廿五 悪魔の事情と厄払い
フリーホールに最後に乗ったのはいつだったかな。落下前に箱が上昇する感じ。やったことないけど、逆バンジーもこんな感じ??上がった後にくるのは……
「キヤ〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「「シオン!!」」
落ちる系のジェットコースターが苦手だった私は、落ちる予感の段階でもう悲鳴を上げていました。魔物に掴まれたからでも、急上昇したからでもありません。その結果、落ちずに急速横移動した為に「ぐっ」と変な声が出ました。
「落ち着いて下さい、巫女姫殿。我らは御使いと呼ばれるものです。」
分かる言葉で話し掛けられても、この時の私には聞いている余裕がありませんでした。落下の嫌いさはもう、衛星写真地図ソフトで、上空からズームするのを見るだけで駄目なくらい。高い所の苦手さは子供の頃からで、大人の身長ほどの雲梯から動けなくなるくらいでした。
「高い高い!無理無理無理〜!!」
「少々お待ちを。暴れないで。落ちますよ。」
落ちると言われて、更なる恐怖に大人しくした私は、脇の下を掴まれたぶらぶら持ちから、横抱きに持ち替えられました。お姫様抱っこと言うより子供みたいに膝と胸が付きそうなくらい丸まっていると、少し怖さも和らぎます。飛ぶスピードも緩まっているようです。
見上げるとそこに猿の被り物がありました。私を掴む手は人間のそれです。
「……歌手の人ですか?」
「犬は嫌いです。」
「狼じゃなかったかしら?……で、何者ですか?」
「羽沼と申します。」
「日本人?」
「自動翻訳のせいでややこしい事になるメンバーがいて、全員源氏名を付けました。」
「源氏名。ホストですか?……まあ良しとしましょう。で、何故私を拐うのですか?」
「ワカ殿と同じ……ような理由ですが、あなたの場合ちょっと相談に乗ってほしいというか、提案があります。」
「……それは拐わずには出来ないことなのですか?」
「そうですね。まず、やたらと助けを求められない様に、我々は恐れられる存在たる必要があります。次に人手不足で忙しすぎて、事情の説明、許可を得る、アフタフォローの余裕がありません。悪であればその手間が省けます。」
「それは、まあ、ワカの場合がその方法だったのはわかります。」
「ご夫君の従兄弟殿は酷かった……。通常ワカ殿位の末期になってから順番が回ってくるので、皆さんそう暴れないんです。ご夫君関連はこちらの不手際もあって処置を優先していたのですが、その為にまだ心に暴れるゆとりがあったようで……とにかく大変でした。」
「お腹を矢で射る為に拐うのですよね?拐われた後は人生上手くいくようになったとワカは言ってましたけれど。……アスター様は厄のせいで巡り合わせが悪いと言われたとか。確かその憂いを晴らすのが羽の……。あなた……。さっき御使いと呼ばれるものとか言ってました?……つまり……つまり厄払いの方法がお腹に矢なんですか??」
「従兄弟殿の場合は頭でした。その際、上から下から色々なものが……。」
「あー……。やり方が悪いのではありませんか?」
「他の方法は、あの禿鷹に噛まれるか、別の方に槍で刺してもらうかです。」
「あ〜……。矢はマシな方ですね。……ちなみに私の場合は?」
「巫女姫殿は特殊なのです。拐わず普通に大神官様から話してもらう方法もあったのですが、それだとご夫君も賢者殿も承服しないかと。時間もないし。……それにまあ、誰でも平等が一番かと。」
「あ〜……。そうですね。皆さんそうしていらっしゃいますよ、と言われると従っちゃうのが日本人ですものね。」
「今回は提案もありますので、いきなり射たり噛んだりはありません。ご安心を。」
「あの……それはあちらの方々も了承されてます?私さっき禿鷹さん、切っちゃったかも。山羊面の方はアスター様に……。」
「大丈夫です。双方全員傷はありません。それと彼の面は羊です。」
