[32] あとは仕上げを御覧じろ
昨日もシオンは帰ってこなかった。アスターは一体何をしているのだ。言いくるめられずに騎士団を派遣すればよかった。クリサンセマム国王は、やっと会えた姪孫を姉の代わりに可愛がりたかった。東の島国との架け橋にもしたかった。同行者の賢者にも、結界を張り直してもらいたかった。
今日の空は国王の気分を逆撫でするような快晴だった。今日帰らねば騎士団を派遣する。既に指示は出してある。重臣の揃った午前の会議が終わった時にその旨を伝え、立ち上がろうとしたその時、窓をコツコツと叩くものがあった。
見ると黒い鳥、カラスだ。「不吉な!」と騒ぐ者があったので護衛が剣に手を掛けたが、国王は待ちかねた知らせの予感に下がらせる。侍従に窓を開けさせるとゆったりとした羽ばたきで国王の前のテーブルに降り立った。
カラスはシオンの声で話しだした。
「この鳥はシオンの式神です。太陽の神様の神使の形をお借りしています。切らないで下さい。岩山に捕まっていた所をアスター様に助けられました。けれど戦闘になり、悪魔に逃げられてしまいました。そちらの方向に飛び立ちましたので警戒を!……えっ?あっ……い、岩山が、地より持ち上がり、魔物と共に東の方に、飛ん……で……」
それだけ話すとパッっと烏は消えてしまった。と同時に空が翳り、地響きと轟音が数秒。外から悲鳴が聞こえ、会議室の者がこぞってテラスに出る。水に黒インクを流したような空に霧がかかり、ぼんやりした太陽の光が見える。
遠くに砂色の細長いものが飛んで来るのが見えた。その周りを黒いものが飛ぶのが見える。――――近づいてくるとそれは細長いのではなく、城の塔を何倍にも大きくした様な巨大な岩山だと分かった。
周りを飛んでいるのは白い鳥の羽根、黒いコウモリの羽、形も様々色とりどりの翼を持った怪物だった。「あれが魔物……」つぶやく声に我に返った護衛が、国王を部屋に入れようとするや、他の重臣も我先にと逃げていく。だが王は逃げず窓越しに観察する。
シオンを拐った者とは違うのか。犬、猫、馬、鳥、その他にも見たこともないような、色々な頭だけの獣が、それぞれ人の体に付いている。手には剣、槍、弓、斧、様々な武器を持っていて、それがカラフルな、茶色が多いようだが、翼で飛んでいるのだ。よく見ると人のような顔をしている者もいる。「あれが悪魔か…」と国王が言うと、護衛が避難を急かした。今度は従う。
結局報告によると、あの悪魔たちは東の島国よりはやや北寄りに飛んで行ったということだった。我が国は通過されただけで被害は無かった。あの様に野蛮な者どもに囚われていたとは、シオンもさぞかし恐ろしかっただろうに、急ぎこちらに警戒の指示をくれるとは何と心優しき娘なのだろう。
翌朝、騎士団に予定よりは少ない人数で、それでもシオンを迎えに行かせる指示を出すべく、執務室へ向かうとまた窓辺にあのカラスがいた。部屋に入れるとシオンの声で、迎えはいらないと言う。アスター、賢者、神官共に無事で、借りた神馬で周りを見ながら楽しく旅をしているので、行きよりは時間が掛かるが自力で帰るというのだ。
数日後、本人たちより先に噂が届いた。滞在する村々では勇者一行と呼ばれ、魔王との戦いが吟遊詩人によって歌われ始めていると。
★ ☆ ★
愛するものを救うため 神馬に飛び乗り追う一行
飲まず食わずで幾日も 夜通し駆けて辿り着く
だけど魔王は山の上 峻しく高い山の上
勇者は巫女への愛ゆえに 仲間は熱い友情に
倦まず弛まずよじ登り ついに魔王の居所に着く
妻を返せと言う勇者 しかし魔獣に言葉はない
巫女を戻せと言う神官 魔物の言葉は分からない
賢者が名前を告げた時 悪魔は名前を復唱す
連れて来られた探し人 魔王の腕に囚われし
身なりも整い美しき 巫女姫勇者に届かない
魔王は欲しい番人 けれど彼らは魔のものだ
忌まれ疎まれ蔑まれ 伴侶を得られず泣く日々よ
ある日出会った巫女姫は 黒目黒髪魔の力
忌まれ疎まれ蔑まれ それでも泣かず笑ってた
魔王は聞きたいその訳を 拐って部屋に閉じ込めた
だけど巫女姫笑わない 魔王は心を見通した
愛する夫はただ一人 巫女姫番になりはせぬ
それでも知りたい笑う訳 ドレスにご馳走差し出した
ありがとうとて受け取るが 姫の心に笑顔なし
魔王は知りたい笑う訳 姫に問うたさその訳を
全ての色を混ぜた時 出来るその色いつも黒
良い人嫌な人普通人 森人魔人獣人
みんな互いを分かり合い 混ざり合わせば黒になる
混ぜずに隣に並べれば 色とりどりの虹になる
黒は寄り添う全ての人に 夜がなければ朝も来ず
和すれば平らかけれども対等 闇があるから光もある
姫は勇者と帰りたい 魔王は欲しい姫の愛
返さぬ魔王刃を交え 一歩も引かぬ勇者たち
流れ流れる涙の雫 魔王も勇者も巫女姫も
遂に貫く勇者の剣を 受けたる魔王の友の胸
崩れ落ちたる魔王の元で 巫女が祈りを捧げれば
神の光が届き落ち 癒えたる友の胸の傷
太陽神の光の元で 受けたる恩恵ご意思の通り
遍く等しく平けく 生きとし生けるもの全て
月の女神の光の元で 奏でよ歌舞に音曲を
老いも若きも男女もみんな 憎しみ悲しみ癒される
賜る尊き神の慈愛に 勇者と姫の夫婦愛
魔王が知った友との愛を 勇者も仲間に思い知る
魔王は去りぬ海の果て 姫の故郷のその先に
いつか夢見る寄り添う日々を 全ての生きもの寄り添う日々を
空に希望を大地に愛を 虹に願いて海に泣く
勇者と姫と魔王と友の 愛の話は終わらない
★ ☆ ★
王都にすっかり歌が知れ渡った頃、勇者一行が王宮に帰還した。ここからでも街頭の歓声が聞こえる。窓から覗くと、三頭の白い神馬には、それぞれ巫女姫シオンと勇者アスター、賢者カイロンに神官シモイが乗るのが見える。
シオンは薄紅色のふわふわした大陸風のドレス。黒髪は毛先まで一つに編んで横に流してある。アスターは東の国の武人風。黒くゆったりした袖とゆったりしたズボンの色は黒。紫の髪は高く結い、頭の上に黒い帽子を被っている。カイロンはいつも通りの西の島風、草色の長衣にズボン。上から白のローブ。シモイは神官らしい白の上下。形はカイロンのものに似ているが、上から青いマントを羽織っており、その横から立派な赤い弓がのぞいている。
一行は疲れも見せず、いつかと同じルートで謁見の間まで辿り着いた。
あの吟遊詩人の歌はここで出てきました。
次回新章。明日投稿。全40話で完結です。




