村のお調子者のベリオール/伍
夕暮れの教室。授業は終了して、部屋に残っているのはシエラと、一人の男子生徒のみ。
新年間近で図書館に出向こうとする女は私ぐらいかも、少女は窓から見える赤い雪の大地と、東区郊外の浄水場を眺めて笑った。
——家族と新年を祝うなんて、ごめんだわ。
今日でようやくこいつの、しつこい好意の押し付けから解放されるのね……。
そう考えると、少しは気分も明るくなるか。微々たるものであったが。
熱烈な想いを伝えきり、否、言い終わらせてももらえずに、奇麗にふられた男の表情たるや。
眼の下のピアス。突飛な髪色。国から入ってきた洋服、スーツを着崩したような、高いだけの私服、指輪、首飾り。その上にしわしわの梅干しが乗っている。
ぐちゃりと歪んだその顔は、ともすれば醜いとさえ思えた。
「僕は、君を、……4年間も」
俯いて体を左に傾けたまま動かなくなった、ベリオールの怪しい気配には嫌でも警戒する。
悪い予感はしていた。こういった事態を想定していたシエラは、勉強して、運動して、魔法と神術を学んできた。
【紫火渦・願囚】
迷惑なだけの告白途中から術に集中していた、シエラの両手が紫炎に包まれた。
薄く調整した狐火。教室に差し込む夕日が、彼の視認を妨げるだろう。
結果的に、シエラの予想は外れなかった。
「シエラァァ」
こちらに両手を伸ばして、突進して来る低劣な男。
完全に暴行だ。
こんな男がいるのだ。
「あたしに……触るな!!」
シエラの手から放たれた紫炎。彼女の眼前で燃え広がって、ベリオールが炎に触れるや否や、顔付近でぎゅんと凝縮した。これは対象の眼前だけを覆う目的の、シエラの工夫だ。
重い体を誤魔化して、握り拳を神紋に付ける。もう片方の手を高く上げた。
本紫色が室内から夕日を追い出してゆく。少女はみるみる疲労し、脚の震えが止まらない。
この術は、対象が現在最も望んでいる幻覚を見せて、意識を混濁させるもの。特に告白とは、相手に自分の想いを受け取って貰うための行為なのだから、この術の効果が最大限に発揮される状況下だと考えた。同族であっても、きっと通用する。
明確な身の危険への、対処である。
——テテライヤ様! どうかっ……このシエラをお守りください!
髪がふわりと浮き上がり、対して耳は、ぺたんと後ろに倒れて髪に付きそうだ。
「あ、うああ」
ベリオールは頬をべたべた触って寝惚けたような声をもらしていたが、必死なシエラの術に抗えず、ガタン、と近くの机に脇腹をぶつけて倒れた。
華奢な傍観者は、支えようともしなかった。
たとえ彼が頭から机の角に激突したとしても、かまわなかっただろう。
「うう、けほ。——……! っはあ! はあ……」
荒い息で床にへたり込んで、シエラは吐き気を懸命に堪える。
——ああ、そう、だったわ………………この術は——……。
相手の願望を、術者本人も詳細に覗いてしまう。
それゆえに、この術は一族の掟で使用を厳格に規定されているのだ。『禁術』指定を受けている。
心を読めてしまっては、他者との円滑な交流における妨げになるからだという。
これには彼女は異論があった。とはいえ、ぶつける相手がわからない。
狐人の幻は、使い方次第によっては、幻術に囚われた相手を意のままに操ることも、その者の心を読み取ることもできる。
頼んでもいないというのに——脳内に再現されたベリオールの望みは、シエラの頭を抱え込み、無理やり唇を奪うことにあった。胸を揉みしだき、首筋に所有の跡を刻み付け、彼女の白いワンピースを引き千切る勢いで脱がせると、舌を……。
「あぁ!」
こんな男と、四年間も、同じ学び舎で学んでいた。
こんな記憶は。脳に手を突っ込んで取り出して、床に叩き付けて、踏み潰してしまいたい。
