ニ 生贄の自己紹介
ここはヤマト国の神の社。私、シオンは巫女見習いで、社の世話や神主の手伝いをしています。その役目が回ってきたのは親が神主だというのもあるけれど、私が転生者だからです。
さっきまでここにいた女の子は、ある日突然この国にやってきた転移者サイーデ。大陸の貴族のお嬢さんで、召喚魔法の暴走に巻き込まれて飛ばされて来たそうです。
正直、感じが悪くて我が儘だったから嫌いでした。……けど、さすがに神の怒りに触れて地獄行きは、厄介払いとしても笑えません。あ、死後の世界だからって地獄とは限らないか。私だって転生先がこんなに居心地がいい国じゃなければ、ホームシックになったり、やり直したくなったりしたでしょう。
徒歩と船で自力で帰るという選択をしなかったサイーデは、我が国の古い文献を漁って再転移したかったようだけれど失敗しました。……いえ、生贄の召喚には成功したのだから半分失敗です。それに「こんなところすぐに出ていってやりますわ」という希望も叶いました。行き先以外は成功しています。明らかな被害者を生み出してしまいましたが……。
責任者を呼びに行った私は、父である神主の部屋に入り、布団の上から揺すり起こします。サイーデが拝殿で生贄召喚をして、神の怒りを買って連れて行かれたこと、残された被害者である生贄の男性の世話を神より申しつかったことを伝えました。
あわてて起きる父親の仕度を手伝い、神社へ戻ります。今夜は当番で、私だけが宿直所に泊まっていたのです。道すがら粗方の事情は話し終えた為、社に入る頃には父に神主たる威厳が戻っていました。
拝殿に入るや否や父は足を止め、何よりまず板の間に墨で描かれた曼荼羅に目をやり、頭に手をやり溜め息をつきました。
「私が後で消しておきます。」
「ああ、頼む。なんと罰当たりな……」
私たちは人が突然現れることに慣れていました。しかも生贄の彼は神が自ら世話を申し付けた人間です。悪人かどうかと警戒する必要もありません。私たちが呆気なく受け入れたことに対し、大人しく待っていた生贄の男性の方が驚いていました。
サイーデにより召喚されてしまった可哀相な男性は、名前をアスター・サーシス・フィリペンデュラと言いました。彼は紫色の髪を背まで伸ばしています。私の名前と同じ、この国では高貴な色です。神主も下にも置かぬもてなしを約束しました。
とりあえず互いに名を名乗り合い、神主が歓迎する旨を伝え、それ以上の話は朝になってからということにしました。私はアスター様を宿直所の部屋に案内し、神主は自室に戻りました。
部屋に案内して布団を敷いてあげると、アスター様は床に寝ることに困惑していました。
「下にも置かないのではなかったか。」
「下とは下座のことです。この国では最高権力者も床に寝ます。これは順当なおもてなしです。騎士様が夜営でする野宿よりはましなはずですよ。」
本当に騎士だったのか、それで納得してくれました。私が父にするように、服を脱がせて浴衣を着せてあげることには、アスター様はさほど抵抗しませんでした。サイーデ並に世話をされ慣れています。お貴族様なのかもしれません。
そうして私もやっと部屋に戻ります。なんだか外が薄明るくなってきている気がします。長い夜でした。この布団にいたのがずっと前のような気がします。
眠いし疲れましたが、自分が転生したと気付いた時のような、ワクワクする感じがあります。今の生活も好きだけれど、今世ももっと色々楽しみたいです。明日に期待しながら、私は目を閉じました。
朝になり角盥を持ってアスター様を起こしに行きます。洗面を済ませたアスター様の紫の髪を梳いてあげる時、どうして伸ばしているのか聞いてみたけれど、「何となく」という返答でした。騎士が首を守る為に髪を伸ばす説は検証できませんでした。部屋でアスター様が朝餉を済ませた後、神主の待つ拝殿へ行きます。
敢えてまだ残してある魔法陣を避けて、下座の座布団に座って待つ神主。アスター様は非常に座り辛そうでしたが何とか座布団に納まりました。私は神主の脇に座り、双方に説明するように最初から話し始めました。
