村のお調子者のベリオール/参
シュルツの店をあとにして、シエラは向かいのシーダ夫妻が経営する洋服店に入った。
この店には一度、母エリーと見に来たことがあった。家に忘れて来てしまった、あの黄色い巾着を買った店だ。エリーは病気で寝たきりになる以前は、買い物が趣味とまで話していた。
女性用の洋服、下着だけでなく、防寒具や耳を出す穴が開いた獣人用の帽子、果ては小物入れまで品揃えは豊富だった。物欲とはままならぬもので、こうして一度認識すると長く燻り続ける。
シーダはここ、女性物を扱う洋服店で、衣服の考案から作成までこなしているという。
その品質は、さすがトカルの娘だと大層評判が良く、来店している客層は子どもからお年寄りまでとても広い。織師だけでなく、他の職種でも雇っている従業員の技術は高いのだそうだ。
店の外装は、トカルの販売店と大差はない。この村のいたるところに建てられた一般様式の家を改装している店舗だが、外装に拘っていない分、とても大きい造りだった。
薄く桃色に塗られた室内の壁に、多色な色紙で折られたケネキの花が付けてある。実物もこの色合いであれば人々から好まれること請け合いだろうに、非常に惜しまれる。
シーダの夫、オロン・バンスターはパプラまで用事があるらしく、今日は不在だった。
「これはどお? ちょーと子どもっぽいかな?」
「どうでしょう」
「もー、機嫌直してよ~」
ぶすっとしているシエラを見て、弱った……、といわんばかりに目を瞑っている女性は、耳が微かに横へ動くシエラにこっそりと、尋ねた。
「腕が私のおっぱいに当たって、あの子がてれてたから?」
「……~!」
「あわわ」
すごい顔だな~。そう言って苦笑するシーダ。さらに旋毛を曲げたシエラから一旦離れた。二人組のうち、若い女性客の一人に質問された店員に代わって、商品の説明を始めている。
ややあって、シエラも商品を選び始めた。
今回は、少女の下着を見に来たのである。
服はミラが用意してくれた、彼女の古着のみで十分だと考えていた。少女には散財の趣味はなかったので、金が掛かる買い物はむしろ敬遠していたのだ。
流行の洋服が欲しいと願ったことなど、それこそ豪邸で暮らしていた頃から、ない。
強いて挙げれば本を買いたかったが、近頃ではミラの蔵書が少女の知識欲を満たしてくれる。
キースは毎月、小遣いだけは欠かすことなく渡していたが、娘はそれを生活費以外にはほとんど使用していない。家を出る際には一ヶ月分の小遣いの額だけを持ち出して、残りの貯金は全て離れに置いて来た。
幼少時代は苦労したという母親からも、しっかり『お金の大切さ』というものを教え込まれたシエラにとって、今回の買い物も、あのお二人に余計なお金を、と心苦しく思うのだが、
——さすがに、下着は数着だと厳しいわ…………。
少女はかなり追い詰められていた。
この機会は貴重だ。買い物自体は嫌いじゃないシエラは、ハンガーに掛けられた商品を何点か取って見比べてみる。シーダが子どもっぽいと称していた下着もじっくり吟味してみたが、自分にはこれでもむしろ大人っぽく見えてしまう。
——こんなフリフリが付いて………こっちのなんて、どこを隠そうとしてるのかわかんないし。
これで子どもっぽいのなら、今あたしが付けているのは何? 赤ちゃん用って意味なの!?
また機嫌が悪くなり出した心の自分を抑え、彼女は商品の値段を注視しながら数分まえの出来事を思わずにはいられない。
——ライったら、でれっでれして!
結局、シエラの不機嫌な理由は『これ』だった。俯いていてもわかった——耳を赤くしていた彼を思い出すと、即座に狐火で意識を奪って、引き摺ってでも帰りたい衝動に駆られてしまう。
——学び舎の男子も胸の話ばっかりしてたし、やっぱり好きなのかしら……?
あの子も、そういうのに興味はあるのよね。
……髪は長くて女の子みたいだけど!
