十三 転生者・生田わかの話
私の名前はもうないの。捨てたからね。だから冒険者カードも前世の名前で登録したよ。ワカ・イクタって。今は十五歳。成人して一年経ってないの。あの最悪な出来事があってからもまだ半年経ってないんだ。やんなっちゃうよ、ほんとに。
自分が転生者だって分かったのは、う〜ん、七歳位かな。「ああ、貧乏。うちは父子家庭なんだな〜、母子家庭じゃないから手当が出ないんだな〜」なんて思った時に、パッと前世の記憶が蘇ったの。母さんは私を産んだ頃に死んじゃった。元冒険者の父さんは、私を置いて冒険に出られないから貧乏でね。それで手当なんて思い付いたみたい。
前世では高校生だったから、多少は家事も出来たし、急にしっかりし出した娘に最初は父さんも訝しげだったけど、出来る所を見せつけたら納得して仕事にいくようになったんだ。あ、私の死因はね〜。え?言わなくてもいい?大丈夫、居眠りトラックの交通事故だよ。うん?大丈夫、KYじゃないよ。シオンさんのは聞かないから安心して。
家で留守番して掃除洗濯して、父さんが買ってきた食材を料理してた頃はまだ良かったんだ。十四歳で見習い仕事に出始めた頃かな、何もかも上手くいかなくなったのは。
初めは食堂でウエイトレスしてたの。バイト経験あったし上手くいくと思ってたんだ。でも甘かった。日本のクレーマーなんて初心者コースだったよ。見習いから本採用されたい同僚の嫌がらせも足の引っ張り合いも酷かったし。悪口を鵜呑みにする女将さんもムカついたし。慰める振りで触ってくる店主もウザかったし。
最後は注文を間違えたって言いがかりつけてきた客に、謝罪は体でしろって言って店から引きずり出されそうになったから、立て掛けてあったホウキで殴ったらクビになったの。……うん、大丈夫。
それでもなんとか父さんのツテで機織りの仕事に就けたんだ。本採用だから住み込みでさ。成人の誕生日の日から始めたんだ。うちのところは十五で成人。イジメもセクハラもあったけど、酔っ払いを相手にする訳じゃないから、まあ半年はそこそこやれてたと思う。
で、最悪な日の話。……夜にさ、入ったんだよね、強盗が。何で機織り工房なんかに入ろうと思ったのか、さっぱりわからないけどさ。……まあ女ばっかりだったからかな。私をずっとイジメてたやつも、みんな酷い目にあって、泣いて叫んで死んで。私は目を盗んで外に出て、馬に乗ったの。騎士様を呼びに行こうと思ってさ。
だけど全然馬が言う事聞いてくれなくて。騎士の詰め所?みたいなところに馬ごと突っ込んじゃったの。それでも急いで事情を話してみんなを助けてもらわなくちゃって思ったのに、全然話を聞いてくれなくてさ。犯人みたいに牢屋に入れられて。それでも大声で事情を話したら、やっと牢番さんが騎士様を連れて来てくれて。
もう何度目か分からないけどまた説明したら「何でもっと早く言わないんだ」だって。「最初から何度も言ってます」って言っても、また聞いてくれないの。そのまま牢屋で待ってたら、全員死亡のお知らせだってさ。「もっと早く言ってくれれば」だって。
もう頭きちゃってさ。急いでたから馬で来たんだ、盗賊の馬だったから気性が荒くて言う事を聞かなくて突っ込んじゃったんだ、その時から何度も強盗のこと説明したのに聞いてくれなくて牢屋に入れられたんだ、もっと早くって話を聞かなかったのはそっちでしょ!って言ったの。
そしたらさ〜ありえないよ。「強盗の馬に乗るなんて仲間なのか」だって。強盗が騎士団の詰め所に来るわけ無いじゃん。それも「馬が制御出来なくて結果的に辿り着いただけだろう」だってさ。罪も償わなきゃいけないし、詰め所を直すお金も弁償しろだってさ。
だからもう「殺してくれ」って言ったの。だってありえないでしょ?もう耐えられなくてさ。……その日の夜、牢屋に手乗りザルみたいな、天使なのかな……羽が生えて飛んでるやつ。私は初めて見たんだけど、この世界には普通にいるの?ああいうやつ。それが現れて、しばらく私の周りを飛んでたけど出て行っちゃったの。何だったんだろう。
それで次の日。処刑場に連れて行かれる途中で、禿鷹に掴まれて空に連れて行かれたのよ、私。信じられないでしょ?もうどうでも良かったし、暴れず大人しくしてたら、近くの凄く高い、雲より高い山、デヴァルグ山に連れて行かれたの。デバッグじゃなくてデヴァルグ。ん?違う違う。デアベルクじゃ小さい字なくなっちゃったじゃん。ドイツ語?分かんないけどそもそも間違ってるし。デ、ヴァルグさん。ここそんなに重要じゃないよ。
で、山頂に着いたらさ、猿とか犬とかエジプトの壁画のパーティグッツみたいなの被った人たちがいてさ。至近距離で弓で射られたの、お腹を。矢は残らないで貫通したみたいなんだけどさ。私はショックで気を失った訳。
気が付いたら処刑場の側で、お腹に傷もなく、倒れてる所を役人に見つけられたんだけど……。急に冤罪が証明されたとかで釈放されたの。慰謝料付きで。信じられないでしょ?ありえないよね。でもまだなんだよ、終わりは。
お金を持って実家に帰ったらね。家が無かったの。丁度盗賊が入った日に、火事で焼けたんだってさ。父さんも死んじゃったの。ありえないよね。こんなの信じられないでしょ?
遺体は近所の人がもう埋葬してくれてたんだけどね。中に入ったらさ、やけ残りに缶があったの。父さんの冒険者時代の思い出の品。そこに東の島に行った冒険の日記がメモ書きになっててね。それを見て私も行こうって思ったの。だって黒目黒髪の人が沢山住んでて、変わった洋服を着てて、木と紙の小さい家に滞在した、なんて、絶対日本人いるでしょ?
だから慰謝料のお金で装備を整えて、冒険者登録して、メモを頼りにここまで来たの。うん。剣道やってたからさ。まあ全くの素人ではないのよ。土魔法と火魔法が使えるから。最悪、土かまくらに入って火をぶっ放せばなんとかなったし。……そういえば魔法が二属性使えるのもありえないって言われたな。産まれた時からあり得ない子だったのかもしれない。私が普通だったら、母さんも死ななかったかな。
でもまあそんな感じで、冒険者になってからは……違うな。禿鷹に拐われてからは結構上手いこと切り抜けて来られた気がするんだ。帳尻あわせのプラマイゼロかな。マイナスが大きすぎてまだまだ足りないけどね。
……何でシオンさんが号泣するの?もらい泣き?私泣いてないし。そういうのって涙ポロリ位の泣きだよね普通。やだなあもう。みんな困ってるじゃん。よしよし……。え?私はいいよ!わっ!ぶっ!胸デカ!いい匂い!せっけんの。……うん。ありがとう。うん。……一緒に行くよ。それで帰りは島まで連れて行ってね。……うん。うん。ぐすっ。……うん。
注)児童扶養手当は、改正により、父子家庭の父にも支給対象が拡大されました。平成22年8月1日から。12月より支給。カイワレさんの時……ワカは知らなかったみたいです。




