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てんせヰのゑゐゆう  作者: 皐月雨皐月晴
一章:安寧の日々
9/28

三人の生活へ/参

 ベランダの硝子窓から射し込む朝の光で、目を覚ます。

 眩しい……、と不機嫌そうに顔を『同床物(どうしょうぶつ)』に押し当て、すぐにのそりと起き上がった。

 昨日は驚きの連続だったからか、うっかりカーテンを閉め切るのを忘れていたようだ。 

 怪我の功名でもあった。そうでなければ、少年の起床時間はもっと遅れていただろう。

 昨日までのどんより雲と、強く窓を叩いていた猛吹雪はどこへやら。青く澄んだ晴天だ。

 時計は8時30分ちょうど。毎日7時には起きていたのが、今朝は寝すごしてしまった。

 一度寝惚けて転げ落ちてしまった体験が、あの朝の節々(ふしぶし)の痛みが忘れられない階段を慎重に降りると、一階の二人はもうとっくに起き出して活動していた。

 ミラは朝食の支度を、シュルツは彫刻刀で、熱心に動物の木彫りをしている。


「おはよう、ございます」 


 とりあえず通じるまでにはなったトート語で、たどたどしくも挨拶する。


「おはよう」

「おはよう! ライ。今日はお寝坊さんね」


 ミラとは、一対一の語学授業ですぐにうちとけた。彼女の狐耳がぴこぴこと動いている。

 いやぁー。そう笑ってごまかしながら、顔を洗いに洗面所へ。すぐに歯を磨かなくては。

 手ごわい寝癖をやっつけることを諦めた少年は、再戦を決意して一度席に座った。

 羅衣の部屋のそれよりも倍以上に大きい、居間の天井にある輝明機の光が必要ないほどに、朱星の温かい朝日が部屋を満たしている。今日もいいことしかなさそうだ。

 食卓に置かれた木の俎板(まないた)の上に、中身を()()かれた大きい南瓜(かぼちゃ)が鎮座していた。眼と口があいている。この、悪事でも考えていそうな笑顔の形は、シュルツが彫ったのだろうか。

 これは……自分には被れるだろうか。被れないだろうか。


 ——被っちゃ駄目かな。


 ❂❂❂


 羅衣がそわそわしている理由には心当たりがないが、この少年は、興味がある物には視線が固定されて動かなくなる。普段の言葉数は少なくとも、感情がわかりやすく、ほのぼのする。

 この南瓜を熱心に見つめているのは、もしかしたら……彼の何らかの記憶がよびおこされているのでは——……。


「被れない、かな、これ……」


 考えすぎだった。

 しかし、人の頭部が入る幅の穴は開けていないと教えると、きっとがっかりさせてしまう。

 トート語は、習い始めた当初こそ苦労していたが、今では、聞き取りならばまず問題なくできるようになったそうだ。10日にも満たない短期間で、熱意を持って真面目に学び、男子はやり遂げた。


(大したものではないか)


 酷似している言葉を話していたとはいえ、彼の不断の努力は褒め称えられてしかるべきだ。

 シュルツは作業を中断してごみ箱の上で手を払うと、自分の隣に座ってなおも冬南瓜の『ジャコ・ラタン』と睨めっこをしている、羅衣の寝癖が付いた髪を撫でた。


「今日は天気もいい。村まで行ってみようか」

「!」


 羅衣は眠たそうに欠伸をしていたが、シュルツの提案に驚くと途端にしゃきっとした。

 元気良く「行きます!」と返事をしてから、外を見て、時計を見て、また外を見て、をくりかえす。にこにこ笑顔を見ていると、こちらまで嬉しくなるのだから——……、子どもたちはほんとうに尊いと思う。自分が見まいとしていた彼らこそ、未来に輝く綺羅(きら)(ぼし)なのだろう(羅衣の漢字も入っている)。