少女の危機感と決意が欠如していれば、とうに手遅れだっただろう。
「女神様。ありがとう、ございます」
震え声。心から感謝の言葉を呟いた。
疲れてこそいても、先の術の使用に対して頭痛や発熱、気絶といった主神の制裁はない。
土地神は、彼女の願いを聞き届けてくれたのだ。
シエラは汚物を避けるかのように教室の隅をささっと移動して、力任せに扉を開けると。
伸びているベリオールを一瞥もせずに、楽しかった記憶が一つもない部屋を出て行った。
意志のない大人は頼りにならない。子どもには力がない。
誰かの助けのみを期待する、自らの弱い心が駄目なのだ。ミラやエリーの主張、これぞ正しい。
——勉強して、ちゃんと頑張って…………そして私は。
「シエラ! シエラ、ちょ、あれ!」
羅衣に肩をつつかれて、少女は我に返った。
「え、ええ。何かしら」
「あの人たち。耳になんか、なんか付けられてるよ! 取ってあげないとっ。……で、でも、あれはどうやって付いてるの? ——もしかして耳に、あ……穴を……!」
「そうよ。ピアスっていってね、耳や顔に小さく穴を開けてから、彼らは自分であの輪っかを通してるの。詳しくないからよくわからないけど、何かを使って髪も染めてるのよ」
信じ難い、といった相貌の羅衣は、自分とシエラを取り囲むベリオールの取り巻きを順に見つめて、そして喚き散らす少年に視線を戻すと。
「お馬鹿ちん!」
接頭語、お、を付けて、キテオン語で叫んだ(偶然にも、共通語でも同音同義語が、ある)。
「んだと、こいつ!」
「喋れんのか、あの余所者!」
「やっぱり男じゃんか。可愛い顔してるから騙されたわ」
いきり立つ六人を前に、羅衣はシエラに紙袋二つを持ってもらって、ずいっと前に進み出る。
その背中は、シエラの心象、贔屓を差し引いて見ても実に堂々としたもので。
「なんなんだ、あんたらは。これから俺たち、パンを買いに行くからどいてくれ」
そう言うと、ちらっとシエラに顔を向けて目配せした。今までしていなかった慣れない仕草はぎこちなく、わざとかと疑ってしまうほど両目を閉じていたとはいえ。
(通訳して、って意味かしら)
彼女がその内容をキテオン語で伝えると、彼らは悪態をやめて羅衣とシエラを交互に睨んだ。喧嘩でもするつもりなのか。
ところが、おもしろい。連中はどこか迫力に欠けている。
自分たちにまったく動じない異種族人を前に、僅かな戸惑いが見え隠れする。
甘やかされて育った2人の少年、4人の少女(彼女らは、全員がベリオールの彼女だ)。
村一番の大富豪クエンカ家と懇意にしている、魔法使いの家系に取り入りたい、そう企てているのだとシエラは推察する。
そうでなければ4年もの間、そしてこれからも、彼の後ろを『鈍魚』の糞よろしく付いて回る日々は、苦痛以外の何ものでもないはずだ。
いいや、それを内心では嫌がっていようとも、一度でも彼に下出に出てしまえば、クラス内でもグループ内でもそうふるまいつづけなければならなくなる。
ベリオールの『友達』ではない。自分を失った『家来たち』だ。
「邪魔だよ、道を開けろ」
羅衣を射殺さんばかりの目付きで睨み、それまでは黙っていたベリオール。歩き出した彼が、家来の男の肩を押し出して。
羅衣よりも10cmは高い目線から、2mもない距離で向かい合う。
この村の魔法機は、今や住民の生活になくてはならない物。仮に物価が二倍、三倍に高騰しようとも(恣意的に値上げされようとも)、住民達は今後も購入し続けなければならない。
安価な魔石の寿命は短い。魔球石の状態を長く保てないのだ。管理の技術までクエンカが独占しているこの現状を、村の役員や村長リチャードでさえ変えられないのだから、大人の不甲斐ない対応理由も推して知るべし。
