23 魔物と巨人と悪魔の襲来
先程の控え部屋ではなく、宿泊の為、寝室の二つある部屋に移動する。面倒だが、シオンの魔法が掛かったバックは、他人には触られたくないので荷物を取りに行く。だがなんと、晩餐にはシオンは洋装するらしい。城のドレスを借りるそうで、こればかりは楽しみだ。
扇を翳したシオンに歩幅を合わせて歩いていると、大神官に呼び止められた。夫婦神様について聞きたい事があると、シオンがテラスに誘われた。
当然アスターも付いて行こうとすると、護衛も離すのでアスターも声が届かない所まで下がって欲しいと言われる。承服出来かねるが、神に関しての秘事なのだと言われると引き下がらざるを得ない。それでもカイに意見を求めると、囁くようにいざとなれば魔法を打ち込むと言われ渋々納得した。
ガラス張りの扉を出た所に神殿騎士、アスター、カイと並ぶ。廊下にいる王宮騎士は、いざという時どちらの味方に成るのだろうか。
「大神官様は魔法は?」「かなり使える」カイと打ち合わせをする為と見せて、右足を立てて跪く。リンドウに習ったクラウチングで、直ぐに前方に走り込める様に準備する。右手は柄だ。不敬と言われようと関係ない。神殿騎士も剣に手をかけこちらを睨んでくる。
いくらもしないうちにふと影が指した様な気がした。見上げると傾きかけた太陽を背に、大きな鳥が高速で近づいてくる。
「「シオン!」」
「大神官様!」
三人が叫んだ時、シオンは羽織ったキモノを脱いで大神官に押し付け、「カイ杖貸して!」と叫んでいた。大神官もキモノに埋もれて叫ぶ。
「あなたの従兄弟はあの鳥に拐われ、帰って来てから寝込んでいます!」
そのまま大神官は神殿騎士に掴まれ、扉へと引き摺り込まれていった。その時にはアスターは、シオンの側で鳥に向かって剣を上段に構えていた。シオンは巫女スタイルで杖をナギナタに変化させて構え、カイは上空にシールドを張った。
近付くと禿鷹の大きさが分かる。ワカが掴んで連れ去られたのも納得だ。廊下の騎士は出て来ない。鳥がシールドをすり抜けた瞬間、背に伏せていたのか、急に現れた騎乗者が飛び降りてきた。
「カイは鳥を!」
そう言ってアスターは飛び降りた者と対峙する。アスターより更に1メートルは背が高く、蛇を耳飾りにし、右手に蛇の様な剣を手に持っている。異様なのは顔。緑の羊の面を着けている。その角も蛇の様に真横にうねっている。そして手強い。斬りつけても受けられ、距離を取ると左手にある蛇の弓柄の弓で矢を放ってくる。
「魔法がジャミングされてる!シオンは中に入れ!」
カイが叫ぶと既に扉の前にいたシオンも叫ぶ。
「ドアが開かないの!」
アスターにはそちらを見る余裕がない。とても目の前のものを倒せるとは思えなかった。せめてシオンだけと思った矢先に締め出されたとは。この国の者、恨んでも恨みきれない。
扉を諦め、シオンがナギナタで禿鷹に攻撃しようとした瞬間、落下する様に垂直に降りてきたサルの頭の悪魔に、後ろから掴まれたシオンがその羽によって空に連れ去られて行く。
「キヤ〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「「シオン!!」」
シオンに駆け寄らせない為か、猛攻撃を仕掛けてきた巨人も、シオンが手が届かないほどの高さに飛び去ると、禿鷹に飛び乗り去って行った。
「クソっ!!」
アスターが手摺りを殴る。テラスにはシオンが手放したナギナタが落ちていた。
「ジャミングが消えた。遠見魔法で確認する。シオンが……サルに文句を言い……ぶら下げ持ちから抱え持ちに変えさせた。……よし、取り敢えず大丈夫だ、アスター。直ぐに追いかけよう。」
カイが魔法でシオンの様子を伺って断言した。シオンは高い所が苦手だからあの悲鳴を上げたが、今はサル頭と普通に会話しているらしい。ワカも従兄弟も戻ってきた。落ち着こう……。蹴破る勢いで扉を開けるとすんなり開いた。