 ——うきあしだっているな……それもそうか。

 ライぐらいの小さい男の子には、この家は狭すぎるのだ。

 ましてや、これまでは勉強漬けだったのだから、時には息抜きも必要だろう。


「シュルツさん。この顔は、なんなの?」

「昔から、ここアガララス地方に伝わっていた文化を、キテオンが独自にとりいれたものだ。ジャコ・ラタンといってな。一見被り物と誤解するだろうが、儂らには狐耳があるから帽子さえ被ることは難しい。だから、こうするのだ」


 シュルツが言霊を誯えた。キテオンなら子どもたちでも扱える、小さな狐火を両手のなかに生みだすと、少年の顔近くで揺らめかせる。


「あ! これって! ——あれだ、あの、木丸? 狐火照明の灯り」

「くっくっく。どうだ。凄いだろう?」

(ずる)い!」

「ず……!?」

「俺も、それ、出したい!」


 必死にシュルツの裾を引っ張って主張する羅衣を「まあまあ落ち着け」老人は笑って、そう(たしな)める。


「言ったろう。この狐火は、儂らがテテライヤ様から与えられた加護だ。キテオン族以外の種族は呼び出せん」

「う~。炎が出せたら、便利なのに……」

「いやいや。この炎は物を燃やしたり、温めたりする効果はないぞ。儂らにも幻術を見せるほかには——……それ以外では、せいぜい灯りにしか利用していない」


 そのせいぜいでいい、とばかりに、羅衣は未練たらたらの目で紫炎を追いかけている。


「俺にも、——……」


 小声で内容を聞き取れなかった。シュルツに尋ねたというより、少年の隠していた内心の気懸りが言葉になって、口から衝いてでてしまったようだった。


 ——そうだろう……、不安、だろうなぁ。


 少し寂しそうな表情で言葉を止めた羅衣の頭に、シュルツはこつんと手の甲を当てた。


「あた」

「ライにも神様はいらっしゃる。きみの身をいつも気に掛けておられる。だから、大丈夫。いつかは霊玉も扱えるようになる」

「……俺が異世界人だとしたら、この世界の神様には」

「そうではない。儂らが今このとき、この地に生きていられること、生命があること、これだけで神に、星に愛されている証明と思えないか?」

「今を健康に生きていられる。それそのものが『奇跡』だと思えば、多少の悩みなどちっぽけなものだ」


 狐火が南瓜の皮をすりぬけて、顔の内部に納まった。内部で渦巻くと明るさを増した。

 日の光とは色彩が違う、されど美しい光が口角を上げて、内から輝く笑顔を見せている。

 この笑みは、(はた)()には早合点されがちだが、じつは苦悩する己自身を受けいれた者の表情を表しているのだ。

 子どもたちが菓子をねだる際に抱えて行く風習は風習でいいとして、本来これは(羅衣の要求ではないが)大人が一度、耳を無理に抑えてでも被らなければならない物といえよう。

 しばらく放心したように朱色の眼に狐火を灯していた羅衣は、シュルツの顔を正面から見て、ほどなく南瓜と同じように笑った。


「シュルツさん。……悩み忘れた」


(忘れてしまったか)


 ❂❂❂


 暖炉の火がちろちろと舌をだしていた。室温は暖かく眠気に誘われるが、目の前に置かれたパンと南瓜のスープの匂いには勝てなかった。合成樹脂とやらでできている細い蓋開けは、とうに彼の片手に装備されている。

 羅衣は瓶に入った牛乳を木のコップにそれぞれ注ぎ、二人に手渡した。蓋はなるべく穴が目立たないようにあけてあり、洗ったそれらは彼のズボンのポケットに押し込まれた。

 コレクッションがまた増えたー。コレクションだと教えられてがくんとなった——このときになってようやく察したが、夫婦は羅衣が起きてくるまで朝食を待っていてくれたらしい。

