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生贄の騎士と奪胎の巫女  作者: ゆめみ
第一章 東の島
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10 別れの準備



 翌朝。今日こそアスターは早朝鍛錬に出た。まだ眠るシオンを愛情を持って見つめながらも起こさぬようにそっと寝具を抜け出し、庭で愛剣を振っていた。




 すると神主、義父上が木を束ねたような剣を二振り持って庭に出てきた。


「お手合わせ願おう。」



 否はない。が、見慣れぬ構えに戸惑いを覚える。それに父たる相手を打ち据えていいのだろうか。だが、騎士の実力を示さなければ結婚を取り消されるかもしれない。ただただその思いで、義父上の剣を跳ね飛ばした。義父上は顔色も変えず、うむ、とだけ発し朝の勤めに向かわれた。



 少しすると今度は義母上が現れた。槍の穂先が短剣になったようなものを二本持ち、庭に出てきた。


義父上の時以上に躊躇は大きかった。アスターの常識では、既婚の貴婦人は刃物を振るったりはしないからだ。だが傷つける懸念よりも、シオンを守れない存在だと思われる方に恐怖を感じ、今度は槍を叩き落とした。


 まさかとは思ったが、最後にリンドウが庭に現れた。


 得物はレイピアだろうか。アスターには自前の剣でいいと宣言する辺り、先の二人より自信があるようだ。実際、彼が成人男性だったなら窮地に立ったのかもしれない。だが残念ながら彼はまだ五歳だった。悔しそうにしながらも庭を去っていった。


 するといくらもせずシオンがテヌグイを持って庭に現れた。今までの挑戦者は予定されていたものなのかもしれない。


「旦那様が強くて素敵です。」


 それは、騎士団に所属してからの八年の内で、一番嬉しい言葉だった。




 全員で、何事も無かったかのように朝食を取る。アスターは緑のお茶が気に入っていた。ただし飲み方のルールが難しい。分厚い陶器の縦長のカップにソーサー無しに入れられた茶は、緑でも茶色でもズルズル飲む。火傷しそうに熱いうちに飲み切る。木のソーサーに乗った、薄い丸っぽいカップに入った温い茶はすすらない。



 すする、というのが難しく困惑していると、リンドウがワインやコーヒーのテイスティングと同じだと教えてくれた。……が、飲めればいいと思ってテイスティングなどした事が無いとは言えなかった。これができないとソバが食べさせてもらえないと言われ、練習した。



 ソバとは義父上の大好物の麺で、手ずから作る為最高の状態で食して欲しいそうだ。後日ありつけた時、コーヒーの様な黒い汁に愕然とした。事前に見せてもらったソバ殻の汁かと聞いたら笑われた。別の実で作った汁らしい。麺を全て漬けたら辛くてむせた。塩がきついので苦手な人は漬け込んではいけないそうだ。最後に茹で汁を入れてこの黒いスープを飲む。何故普通の湯ではいけないのだろう。だが飲んでみると塩辛いだけではない、ソバの薫りと魚のような味がする、気がする。




 そういった一連の感想を、リンドウは嬉々としながら書き付けている。アスターのことを理想的な婿だと褒めてくれた。


 アスターが一番苦労したのは箸だった。初めはタケという植物で作ったピンセットを借りた。シオンの指導できちんと使えるようになった時には、数カ月が経っていた。




 その頃にはワフクも自分で着られるし、ゾウリでも脱げず、靴擦れもできず歩けるようになっていた。髪は二度切った。家族の指導でカタナとナギナタ、フェンシングも嗜んだ。リンドウとは二十程年が離れているが、親友のような気安い仲となった。




 祖国ではただ剣を振り回し、家督の勉強からも逃げ回っていたアスターが、ここでは議会にも参加していた。初めは神主の娘婿としての紹介の場だった。来たばかりの新しい視点でこの国の問題点を指摘して欲しいとの要望を受けた。恐らくは形ばかりの流れだったのだろう。だがアスターはふと思ったことを言ってしまった。