「ここは大陸の東の島国、ヤマト国です。あなたを召喚した少女はサイーデと言って、エルフェンバイン王国の貴族だったそうです。ご存知ですか?」
アスター様は難しい顔をしながら、話す私を見ていましたが、質問に答える際はうっすら微笑を浮かべます。やはりお貴族様なのでしょう。
「エルフェンバインは知っています。我がクリサンセマム国の隣の国です。貴族令嬢については詳しくありませんが。」
神主もいるのでアスター様の口調は丁寧です。TPOは大事ですね。時と場合に、場所を弁えろ!というやつです。余談ですが、場合がoccasionなら場所はlocationの方が覚えやすいのに……。英語ハ苦手デス。
「サイーデがこの国に転移した時、丁度目の前に魔法陣が書かれていたそうで、同じ様にして自国に帰ろうとしたようです。書庫の文献を漁って見つけたのが、日本の悪魔召喚の呪文と魔法陣っぽく見えた曼荼羅だったのかと。」
三人で横に書かれている曼荼羅を眺めます。確かに漢字も梵字も知らなければ魔法陣に見えなくもないでしょう。少なくとも書かれた漢字は間違っています。漢字と梵字が混ざっているのはいいのでしょうか?詳しくは分かりません。同じ様に、少なくとも呪文が目茶苦茶だということは分かりました。
「魔法陣で自分を転移するという考えはなかったようですね。なので生贄を召喚し、それを神に捧げ、願いを聞いてもらおうとしたみたいです。この神殿に向かって、悪魔召喚の呪文を唱え、大陸の太陽神様と月の女神様に祈っていました。」
「なんと罰当たりな……」
「はい。祈られた神様もお怒りになりまして、顕現されました。大陸の太陽神様はこちらの祭神様とご友人だそうで、二柱で相談の後、サイーデを日本の死後の世界へ連れて行かれました。」
「質問をいいですか?――――ニホンとは?」
手を挙げてアスター様がした質問に、さてどうやって答えましょうか。
このヤマト国には日本からの異世界転移者が多いのです。日本からの転生者も多いです。大陸に住む、日本からの転移者も転生者も集まってきます。国名が日本ではなくヤマトなことからも、平安以前から人が流れて来ているようです。
この世界でも優性遺伝なのか、国民は黒目黒髪が多いです。むしろ国民殆ど全部がそうであると言っていいくらいです。逆に大陸で黒髪黒目の人間は殆どいないらしいです。外に出ればアスター様にも分かることですし、隠す理由もないかと思います。目線で神主に確認を取ってから説明を続けました。
「日本とは異世界の国です。この国には日本からの転移者、転生者が沢山住んでいます。この神社の祭神は、日本の神様です。」
「異世界……。にわかには信じ難いが、まあそういうことなのでしょう……。太陽神様と月の女神様とニホンの神様がご友人ということだから、その関係でそうなっている、ということなのですか?」
「神の御心は量りかねますが、無関係ではないでしょうね。」
「あの女性は悪魔召喚の呪文を唱えたとのことですが、それで一体どうして俺が……」
「そうですね……。そもそも呪文も魔法陣も目茶苦茶だったので、悪魔が呼べる訳もないのです。それにサイーデには魔力がなかったはずなので、魔法は使えません。曼荼羅が光ったのは……サイーデをここに飛ばした魔法の残滓が影響したのかもしれませんし、何か未知の力が働いたのかも。――――それにしても、あの馬鹿げた呪文では少なくとも正式な召喚ができよう筈もありませんので、あなたが呼ばれたのには別の理由があるのかもしれません。」
思い当たる節はないでもない、と思います。それを口に出すべきかどうか……。そんな理由で、と憤るかもしれません。これが正解とも限らない、あくまで推理ではありますが、アスター様が一本踏み出す心の区切りになるならば、僭越ながらご披露しましょう。
「なぜサイーデの滅茶苦茶な呪文で、あなたがヤマト国に呼ばれたのか――――」




