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生贄の騎士と奪胎の巫女  作者: ゆめみ
第一章 東の島
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I エロヒムエサイム……



 月も照らない朔の夜、草木も眠る丑三つ時。燈台に照らされ立ち上がるみだれ髪の女が一人。



「エルワムイッサム シッソナマエツケタ

 カミヨアクマヨ  シッソデミリョクテキ

 エロヒムエサイム カツドウテキナフラグウッタエル

 太陽神よ月の女神よ

 生贄を対価とし

 あるべきところにあらせ給え」







 その女はある日突然この島にやってきた少女サイーデ。帰り道もわからず、神社で世話になっている。ゆるいカールのかかった茶色い髪をしていて、貴族風の大陸共通語を話す。


 恩を返すべく神社の手伝いをするという訳でもない。出来ぬからと肩身を狭くする訳でもない。当たり前のように給仕を受け、布団の上げ下ろしをさせ、自分は片付けと称して資料庫の貴重な古文書をあさる日々を過ごしていた。





 ある新月の闇の夜。深夜に起き出してきたサイーデは、燈台の明かりを頼りにごそごそし始めた。――――筆を置き立ち上がり、やおら呪文を唱える。床にはいにしえの文字の魔法陣。




 神社で巫女をしている転生者シオンは、物音を聞き付け目を覚ました。慌てて身なりを整え部屋から出る。そこで偶然怪しい儀式に出くわしたのだ。


 ここは、古来から日本の転生者、転移者が多く集まる島。通常生活は西の大陸の共通語を使うが、名付けや儀式などは日本出身者が書き溜めた文献に基づいた日本語でなされる。


 サイーデが拝殿の床に書いた魔法陣も、読み上げた呪文も、その文献の一部……ではあるが何かがおかしい。シオンは板戸の隙間から垣間見しながら首を傾げる。


 ぼんやり魔法陣が光り始めた。慌ててシオンは戸を開け放ち、中へと一歩踏み込む。その瞬間、パッと閃光が走り、サイーデとシオンの目を眩ませた。




 ――――ようやく視力が戻り、二人が顔を上げたそこには、見知らぬ男性が座り込んでいた。




「やった!生贄召喚成功!!でも何で?生贄を捧げたんだから、早くわたくしをエルフェンバインに戻してよ!」


 喜び一転、大声で喚き出すサイーデ。神殿に詰め寄ろうとするが、魔法陣の上の生贄に睨み付けられ一歩下がる。


「愚か者。」


 男性が腹に響くような低い声で一言発した。しかし生贄の男性は口を動かしていない。各自が声の主を探るべく辺りを見回した。




 ――――部屋の隅、燈台の光が届かぬ暗闇から、白い人影が歩み出る。声は確かに男性のものだが、その姿は判然としない。肩には白っぽい鳥のようなものが止まっている。



「ここは我が友たる、彼の世界の神の社ぞ。このような所で我が名を呼び、怪しき召喚術を成すなど許されぬ。」


 小声ながら低く耳に響く、苛立ちを含んだ声で白い影が言った。


「どうして??アルタクスお兄様と同じように魔法陣を書いて、いにしえの呪文を唱えたのに、どうしてわたくしは帰れないの??」


「お前はなぜ悔い改めぬ。悪意よりも愚かさが勝っていた故、この地に飛ばすだけで済ませたが、もう我慢ならぬ。」


 声に含まれる怒りが増大するにつれ、人影の発する光が増し、後光のようにシルエットを浮かび上がらせていく。と同時に魔法陣の外の二人には、足元から震え上がるような恐怖と、決して逃げられない絶望感が込み上げていく。


「――うむ。友の案に乗り、サイーデ、お前を日本の死後の世界へ送り込んでやろう。」


 人影に名を呼ばれた途端、サイーデはビクンと肩を跳ねさせ、声無き悲鳴を上げた。


 次は自分かとシオンの震えが増した時、ふと見えない圧が緩んだ。


「そこな巫女たる娘。済まぬが時間切れだ。我らの代わりにしばしこの憐れな男の世話を頼む。」


 人影がシオンに顔を向けた気配がした。


「これは社の主の意志でもある。礼としてそなたに加護を掛ける故、役目を果たした後は社にとらわれず好きに生きるがよい。」


「チチッ。ピーチチチ。ピピッ!」


 肩の鳥が鳴き声を発し終えた瞬間、白い人影もサイーデもかき消えて光も去った。





「一体何なんだ……」


 つぶやきながら火魔法で明かりをつけた魔法陣の男に、シオンが慌てて言う。


「消して!ここで火魔法はだめです!火事になっちゃいます!」


「え?……あぁ。」


 男はすぐに火を消し、再び部屋は燈台の乏しい明かりだけに戻る。互いに言葉が通じることに安堵しながら、暗さに目を慣らした。



 しばらくしてシオンは行燈型ランプに魔力を込める。サイーデには魔力がなかったので、祭祀用の蝋燭や燈台を使うしかなかったのだ。やや明るくなった室内で、距離を取ったまま二人は互いに観察しあう。



 シオンが前世で聞いたことがあるような呪文を、サイーデが唱えていたが、魔法陣の男には黒い角や尖った牙、爪はない。――――服装は大陸の騎士風だ。



 男にとってシオンは始めて見る黒髪と変わった服装だが、野蛮さや嫌悪感、恐怖を感じることはないようだった。




 おもむろに男が言った。


「説明してくれ。」


 シオンは少し考える素振りをしてから答えた。


「先にここの責任者を起こしてきます。」











『引き篭り王子と祈らない聖女』のサイーデさん、友情出演ありがとうございました。あと一人……

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【関連小説】

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こちらもお時間がありましたらよろしくお願いします。



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