 朝の早い二人の食事を、自分が遅らせてしまったと後悔する。

 もう二度と寝坊しない、少年は密かに心に誓った。



 食事中、羅衣は二人に昨夜の出来事を話した。変形して、鞄になって、楽器が出てきて、抱き枕にはならなかったこと、身振り手振りを(まじ)えて。


「なるほどな。やはり神器だったか。まさか物体が形をかえるとは……聞いたこともないぞ」


 シュルツは感心したように羅衣を見て、顎に手を当てると呟いた。


「魔機でも、ないの?」

「ああ。魔紋が刻まれておらんしなぁ。なにより魔法機には、一つの形に一つの役割しか付与できん。照明として作った膜に光を灯す、といったようにな。羅衣の箱のように内から光り、熱を発し、姿を変化させ、物理法則を無視して物を収納できる道具など、この星のどこを探したって見つからんだろう。神の創作物にちがいない」

「神様は、羅衣にそんな凄い物を贈ってくださったのね」


 ミラはパンにバターを塗りながら、にこやかにそう言った。彼女は少年の身の上に心底同情していたのだ。この話に心が軽くなったのだろう。

 シュルツはそんな妻に目配せすると、羅衣に前々から考えていたある提案をした。


「ライよ。ミラとも話し合ったのだが、やはりその頟は隠しておくべきだと儂は思う」

「そう、かな?」

「そうだ。中央村に住む住民も、別段、異種族人を差別しないだろうが……君には神紋がないのだ。この世界の人々は全員、主たる神の加護を示す証を持っている。それがないと知られては、彼らに()らぬ誤解や偏見を与えてしまうやもしれん」


 すなわち、必ず持っていなければならない身分証明証を、羅衣は所持していないのである。

 最悪、あの亜族と間違えられるかもしれないと聞けば、少年に反対する理由はないはず。

 果たして羅衣が黙りこくって頷くと、シュルツは励ますように言葉を掛けた。


「心配するな。儂らは君が来訪者で、亜人ではないことを確信している。赤い血が流れて——……いいや、よしんば亜人だったとしても、妻の恩人を路頭に迷わせたりはせぬ」

「シュルツの言うとおりよ。私たちは、ずっときみの味方ですからね。——……ほら、これを見て。けっこうかわいくできたと思うのだけど、どうかしら?」


 食事を終え、手を流しで洗ったミラが(たん)()から取り出して来たそれは、鮮やかな紅色の、とても長いマフラーだった。

 注目する男たちの前で、彼女はくるくると回りながら両手で自慢げに広げる。

 シュルツは妻の、まるで(いたい)()な村娘のように純粋無垢な振る舞いに、内心では不覚にも、

 ——可愛い…!

 と呟いてしまうが、羅衣は真剣な顔で編み目に人差し指を這わせていた。


「あの、これは、ミラさんが毎日、編んでいた……?」

「ええ、そうですよ。編み物は久しぶりだったけれど、やっぱり楽しいですね。裁縫は趣味なの。これまで小物や服は編んだことがあるけど、マフラーは初めてだったから。この編み棒もシュルツが買って来てくれて。新調したのですよ」

 羅衣の瞳が、見事な出来栄えのマフラーを映す。

 夫は数日前、トカルの店で羅衣の衣服を受け取るついでに、妻にも贈り物として数種類の手編み糸を購入した。以前面(おも)()ゆくも手渡した編み棒を、彼女が操るところが見たかったのだ。

 しまった……、いくら暖かくなるといっても、あの子用に防寒具を買って来なければ。こうもらした彼に、ミラは「わたしに任せて」と言って裁縫道具を広げると、一人張りきって糸を選び出し、さらに張り切って何やら編み始めた。多趣味な家内の腕前は、まるで衰えしらず。


(たった数日で、こんなにも長いマフラーを編み上げるとは)


 シュルツも驚いていた。

 なにせ羅衣や自分が何を編んでいるのか尋ねても、妻は内緒の一点張りだったのである。完成が近付くと部屋に閉じ篭って作業する徹底ぶりには、さすがに少年と二人、顔を見合わせて不思議がったものだが……。


「うむ。——これは大作だ」


 正直、(えり)()きにしても長すぎるのではないか、などと、こんな感想は口に出せなかった。

 妻は早速、自作のマフラーを羅衣の首元にかざして、ああでもない、こうでもないと巻きかたを模索している。少年は持っていたコップを置いて、両手を膝に。かちんと固まっていた。