シエラは顎に指を当てて、つい鋭くなってしまう視線で一度売り場を見渡した。
こんな態度じゃいけない、そう思い直す。
日々忙しい社会人に、シエラの要望を叶えてもらったのだから。
ミラは出発前「お金の事は気にしないで、気に入った物はたくさん買って来てね。後日、シュルツが後払いで払いますから。トカルさんたちには話をとおしています」このように伝えて、二人を送りだした。
彼女は言葉にはしなかったが、自分が二人に付いて行かないことに気を咎めている様子だった。
一緒に行きたい、などとは羅衣もシエラも一言たりとも口にせず、シエラはミラの手を握って感謝の意を伝えた。ご厚意に甘えます。と言った。
さりとて下着もたくさん購入すれば、やはり値が張ってしまう。女性物は特にそうであった。
どこを探しても魅力的なブラ、ショーツばかり。いいな、と思う商品はいくらでも目にとまる。
「シーエーラーちゃんっ。ど? いいのはあった? ——あれれ?」
両手をシエラの肩に乗せて覗き込むシーダ。未だに空っぽの、少女が手に持った木の買い物篭を凝視して、へなりと元気をなくしてしまった。
「……あまり、可愛いのなかった? ——…………それとも、ほかに行き付けのお店の、下着が」
「いえっ、そうじゃないんです」
シエラは慌てて首を振った。明るい彼女が落ち込むと、自分がとても悪い行いをしてしまった気分になってしまう。
「その、どれも予想より、セ、セクシーというか」
セクシーを口篭もる少女を前に、即座に復活したシーダは熱く演説を始めた。
「それがいいんじゃない! うちはどんな種族の女性にも合う下着を開発して、販売したいの! 体型の違いこそあれど、女は例外なく綺麗になりたいって思う生き物なのよ! だから、下着は大事。スタイルを良くしてくれる、胸を大きく豊かにしてくれる、女の戦のときだって」
「わー!」
もっと慌てて、暴走するシーダの口を押えた。抑えたあともまだ、もがもが何か言っている。
「そんな恥ずかしいこと、大声で言わないでください! 誰か、男性に聞かれたら……!」
「むーんーむ」
「——ぷは。ここに来店する、勇気のある殿方はそうはいないわ。だって、入口近くにどんっと女性下着のコーナーがあるのよ。彼女持ちが、パートナーの付き添いに来たって苦しいわよー」
シエラが胸を張ると『大』はありそうな大きな胸が強調されて、シエラをいらいらさせる。
——あぁー、いらいらするわよー、これほんとー。
誰かの口調と口癖が移ったやさぐれる少女は、次に自分の胸と比較してしまって気落ちした。
溜息しか出てこない。これも羅衣が悪い。
それなりに成長してきたかな、とは思っているのだが、如何せんその成長速度が問題だと焦る、今日このごろ。
蒸し風呂に一緒に入ってしかと確認済みだが、ミラの胸も自分より大きかった。年を重ねても、彼女の肢体は抜群に綺麗だった。
——むむ……、そういえば、ミラさんも大人っぽい下着を付けてたわ。
お母さんはどうだったかな。
「——でねー、背中のお肉も胸に流して大きくするの。『貧』を『並』に、『並』を『中』に、『中』を『大』に、『大』を『特大』に! そして! 『特大』をー……!」
「『神』に、ですね。そんな脂肪の塊、揺らしている人が存在するとは思えませんが」
すっかり『不機嫌なシエラちゃん』に戻ってしまった少女。険悪な目付きで床を睨んでいる。
さしものシーダも、この辺りからあわあわし始めた。
「シ、シエラちゃん? そんなに怖い顔しちゃ、やーよ。——あー、ほらっ。君は以前、収穫祭の紫炎姫! 祭神衣を着て、舞を奉納した日があったじゃない? ああいうゆったりした服だと、胸の大きさ関係なく可愛く見せられるのよ。でね」
「あたし。一度でも、自分の胸の大きさ、どうこう、いいましたか?」
「いってません。ごめんなさい」
「シーダ。ちと遅れた」
トカルの到着を告げる声に、彼女はさもほっとした様子で振り返った。
「遅かったわね。渡す物って……、あららら? ライ君、バンダナが——……って、そうだった。男の子には、ここはちょっとしんどいかな」
羅衣はずっと下を向いている。存在感を消そうとしてか一言も話さない。
ここまでは、トカルが手を引いて連れて来たらしい。
「入店直後からこうなのじゃ」
トカルは笑う。さすがに彼は、店の入口にある女性下着にも見慣れたものだろうが、少年にはそうもいかなかったのだろう。
「——……あの、俺は外で」
「うん。そう、じゃな。それじゃあ儂らは」
予想以上に弱っている羅衣を不憫に思ったのか、早々に店を出ようする父を娘が止める。
「待って待って。それなら、向こうの女性服のコーナーをちょっとでも見て行って欲しいかな。男の子の意見も貴重だし。それと、シエラちゃんにはどんな下着が似合うかも、教えて?」
「おい、シーダ。またおぬしは」
お父さんは、先に入口で待っててね! トカルの背を押して外に追い出すと、彼女はちらちら互いを見つめ合う少年少女の元へ戻って来た。
二人は同色の絵の具で塗られたように、おしなべて顔を赤くしていた。
「……初々しいわね~」
「シ、シーダさん! なんであたしが、自分の下着を、ライに選んでもらう必要があるんですか!」
「そうです。俺なんてほんと、道の汚れみたいな男なんで……」
——なに……? 君は、何言ってるの?
なんで打ちのめされた男っぽくなってるの!?
