24 シオンの追跡と岩戸の開け方
神馬を三頭連れて、神兵が到着した。
「下井です。よろしくお願いします。本名は羿です。ヤマト国の方とは翻訳に障りがあります。下に井戸の井で下井、読みはシモイでお願いします。」
「了解した。」
「ああ。」
馬は本当に神力を宿しているかのように夜通しよく走った。アスターにはカイが回復魔法を掛けてくれたのだろう。疲れも眠気もなかった。束の間の休憩時にカイが言った。
「……お主も言うようになったのう。」
「何の事ですか?」
「執行されるのにどれ程の猶予があるか分からないとな?神主が聞いたら大笑いするぞ。それに連れ帰れとは言われておらん。アスターとシオンがクリサンセマムで暮らしたがれば、それでもいいと言っておったぞ。」
「……俺はあの家族が大好きなんです。あの狭い家もソバもバンチャも好きなんです。」
「神主が泣いて喜ぶな。あやつは泣き虫じゃからな……。」
「あの……カイ殿は冬の朝に国王と何があったんですか?」
「ああ。布団と敷布を浄化してやっただけじゃ。」
「くっ。」
「……シオンは大丈夫じゃ。あの飛ぶものたちは大神官の言う、天の御使いじゃな。あやつがケガをさせないといった以上は大丈夫じゃ。そやつ、シモイも御使いじゃろう。神馬に弓の神技。恐らくアスターが戦った者と同じ様なもんじゃろう。――――それは魔法も妨害できるよの。さすがのわしもちょっと焦ったわい。」
「そうですか……。俺はあなたの言うことは信じますよ。」
「わしもまた、でっかいのに懐かれてしもうたか。はは。」
明け方、デヴァルグ山の方からシオンの烏が飛んできた。それをなんとシモイが赤い弓で射落とした。アスターが詰め寄ると、「すいません、つい」などと言ってきた。本当に御使いなのだろうか。矢が刺さって消えかかった三本足の烏は、カイの手の中でシオンの声でこう言って消えた。
「デヴァルグ山……デバックさ……。バグとり……せいちゅう。ソラ……ヒ……」
「ふむ。シモイ。バグとはなんぞ?」
「蛇です。」
「蛇?あの巨人が持っていた物か?」
「いいえ、あれは趣味です。バクはむし、まむしが蛇です。」
「うむ。なんじゃろうか。この話の伝わらなさは。せいちゅうは成虫か。分からん。本当にシオンには害はないんだな。」
「下井の仕事は蛇取りです。巨人、小堀の仕事も蛇取りです。禿鷹、寒茶の仕事は蛇を見つけて取ることです。」
シオンの事を聞いたのに蛇取りの話になってしまった。翻訳が上手くいってないのかもしれない。アスターは別の事を聞いてみた。
「その場で矢で射て済まさず、どうして山まで連れて行くのだ?」
「取った蛇はすぐに調べます。猿田の仕事です。蛇のままでは運べません。」
「サルタとはシオンを拐った羽のあるサル頭か?」
「それは羽沼です。猿田は飛べません。いつも山で調べます。」
「蛇の何を調べるのだ?蛇とは何だ?」
「聞かれると困ること、説明は猿田が担当します。下井は翻訳の調子が悪くなりました。」
喋らなくなったシモイに、カイが溜め息をつく。アスターは騎士団でも昔から尋問が苦手だった。
「なんじゃかのう……。まあよい。先を急ごう。」
次の朝、シオンから烏は届かなかった。ワカは拐われてから、何日で戻ったと言っていただろうか。従兄弟は?王には何もしないでも戻ると言ったが本当だろうか。もしやもう城に戻っているのではないか。
「シモイ、シオンが既に城に戻っているという事はあり得るか?」
「巫女姫は特別です。あなたを救いました。他の民も救えます。救わず帰りますか?」
「帰らないじゃろうな。……しかしあの山、見えておるのに全然近付かんな。頂上が見えぬ。凌雲岳か。」
カイが山頂を仰ぎ見る。だが昔からクリサンセマム国では、デヴァルグ山の山頂が見えたことはない。
「それにしてもこの馬は強靭だな。何という種類だ?」
「神馬は今回だけの貸与です。走る、止まる。これが仕事です。草を食む、水を飲む。これは風景です。」
「わからんのう。余り聞くと喋らなくなるしのう。風景……。景色、背景……。見せかけの絵のようなものじゃろうか。」
「明日には着きます。道が開けました。」
シモイが自主的に喋ったと思えばまた意味がわからなかった。道が開けなかったら何時まで経っても到着しないということか?
今頃シオンはどうしているだろうか。まさかワカの様に腹を矢で……。しかし巫女姫は特別だとシモイは言った。救う側の人間ならば、ワカや従兄弟とは扱いが違うのではないか。そういえば、従兄弟は何故寝込んでいるのだろう……。
これは本当に山、なのだろうか。ようやく辿り着いたデヴァルグ山の麓に立ったアスターはそう思った。巨大な塔と言ったほうが良いのではないか。歩いて登ることなどできない。雲の上まで張り付いてよじ登るしかない。それとも羽のないものには辿り着けないのだろうか。
アスターが絶望を抱きながら上を見上げていると、カイはシモイに聞いた。
「勿論エレベーターとやらがあるんじゃろ?」
「エレベーターはありません。ここは魔法の世界です。普通に転移します。」
「何だか釈然とせんの。普通が分からなくなってきおった。」
「ではまず内部に入ります。」
「おお。ここはあの呪文じゃな?」
「その呪文は有名すぎて、記憶のあるものなら誰にでも開けられてしまいます。普通に鍵で開けます。」
そう言ってシモイは岩の一部に手の平を当てた。すると岩が動き、内部への道が開けた。洞窟のようになっている。
「手を当てれば誰でも入れるのか?当てる場所が難しいということか?」
「いいえ。掌紋認証です。」
「それが普通の鍵かのう……。成程。まあ個人を特定するのじゃな。お主ら以外は開けられぬということか?」
「いいえ。一つだけ方法があります。裸で踊って合格が貰えれば開きます。」
「な……。」
「何とまあ……。」
「その者、衣を脱ぎ去りて踊りし時、世界の理を覗き見るべし。古き言い伝えです。真です。」
「……行こう。」
中に入っていくと、岩戸は閉まった。火魔法で辺りを照らす。アスターは、シオンと出会った時を思い出した。ここでは火事の心配はないだろう。
「この転移陣に乗ってください。」
「誰の魔力で動かすのじゃ?」
「人の魔力はいりません。土地から吸い上げています。」
「……もう突っ込み所が分からぬ。」
土地の魔力とはどういう事なのか、アスターには分からなかった。魔力を持つもの、魔法を使える者は少ない。いても一属性だ。だからこそ魔力の強い島の民が異端扱いされている。大陸の者たちと島の者たち。違いは……。
「Go up!」
いつかの魔法陣の様に、真っ白な光に包まれたかと思うと、浮遊感の後、暗闇になった。「チン」という小さい鐘のような短い音がして、扉が開き光が溢れる。――――そこにあったのは、戦場だった。
次回新章。明日投稿。