「……誰が閉じていた?シオンを中に入れなかったのは誰だ!!」
騎士たちにアスターが怒鳴りつけると、キモノを持った大神官が駆け寄ってきた。
「落ち着いてくださいアスター殿。恐らくは魔法です。中からも開けられませんでした。」
「キリヒト……お前……」
カイが大神官に向かってそう詰め寄った。フードも外れ、子供のような顔が顕になっている。
「落ち着いてカイロン殿。私もシオン殿に怪我をさせるつもりなんてありません。」
「何だと?!……くそっ!!」
今度はカイが罵った。
「国王を呼べ!アスターは玄関まで荷物を持って来い!キリヒト、お前も来い!」
「私は今、ベリス・ペレンニスだよ。それに大神官だから私は行けないよ。」
「煩い!シオンを見捨てやがって。……おい、代わりにお前のとこの神官を一人貸せ!目的地まで迷わず連れて行ける力のある者だ。今すぐ鳩を飛ばせ!」
「分かりました。取っておきの神兵をお貸しします。」
ナギナタを杖に戻してアスターに渡し、カイは玄関へと去って行った。途中で捕まえた侍従にも何か指示を出しているのが見える。鳩のシキガミだろうか、大神官が飛ばし終わった所でキモノを受け取り、アスターも部屋に急ぐ。
形状記憶のキモノと杖をそのまま異空間バックに押し込み、カイとアスターのバックの中身も、全て異空間に押し込み、二つ空にして部屋を出る。やっと落ち着いてきたアスターは不甲斐なくて泣きそうだった。
玄関では、カイと国王が揉めていた。アスターは、やはり手配してあった物資を侍従から受け取り、二つの普通のバックに入れる。
「だから、俺とアスターと神兵で行くって言ってるだろう?」
「何故かわいい姪孫の為に兵を出してはならぬのだ?」
「アスターの従兄弟も無事に戻ってきたのだろ?国王が余計な事をする必要はない。」
「賢者殿が無事に連れ帰ると約束するのか?」
「その約束は大神官がした。あやつがシオンに怪我をさせないと約束した。」
「何故助けに行かない大神官殿が約束するのか?」
「それは俺も聞きたいな。何でだ?」
「カイロン殿……。言えないことを分かっていて聞いていますよね。呼んだ神兵はジャポネの隣国出身です。山にも行って帰って来た事があります。弓の神技を持っています。ああ、烏との相性は最悪なので伝達は鳩にして下さい。」
「ああ……成程。くそっ!……分かった。」
「何が分かったんだ?私は納得していないぞ?せっかく会えた姉の孫だ。少数精鋭ならアスターの隊だけでも連れて行け。」
アスターにも大神官の言葉は分からなかったが、カイのことは信用していた。だから代わりに答える。
「隊はいりません。シオンは何もしなくても帰ってきます。応接室での話にも出た、シオンに縋り付いたというその女性も、無事に帰って来て今も元気です。」
「では何故お前たちは助けに行くのだ?」
「あの悲鳴を聞いただろ?シオンは高い所が苦手なんだ。帰りもあんな思いをさせるのは忍びない。」
「……それに心配なのはシオンの身ではありません。私たちです。私は側を離れない契約を神主殿と交わしました。カイ殿は無事に親元へ送り届けると。――――東の民が悪魔というのは嘘ですが、魔力が強く、契約を重んじるのは本当です。執行されるのにどれ程の猶予があるか分かりませんが、直ぐに出なくては。」
「……そ、そうなのか。それは大変だな。……では騎士団長だけでも。」
「デンドランセマ、聞き分けろ。恩を返せ。今こそ対価を払うのだ。……あの冬の日の朝の分でいい。」
「……分かりました賢者殿。王宮で待っております。」
急に国王が大人しくなった。美少年エルフに呼び捨てにされる中年王。こんな時シオンとワカは何と言っていただろうか。