現に過去、誰からも歯向かわれなかったというのに。
シエラの目線の先には、家々の屋根から姿を見せる神樹ライヤの太く力強い幹と葉。
トカルに貰ったという——額に巻いた鉢巻の裾と、結んだ後ろ髪を風に煽がせる、神器を背負った少年の背中。ミラと言葉を交えるときのように、特に姿勢が良い。
青色の民族服を身に付けた彼は、ベリオールたちよりもずっとキテオン族の誇りにあふれている。
シエラは心震えて胸が熱くなった。
「君。余所者がしゃしゃり出ていい話じゃないのさ。彼女には、僕の想いに応えてもらわないと。今後、シエラに指一本でも触れることは許さない。今すぐここから消えておくれ。じじばばと郊外で暮らしてろ。そうすれば」
今回は、見逃してやるよ。父親から習った、と自慢していたトート語で、高圧的に妄言をぬかす男に、話の内容もわからぬまま称賛の声と拍手を届ける取り巻き連中。落魄れたものだ。
彼は気分が良くなったのだろう。右眼の下に付けてあるピアスを撫でながらにやりとした。
少女はこの仕草も嫌悪していた。
——ほんっと、いちいちむかつく男……。
羅衣は、その言葉を聞いて両手を腰に。
そのまま少しのまをおくと「あっぶなかった~」そう、心から安堵したように声を発した。
「——……はあ? なにごまかそうとそうとしてんだよ。言っとくが、僕はきみを許しはしないぞ。逃げたところで必ず」
「だっれが逃げるか、馬鹿たれが」
ベリオールは顔を土気色にした。怒りをふりきって放心したのか、言葉を失くしている。
今まで一度も、正面から口撃された経験がなかったのだ。
「シエラが嫌がってるだろ。消えるのはお前だ、勘違い男。なんだろうな、外見も口調も性格も、全て馬鹿っぽいんだよ」
自分より体格の良い年上の男——ぞろぞろと配下を引き連れた柄の悪い男を前にして、ここまで啖呵を切った羅衣に、シエラは胸が空く思いだった
誰も口にできなかった文句を、よくぞ言ってくれた。恐々とこちらを注目している人だかり、集まった住民たちもそう思っているに違いない。
「くぅ……! 君……、お前……っ、僕が誰だか」
「知っているよ。俺の人生に必要ない奴だろ? お前の名前を覚えるぐらいなら、キテオン語の単語を一語でも詰め込んだ方が、よっぽどためになるよ」
自分の人生に必要ない。
——そうよ! うん、ほんとに、あなたの言うとおりだわ!
ベリオールは目を血走らせる。犬歯を覗かせた狂気の顔。
彼の首と鎖骨辺りを渦巻いた紫炎が揺らめき、脂汗がぷつぷつと顔中に浮かんだ。
——『戒炎』の、禁術……! 狂っても、善良な相手に使っていい術じゃない!
後方から二人を窺っていたシエラも、これには愕然として、羅衣の前に立とうとしたが。
「ちょ、まて。今いいとこなんだっ」
ベリオールを、正面を見遣ったまま、少年は少女の肩を押さえて止めた。
「ここで上手くやれば、お二人に自慢できるぞ」
「——……きみって……!」
呆れたような、しかし微かに嬉しそうな声を漏らして、シエラは自分の荷物を一つずつ両肩に掛けると、三歩、四歩後ろに下がった。下がりながらも、大声でベリオールに警告する。
「ベリオール! ……もし! 羅衣にそんな術を掛けようものなら、テテライヤ様の裁きが下されるわ! あんたの! 家来にもね!」
家来の自覚があったのか。憎らしい彼らも、シエラの侮蔑に反応せず不安げに目配せし合うと、ベリオールの背中に向かって「落ち着いて!」「そんな奴、無視すればいいじゃない」「シエラとだけ話せれば問題ないわ!」そう口々に言った。
ベリオールには騒音にしか聞こえていないのか、術を止める気配はない。