 まだパンを食べているあの子からすればおちつかないだろうに、と気にしたが、羅衣は咀嚼(そしゃく)しながらも嬉しそうに目を瞑って、大人しくされるがままだ。

 紅はミラの好きな色。星の観測も趣味にしている彼女が好む理由も察しが付く。

 女性らしい美麗な色であり、朱星の——大いなる母の色。

 キテオン族の男性が身に着ける色ではないかもしれないが、少年は頬をゆるませている。

 そうした様子を眺めていると、シュルツの眼界に、懐かしい過去の情景が重なった。



 ——息子が8歳のときだったか。

 家族三人で平和に暮らしていたある日、妻は息子の誕生祝いに手作りの財布を贈った。

 色も、あのマフラーと同じような赤色だった。

 当時はまだ、妻は編み物を習い始めたばかり。

 儂の目から見ても財布は……少々、不格好だったが、あの子は大層喜んだ。

 遊びに行った折にも、必ず持って行った。

 それなのに——……ある日を境に、持ち歩かなくなった。

 まるで存在を忘れてしまったかのように。

 息子の部屋に置いていた机の引きだし、奥底に隠すように保管してあったそれは、何箇所か小さく穴があいて、茶色に汚れていた。

 儂は、その理由を問おうとはしなかった。

 息子が死んで、遺品を整理して見つけた、それ以前から。

 あやつの、友人の保護者から事情を聞いていたからだ。

 なんでも苛めっ子とその取り巻きに、女の子が持つような色だ、変な形の財布だと馬鹿にされたらしい。

 気弱な子だった——……、外遊びは好きではなく、床に腹這いになってクレヨンで絵をかけば、1日数回は見せに来る子どもだった。

 それまでは喧嘩したことさえなかったのだ。

 息子は顔を真っ赤にして逃げだしたが、集団で追い回され、腕ずくで財布を奪われて、道沿いの溝に落とされてしまった。

 そのときも近くにいた息子の『友達』は、誰しもが関わり合いにならないよう背を向けて、見て見ぬふりをした。

 そして顔を真っ青にして後日、子どもたちの両親が謝罪に来た。

 事情を耳にいれた儂が、何か沙汰(さた)を下すと怖れていたのだろう。

 神紋より上に組んだ両手を(かざ)して(ひざまず)く姿にも、何も感じない。

 べつに、そのようなことはつゆほども考えていなかったというのに……。

 子どものいざこざに大人が介入するなど。

 みっともない。

 儂が動けば、あの子が口を閉ざして隠しきった『思い』が、無駄になるではないか。

 ……一人の親として、胸の内に怒りが湧きおこるのは、当然だ。

 少年少女の行いに対して以上に、族長の怒りを買うことをただ怖れ、目の前で震える保護者連中には失望した。

 村でもあの連中は、自身の役員という立場に(おご)り、不正を行っていた証拠もおさえてある。

 儂は村の安定を優先して、それを(つい)ぞ咎められなんだ……、親がこんなことではいけない。

 息子の友達の一人が親に告げなければ、彼らはなおも知らぬ存ぜぬとごまかしつづけたにちがいない。

 これは確実だと思うが、誰一人謝りにも来なかっただろう。

 一言だけ、「息子を見縊(くび)るな!」そう怒鳴り付けたあの日を鮮明に記憶している。

 あの子はつらかった経験を、儂ら家族にもけっして話さずにひた隠した。

 気付けなかった自分が、父親だからと彼らに怒声を浴びせる資格があったのか……?

 汚れた財布を泣きながら川で洗い、隠れるように自室へ持って帰った息子の心情を思うと、今でも胸がしめつけられる。

 あの子の、そうした一連の行動理由はなんだったのか?