「なぜニホンの記録をニホン語で取らないのですか?」




 そもそもアスターがヤマト国に来ることになったのは、自動翻訳とやらのズレからだとのことだった。ならば原語で保管して、目録だけ大陸語で作っておけばいい。


 文献を守るために島の奥に神社を設置し、それを読み解くのは神職の許可を得た者だけ。管理業務も神職のみ。神職はニホン出身者。であれば大陸語で書く必要が無い気がする。


 貸出や閲覧は禁止にしたほうが文献は傷みからも紛失からも守られるし、自動翻訳が機能しないニホン語を解する責任者、例えば神職以外の議会員によって、必要都度、必要箇所のみ翻訳複写すればよい。誰が何の記録を必要としたかも記録すれば、国防にも役立つのではないか。少なくともサイーデの様な輩は現れないし、居たとしても閲覧記録から足がつく。



 自分の経験からの意見をアスターが述べた時、議会は静まり返った。同席していたリンドウに帰宅後、脳筋ぽい大陸人から盲点をついた意見が出るとは思わなかった、と言われた。……悪魔呼ばわりよりは酷くないと思う。





 それからはアドバイザーという職を得た。騎士団のようなケイサツに参加して巡回したり、大陸の国や文化、政治の仕組みなどをリンドウに話したり、たまに森の賢者の所に遊びに行ったりもした。


 アスターには、初めて人生が上手くいっている実感があった。周囲に必要とされていた。家族の温かさを感じていた。シオンとの生活も順調だ。カイのようにアスターも国家への貢献が認められて、港町から首都へ引っ越した。少しだけ家が広くなった。


 シオンとは毎日睦み合っているが子はまだできない。だからこそ今だという考えが拭えない。今しか機会はないように思う。




 アスターはこれまで、ただ流されて来た。疑問にも思わなかった。自分が疫病神だからと諦め、改善も修復もしようともせず、ただ不幸を嘆いていた。突然の召喚がキッカケではあるが、アスターは逃げ出せたと思ってしまったのだった。


 このヤマト国でやってきたようなことを祖国でもしていれば、実は結ばずとも今のような気分にはならなかったのかもしれない。無論今の生活を捨てるつもりは無い。ただ、子供が生まれる前に、恥ずかしくない自分としてこの地に立ちたい、という考えがアスターの頭から離れなくなっていたのだった。



 ある日の暮れ方、神社にシオンを迎えに行ったアスターは、物陰で話すシオンとリンドウに気が付いた。盗み聞きするつもりはなかったが、自然と気配を消して歩いていたのか、二人はアスターに気が付かなかった。


「そろそろじゃない?」


「リンドウもそう思う?」


「……僕も今のうちに聞きたいことは聞いておくよ。」


「そうだね。渡したいもの、伝えたいことも今のうちにね。」


「姉上も……。淋しくなるね。」


「今の生活にすっかり慣れちゃったからでしょう。元より寄りかかるのには慣れてはいけなかったのよ。」


「そうだね、甘えてた。次期神主らしくしっかりするよ。翻訳と修復が減った分、研究に力が入れられるし。それも盲点をついてくれたアスターのおかげで……。これからも側で補佐していてくれないかな。」


「その時が来たら気持ち良く送り出すって言ったのはリンドウでしょ?自信を取り戻した彼が、帰国後自国に残るというのは考えられないことじゃないわ。」


「姉上はそれでいいの?」


「もう決めたから。ううん、最初から決めていたの。」


「そうか……。じゃあ僕は六歳らしく泣くとするよ。姉上はそろそろ帰らないとアスターが心配するんじゃない?」


「そうね。帰るわ。荷物の整理も始めないとね。」


「姉上……。そんな顔するくらいなら、ずっと一緒にヤマトで暮らそうってアスターに言えばいいのに。」


「リンドウ……ううっ……ひっく……」


 アスターはそれ以上聞いていられず、トリイの所まで引き返した。







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こちらもお時間がありましたらよろしくお願いします。



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