まるで、喧嘩を吹っ掛けた相手に為す術なく敗れたあとの、自惚れを悟った敗者の態度だ。
ぼそぼそ自虐する羅衣を、シエラは呆れた目で見下ろす。身長は彼女の方が高く、今の少年は(それでなくとも)ぎゅぎゅっと小さくなっているゆえ、意識せずともこうなるのである。
「……んー、それなら、色で選ぶだけでもいいから。どうかな? 気にいったの、ある?」
羅衣はシーダの質問に困り続けていたが、段々と注目を集めて耳を立てた女性客が寄って来た現状に焦ったようで、勢い良く近場の下着を手に取った。
「じゃあ、こ、これで! これ、で……?」
羅衣の手に持ったハンガーには——真っ赤な上下の煽情的な下着が掛かっていた。
生地は薄く、面積は小さく、やたらと透けており、ガーター付きだった。
——嘘でしょう? こんなの、明日死んじゃうからって全部が投げ遣りになっても。
付けられないわよ!
サイズも大きいし! 『大』はあるでしょうし。
…………でも、今より詰め物をぎゅうって詰め込んで、それで——……って無理。
絶対、無理!
「無、理、よ!」
「うわ~、ライ君は結構大胆なのが好みなんだねぇ。どこがぐっときたの? やっぱり、えっちなとこ?」
「えっち? えっちって……? ——あの、わかりませんが、い、色が」
「納得しちゃった。ライ君は、赤色を身に付けた女性が好きなんだ」
三人の周りを面白いものを見るように群がっていた女性客は、笑い合って口々に話しだす。
「うふふ、赤色かぁ。可愛いとは思うけど、付けるのは勇気がいるよね」
「あたしも付けたいとは思うけど、透け透けはちょっと恥ずかしいかなー」
「ああいうのが好きなのね。今時の若い子は」
「ねえ、もしかしてあの子たち……」
「そうそう。噂の少年少女よ」
「ああ! それじゃあ、今はデート中なのかな? 邪魔しちゃ悪いわね」
「彼女の下着を選んでたなんて。あの歳ですすんでるわね~」
シエラは顔から火を吹きそうだったが、羅衣にいたっては、無表情で魂を抜かれたかのような顔色だ。自分が昔遊んでいた、高価な着せ替え人形のように身動き一つしない。
その背を叩いて励ます、相変わらず自由なシーダ。こういう人が自由なのね、と羨ましくもなった。
人は、やはりあかるくなければ。
「ライ君。だーいじょうぶ! シエラちゃんはきっと、大きくなるわよ! そしたら、あの下着だってよく似合う、色っぽい大人の女性に」
「もういいですから! ライも早く出て行ってぇ!」
声も発せなくなった少年。追い出された店の入り口前にへなへな蹲り、トカルに慰められながら20分ほどシエラを待っていた。
「トカルさん。俺、えっちって言われた。えっち……て、どういう意味?」
「——……ライ。気にせずともよいのじゃ。儂ら男は、皆『それ』なのじゃからな」
「……ですから、えっちって」
「お。ここじゃ! 二人とも。もっと時間が掛かるものと思っとったぞ」
——いや、『えっち』ってどういう意味ですか!?
トカルがいいしぶっているのは、間違いなかった。これ以上尋ねようにも怖くなった。
買い物を済ませたシエラは、白い横長の紙袋を二つ手に持って、赤い顔のままシーダと一緒に出て来たが……。
トカルには「お待たせしました」と伝えたものの、羅衣にはぷいっと顔を逸らしたのみ。
とはいえ、羅衣が「荷物、俺が持つよ」と提案すると、彼女は剥れた表情を崩さずも、素直に差し出してきた。
両方それなりに大きいが、さほど重くない。何を買ったのか、尋ねては駄目だとわかっている。
「いいぞ、男の子。——今日はお洋服を購入しないのね?」
「はい。ミラさんに頂いた服がありますから」
「そっか。また来てね。シエラちゃんの事情はもう知ってるから、融通できる何かが必ずあると思うわ」
「シーダさん……。ありがとうございます。助かります」
シエラが振り回される挙動には困りものだが、さっぱりした性格のシーダは、姉がいたのならこんな人が良かった、と、本心から少女にそう思わせてくれた女性だった。
彼女が最後に付け加えた言葉「頑張ってね!」の意味は深く考えないようにして、シエラは父娘に今日の謝意を伝える。
羅衣も二人にお礼を言って、トカルと固く握手をしている。
「トカルさん。この鉢巻も大事にしますね」
「嬉しいぞい。また来なさい。今度は西区の郊外に構えてある、儂らの養蚕場を案内しよう。店の商品はほぼ全て、そこで採った特製の絹を使って作られているのじゃ」
「養蚕——……蚕! 見たいです。楽しみにしてます!」
少年少女は彼らに手を振って歩き出す。そのまえに、二人はどちらが先に一歩目を踏み出すかで数秒もたもたしていた。