「……絶対みんな心配してると思うのですが、連絡をしてもいいですか?」
「恐らく、ご夫君たちが城を出る口実が無くなってしまいますので、明日の朝にしては?」
「……そちらは訳ありですよね?王宮の騎士にぞろぞろ付いてこられては困るのでは?」
「その辺りは賢明な方々が対処しますよ。道案内に御使いの一人が待機しています。」
「はぁ〜。……つまりは何もかも予定通りという訳なのですね。テラスに出たのも。……あ、羽のあるリスザルは何だったんですか?」
「あれも仲間です。位置を補足していました。」
「……冒険者カードも関係あります?」
「おお。やはり気付いていましたか?ワカ殿と合流してからはあのカードのマーカーのお陰で、禿鷹の寒茶の透視の能力を温存できたのです。途中から位置がズレるようになりましたが、大神官様の手の者が、人海戦術で補足してくれましたので、事なきを得ました。」
「……つまり最初からワカではなく私を追跡していたということですか?」
「それこそが特殊な理由なのです。最初の追跡対象はご夫君でした。末期ではなかったのでリストにはありませんでしたが、大神官様に相談されたでしょ?その話の時点でも、厄の……特殊さが分かりました。こちらの不手際の可能性がありましたので、急ぎ拐う予定でした。が、生贄召喚で追跡不能になり、今回大陸に上陸されて、また寒茶が透視出来るようになったのです。」
「島は透視出来ないのですか?」
「東の島は分社もあり、魔力も濃い為難しいです。……それで、ご夫君を補足観察したところ、厄は無くなっていました。詳細は寒茶の透視でも小猿でも見通せないのです。ただ、ご一行の中には、ご夫君から消えたはずの厄に付いたマーカーが、漠然と視える。それで一行ごと追跡していたのです。」
「それが今私の中にあると言う事ですか?」
「その通りです。そして大神官様は、直接会って話を聞いて、更なる特異性に気付いたそうです。」
「何ですかそれは?何か聞くのも怖いですが……。」
「まずご夫君のものは、通常はただの厄であるものが、厄災になっていました。こちらの不手際です。そして巫女姫殿のものは、厄災ではなく僥倖になっています。……いや、少し違うな。厄を拡散が厄を回収……。詳しくは上司から説明します。」
「良くわかりませんが、上司とは……大神官様のことですか?随分とツーカーな様ですが。」
「彼は協力者です。大きな意味では同僚……にはならないな。上司の友人です。」
「何だか複雑そうですね……。で、行き先はデバッグ山?」
「……あなたは真理を知る者ですか?」
「えっ?真理って何ですか?」
「ああ。……デヴァルグ山です。口が回っていない様ですが、寒いですか?」
「寒い、かもしれません。そういえば。何枚も上を脱いじゃったので。」
「ああ、あの立ち回りは中々格好が良かったですね。」
「突然煽て出した!?」
「私は炎上も得意です。島を燃やしたこともあります。」
「何それ怖!止めて!うちの島に来ないでください!」
「冗談です。」
「笑えない、全然……。ところで、先程から言っている不手際というのは?」
「さて、そろそろ着きますが……やはりここは平等に。」
「えっ?あっ?イ、イヤ〜〜!――――――!!!―――――――」
落下はしなかったけれど、雲の上までの急上昇でGがかかって息も絶え絶えです。腰も立たないヨレヨレで、山頂の小さな社の板の間に、羽沼さんにそっと置かれました。
横座りに両手を付いて顔を上げると、そこには狩衣に高下駄を履いた人物がいました。ゆっくりと振り向いたその顔には、天狗のような面をつけています。私は掠れたか細い声で何とか問いました。
「猿田彦、様?」
「さすが、巫女姫たるもの。では早速。――――夫より授かりし、あなたの胎にあるものを、こちらに渡してもらおうか。」
完結まで1日2回投稿になります。7時と17時です。