いよいよ焦ったシエラは、羅衣の前だからと、少しでもお淑やかに振る舞いたかった自分をかなぐり捨てて叫んだ。
「気持ち悪い! あんたって本当に最っっ低の男だわ!! あたしを、女を、いやらしい目でしか見れない男。あたしは! あんたなんかと出会いたくもなかった!」
「告白は、断ったのよ! あたしが、あんたの、気持ち悪い欲望を覗いたことだって……! 知ってるくせに! よくまたあたしの前に顔を出せたわね!」
ぺたんこにして心の隙間に押し込んでいた積年の恨み、次から次へと口を衝いてくる。
「学び舎で同じクラスなのがいや。あたしの髪や体を、のぼせた目で見ることがいや。帰り道に後ろを付け回すことがいや。下品で不潔なところがいや。自惚れて人を見下すところがいや!」
息継ぎをして、あらん限り声を張り上げる。
「全部きらい! 大きらい!」
人を喰らう蟲よりも大嫌いな男は、完全に硬直した。
『伽蚊』を数匹バチンと潰せた夏の日さながら、すっきりしたシエラは肩を上下させて、横髪の紫リボンをくるくる指に巻き付けた。
(言ってやった)
鬱憤を発散できた。それ自体は素晴らしいが、なぜか目の前の羅衣が俯いてよろよろしていた。
「すごい……! あんなこといわれたら、俺なら倒れちゃうかも——……」
そんな独り言を、蒸気した顔の熱を落ち着かせていたシエラはしっかり聞きとった。
「ラ、ライ? あたしはべつに、きみに言ったんじゃないのよ? ね?」
「うん…………でも、すごかった……」
総合すると立っていた位置が悪かった、ベリオールと対峙していた1分前の元気、見る影もなくなってしまった少年に、自分は何を伝えるべきか。
「えっちなライは、あいつとは違うもの。えっちだけど、他人をむやみに傷付けたり、馬鹿にしたりしないでしょ? 胸肉二つとか、そういうのえっちだけど」
「よぉーし、わかったぁ。帰ったら絶対、その言葉の意味を辞書で調べる」
羅衣はベリオールに一瞬気の毒そうな顔を見せたが、シエラの手を取ってこの場を通り過ぎようと。
「はあ、ああああ、ははは……!」
泣き笑いの表情。乾き切った笑い声を一帯に響かせる男。
濁った紫眼が、羅衣を虚ろに捉えている。
「あんた……! まだ」
「シエラ。こいつが好きか?」
ぼふん、と、顔が爆発したかと思った。現地語、羅衣はあの質問の内容を理解してしまっただろうか。
「は、はあ? なによっ。あんたには関係ないでしょ」
「いやあ、僕は幼馴染だ。君に、幸せになってほしいだけなんだよぉ。わかるだろぅ?」
ひひ……。不気味な笑みが、顔面にこびり付いている。
取り巻きたちも、今度ばかりは露骨に彼から距離を取った。
「髪が! 何あれ、なに?」
「ベリオールさん……!」
「ね、ねえ、もう止めたほうが」
「このちびに、ほんとうに、『男の欲』がないのか……試してみよう」
ベリオールの、羅衣よりもずっと長い、赤く染めていた髪。いきなり鋏か何かで切られたように肩口よりも短くなり、消えてしまった。魔力は感じない。あれは、魔法ではあるまい。
——あいつの髪が、ばっさり切ったみたいに!
男子のおかっぱははじめて見たけど、まあ以前の長髪よりは、……大差ないか。
「わぶ!」
様子が可笑しいおかっぱ頭の足元から、羅衣の身長より高く燃え広がった紫炎が呼び出された。以前のシエラの術と同じように小さくなると、一気に羅衣の顔全体を覆ってしまった。
「ライ! く、あんた! テテライヤ様が——」
「そうかい。僕は、君の言葉を証明したかっただけだよ」
短髪となって、にやけ面を晒す男などにかまっているときではない。
彼の術の規模も練度も解せないが、幻術の解除を急がなければ。
——う……これって、こんなの、どうやったら——……!