 話すのが恥ずかしかったのか、無能な父には知られたくなかっただけか。

 ミラを、母を悲しませたくなかったのか。

 訊けずじまいになってしまったが、大きくなると——誰に似たのか——融通(ゆうずう)の効かない性格になったあいつは、訊きだそうにも話してくれなかっただろう。



 確かなことは一つだけ。






 ——()()()()、『()()()()()()()()()()





「シュルツ。……ねえ! ちょっと、どうしたのです?」


 ミラが、呼んでいる。


「——……ん、うん。どうしたのだ?」

「どうしたではありませんよ。羅衣に巻いてもらったの。ほら、似合っているでしょう?」

「あ……ああ。本当に」


(うむ、似合っている)


 長い髪もマフラーでしっかり巻いた羅衣は、パンを口に詰めたままで立ち上がり、彼の前でミラを習って一回転した。シュルツの予想は外れておらず、巻いて後ろに垂らした二本の裾は少年の腰まであった。


「でも、これだと長かったですね。編んでいるうちに楽しくなって、つい……。失敗しちゃったかしら」

「いえ! そんなこと、ないです。大人になったら、この長さが、ちょうどいいです」

「ふふ! 嬉しいわ。大人になっても使ってくれるんですね」


 上機嫌の妻は、唇に手を置いて上品に笑んだ。


 ——ああ……、あれはほんとうに嬉しいのだろうな。


 ごまかすように「裾のフリンジ、あ、そのひらひらです——……、がお洒落にできました」と解説しているが、数10年間彼女の夫をやっていれば、ある程度の感情は読みとれる。

 シュルツも小食のミラに()いで食事を終えると、用意しておいた品物を、背凭れに掛けていた上着の胸ポケットから取りだした。


「羅衣。儂から、——いいや、トカルからプレゼントだ」

「プレ……?」

「贈り物って意味ですよ」


 彼はシュルツに手渡されたそれを両手で受け取り、太いテープで止めてある紙の包みを丁寧に広げた。期待顔で笑ってくれれば充分なのだが、委縮しているのか遠慮しているのか、表情がこわばっている。出会って以来、我がままも、要望も、悩みも、羅衣は一度も話してくれない。


(記憶喪失だからではなく、この子本来の性分なのだな)


 中には折り畳まれた、羅衣の眼と同じ朱色の、正方形の美しい布が入っていた。


「シルク(絹)の、バンダナだ」

「おおっ」


 採寸のためにと一度家に来てくれた村の織り師——トカルの自信作だという、一辺1mをかるく超える長さのバンダナは、小さなテーブルクロスだと告げられても信じてしまうほどの大きさである。

 ただし、とても薄い。

 羅衣はさらりと揺れる布の、(なめ)らかな手触りに夢中になっていた。

 美しい光沢。透きとおっている。


「バンダナ……」

「頟を隠してみるか」


 これでは巻けないと、六、七回折ったバンダナは、秋になればシュカンの枝に咲く紫色の花びらを模した二つのピンでとめて、長方形にした。隠れた細工があるのだが……まだ秘密だ。

 少年の要望で、前額に鉢巻を巻くように固定すると、前髪が上からはらりと掛かる。結びめは顔の左側に。余りはかなりの長さになって、二本ともそのまま垂らすと顎の辺りまで伸びている。ミラが髪紐を持ち、後ろ髪を(うなじ)(あた)りで結び、もう一度彼のマフラーを巻き直した。


 ——形にはなったか。

 この子の(からす)()(いろ)の髪にも映えるではないか。

 そう伝えた。


「ありがとう、ございます」


 喜びをかみしめるように二人にお礼を言うと、少年はてれくさくなったのだろう。

 体ごとあさっての方向を向いて、(しき)りに首の後ろを触りだした。


「ふふ……」

「むぅ……なんで、笑うの……?」

「さあ、なんでかな」



 ——昔を——あの子を、思いだすようになった。

 思いだせるようになった。

 トカルの言葉で、いつからか視界を覆っていた(もや)が、払われたのかな。


 それこそ、これまでは何を考えて生きていたのだろう。






 ——忘れてよいわけが、なかろうに。




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