知れ渡っている内容に、一同にも入場時程の驚きはなかった。


 王妃は既に亡いので王太子夫婦がダンスを始めると、ジリジリとこちらに貴族たちが近付いて来る。面倒だ。




 救いの様に国王が父と母に引き合わせてきた。流石に今日は本来のパートナーたる夫婦で参加しているようだ。「……ご挨拶が遅れまして」と母の方がシオンに挨拶をする。


 アスターは早くこの場から逃れたいと考えていたが、表情には表れていない自信がある。会話が途切れ次第さっと移動しようとすると、弟タナセタムに引き留められた。




「妻を紹介します。」


「ピレトリーニと申します。勇者様、巫女姫様ご機嫌麗しゅう……」


「……先程陛下が、今日はヤマトの姫としてではなく、クリサンセマム王の姪孫として扱う様に仰られたのを聞いていなかったのか?」


 つい声が尖る。身内に排斥された経験というのは、これ程までに神経をささくれ立たせるものか。正反対の家族を見たせいで、嫌悪感がより際立つようだ。




 この夫婦は、バグ無しにあれやこれやをやっていたのだと知ると、分かりやすく悪辣だった従兄弟よりも余計に腹立たしい。


 何より家や寮にまで女を忍び込ませるなど、家の者の手引きがなくては出来ようはずもない。アスターにとってあれは、息も絶え絶えの日々だった。きっちり跡取り娘を厳選して送り込むとは、それ程アスターを家から出したかったのだろう。


 この弟の妻にも、王女をけしかけてきたという恨みがある。アスターが王女と結婚した場合は、別に公爵領を賜ることになっただろう。そうなれば晴れて弟夫婦が侯爵夫妻だ。


 わかりやすい跡継ぎ争いだった。争うも何もアスターは望んですらいなかったのに。




「アスター様、次期侯爵夫妻とお話しになりたい方たちがそちらに沢山待っていらっしゃいますわ。虫除けはお任せして、私たちは踊りに行きましょう。」


 可笑しそうにくすくすと笑いながらアスターを促す。そういえばピレトリーニが名乗ってから、シオンはずっと笑いを堪えていたようだった。


 アスターは反省した。不毛な考えに浸って、シオンを見つめるのを怠っていたようだ。折角のキレイなシオンがモッタイない。……だが、ヤマト国で舞踏会は聞いたことがなかった。アスターは一応、貴族子息なりに最低限は踊れるが……。


「さあ、フロアに逃げましょう。」




 曲の切れ目にスッとスペースが空く。ゆったりとしたワルツに、アスターとシオンは自然とホールドを組んだ。そして流れるように踊り始める。


 どうせ踊れず、フロアの反対側に逃げるとでも思っていたのか、ピレトリーニの顔が引きつっている。タナセタムは、先程シオンが言った「次期侯爵」の声を聞きつけた貴族たちの対応に忙しい。


「どうです?侯爵家子息の夫人として、最低限はできているでしょう?」


「ああ。正直驚いた。ヤマトにもダンスがあったのか?」


「これは日本仕込みですよ。習い事に社交ダンスを少々ね。流行ったの。椿が産まれる前にね。」




 続けて二曲踊り、その後王太子夫妻に挨拶した。シオンにとっては従叔父いとこおじだ。今後国交を結ぶとすれば、神主や議長に代わってやり取りをする事もあるかもしれない。


 シオンはヤタ烏を見せていた。初めは驚いていた王太子妃も、片羽根を広げ、もう一方を腹の前に曲げ、頭を下げる様にする烏を見ると、声を出して笑っていた。あの烏は雄だったのか。


 次はリンドウにも会いたいと言う王太子に、継承前であればと告げて御前を下がった。




 そのままシオンはテラスに出る。烏を連れているので付いて来る者はない。


「カイ〜もう帰りたいよ〜」


 そう烏に話しかけ夜空へ飛ばす。太陽の恩恵がなくても、近距離なら問題ないらしい。


「疲れたか?」


「そうですね。朝より夜の方が疲れました。」


「ヤマトに帰ろうか。」


「そうですね。一度は帰らないと……」


 アスターも、もうヤマトに帰りたかった。あちらにいたのはたった一年。それでももう帰る所になっていた。カイの根回しは済んだだろうか。許可を取る師匠とは一体……。




 こっそり部屋に帰ると、梟が待っていた。近寄るとカイの声で言った。


「わしは残る。先に帰れ。ドアを作るのを忘れるな。」


「「…………」」


 そうか。また旅をして帰るつもりでいたが、戻る分には直ぐなのか。だが加護がバレる危険を冒してまで楽をするのも憚られる。明日カイと相談をし、明後日には帰ろう。




 固めた髪と化粧を魔法で落としてから二人で風呂に入る。今日はお預けは掛からなかった。







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こちらもお時間がありましたらよろしくお願いします。



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