あの髪の異変に秘密があると見た。炎に宿る術の濃度で察したが、この術は過去、シエラが見てきたどの狐火よりも練度が高い。ミラの、あのとんでもない常術【結解術】と同等だろう。
未熟な少女にはまるで手が出せない。
時間が必要だ。羅衣の額に指を押し当て、術の解除に集中する時間が。
彼の口ぶりから察するに、ふざけた悪巧みをしたのだ。羅衣を利用して、自分に危害を。
「ライ! ライっ! 気をしっかりもって!」
(こんな力を、ベリオールが隠していたなんて)
禁術を扱える彼が不可解だった。
種族が使用する神術は、種神が、自神の創り出した種族に与え給うた加護。比類なき力の一端。
どこで、誰が、どんな術を、誰に掛けたのか。その全ての情報は、主神の元へ届くという。
胸の内までも確かめられて、力の使い方を違えたと神自らが判断した暁には、その者には裁きが下される。救いなき破滅の未来が待つらしい。
羅衣が追い払った亜人、知性と言語を奪われた亜族という存在は、神の裁きを受けた背徳者のなれのはてとも伝えられている。
なればこそ、種族は(人は)術の使用をためらい、魔法の習得を優先するのである。
気まぐれな神がこちらの想定もしていない事で憤り、激昂してしまったら。
取り返しがつかない。
一度でもそうなれば、自分たちにこれまでどおりの明日はないのだから、それも当然であろう。
神術を扱う、操るためには。勉学や練習、想像力、それよりもなによりも『覚悟』が必要だ。
自らの心を、神に、あけひろげる覚悟が。
ベリオールにそんなものは、ない。
——ないに決まってるのに!
羅衣は、シエラがいつも抱えていた人形よろしく、頭部が前屈してしまった。黒髪が、本紫ではなく黒に近い紫炎で覆われて、シエラの声が届かない。
「さあてと。神よ! 今から実験いたしまーす!」
さも愉快そうに大声を振り立てるこの男は、気でもふれてしまったのか。
「シエラの主張どおりぃ、こいつが僕と違って自分の欲望を抑え込めるかどうか! それともぉ、彼女を襲ってしまうのかどうか! ちびだろうと、餓鬼だろうと、男には女を自分のものにしたいって本能は、誰にでもあるのだと! 実証してやる!」
左手の指が気味悪く動き、羅衣が包まれる炎がその色味を濃いものにした。
シエラを独占したいと世迷いごとを口にしていたわりに、羅衣に自分を襲わせようとする奇妙さ(二人のどちらがよいかと問われれば、質問者を殴ったのちに羅衣を選ぶが)。
首を両腕で押さえて苦しそうな少年を、シエラは見ていられなくなった。
「ライ! ごめんね。あたしが巻き、込んじゃったから」
届いてはいないのだろう。されども、こんな涙声になろうとも、この謝罪だけは伝えなくては。
くすんだ紫色に支配されて、これでは顔全体が燃えているようだ。頭部から二本伸びる長い炎がキテオン族の狐耳に酷似しており、体の周囲で鞭のように振られている限りは、近付けない。
一方的に術を掛けられて、人であれば誰であっても心の深層に隠している欲求を引き出される。
暴力を無理強いされる気分が、最高であるはずないのだ。
幻術に支配され、忌々しい男に唆されるまま、シエラに向かって来た彼は、はたしてどんな表情をしているのか。
——このままあたしは…………でも、ライにだったら。
ベリオールよりも、ううん、村の誰よりも。
あたしはこの子が。
自分より背は低くとも、少女は少年に、力では抵抗できないとわかっていた。
下手に抵抗を続けて、精神が壊れてしまえば、死んでしまったと同義。ただでさえ彼は、『記憶』が少ない。全て覗かれてしまう。そうなっては——……。
だが、欲を満たせば術は解ける。
(羅衣の、欲望のまま)
「ごめんね。ライ……」
少年の右腕が自分の体を掴むだろう。痛いだろうか。酷いことを、されてしまうのだろうか。
(どうなっても、この子は何も悪くないんだから)
心の準備を済ませ、涙の雫を溢す目を静かに伏せようとしたシエラは——……真正面で目撃した。
羅衣の握り拳が。
彼自身の股間を、振り被って強打した瞬間を。




