村のお調子者のベリオール/弐
毎年秋に欠かさず開催される、収穫祭の衣装をも仕立て上げるトカル・バンスターは、テテ村一の仕立て屋を自称している。
それは根拠のない驕りではなく、大多数の住民が認めるところだ。
仕事の出来は素晴らしく、商品は丈夫で通気性に優れている。彼の洋服だからと、わざわざ村に来て一点ものの仕立てを依頼する者や、店を訪れて一括で購入して行く顧客も珍しくない。
ただし、彼の気難しい性格だけが玉に瑕、とは噂されていた。嫌いになった相手は、叩き出してでも視界にいれない。客の態度が悪ければ、睨むばかりで一言たりとも発しなくなるそうだ。
トカルは、自分に女性物を仕立てる才能はないとシュルツにぐちっていたらしいが……店内に並ぶ商品(男性物と比べると確かに少ない)は、シエラの目には高級品だけが展示されているように見えて。
本心からそう伝えると、彼はさも愉快そうに笑った。
(シュルツさんもこの方も、子どもみたいに笑うときがあるけど)
そこに親近感が湧くのだろうか。
❂❂❂
「光栄じゃなぁ。わはは、ありがとう。美しい女性に褒めてもらえるのは、爺になっても嬉しいものじゃ」
「そんな……美しいなんて」
「いやいや、シエラちゃんは綺麗だぞい。男なら誰でもそういうじゃろう。——のう? ライよ。おぬしはどうじゃ?」
「どうじゃ、って、何がじゃ?」
木のマネキンに着せられた衣服を前から後ろから観察していた少年は、ぽかんとトカルに訊き返した。
(服ではなく、マネキンが珍しいのかのう)
「シエラちゃんの容姿についてじゃ。どう思う? 可愛いと思うじゃろう?」
「え? んー、まあ」
これが少年の返事。トカルは顎髭を撫でて、やれやれと肩を竦めた。
——てれとるんじゃなく、とまどっとるのはまだ幼いからか。
しかしのぉ、儂は……あの子ぐらいの年頃には、とっくに女子の尻ばかり追いかけとったもんじゃが……。
これまで話すとシエラに嫌われると思いいたって、彼はすぐさま話題を変えた。
「ここにも多少、女性物は年齢別に揃えておるがの。しっかしなあ、儂には男性服ぐらいしか作れんのじゃ。それで」
「はぁーい。女性物は、私たちのお店で仕立てて販売してるの」
トカルの背からひょっこり顔を出した女性が、羅衣とシエラに手を振った。
二人は今回の訪問以前に、それぞれ一度トカルと顔を合わせていたが、目の前の女性とは初対面だった。裁縫着のエプロンを独自に改造してしまった家族は、生意気にも自分より背が伸びた。
悩みがなさそうだね。人々には大抵そのように声を掛けられて、その都度「ありがとう!」と明るく返す彼女。トカルにはわかっていた。それは、必ずしも『よい意味』だけの言葉ではないと。
とても若々しく見える外見。紫を基調にしたカーディガンを着ていた。胸元にある雲の模様は、彼女が一番得意な刺繍だと子どもたちに説明中だ。
脚が長く、藍色でぴったりとした七分丈の——クロップドパンツが似合っていた。
「もう来たのか。この子らは今着いたばかりじゃぞ。もうちっと、儂の販売店を見学して貰いたかったというのに」
「また機会はあるでしょう。あたしも、シュルツさんとミラさんの依頼なんだから張りきっちゃうわよー。——さて、きみたちが話題のお二人さんね。うんうん。……お似合いだと思うわ」
最後の感想は、こっそりとシエラに耳打ちした。
「なあ! ええ……?」
「へへ。シエラちゃんったら冗談よ」
シエラは少し離れた場所にいる羅衣を窺いながら、気の毒なほど慌てている。
羅衣が近寄って来て挨拶すると、少女も続けて彼女に自己紹介をした。
「シエラ・ノスエルンです。初めまして」
「あたしはこのおじいちゃんの娘、シーダ・バンスターです。よろしくね! こう見えても結婚して旦那もいるし、二児の母でもあるんだから」
そう言って快活に笑うシエラを、トカルはしょうがないとばかりに見た。
「というわけじゃ。落ち着きはないが、儂に似て腕は確かでの。女性用の衣服は、ここではほとんどこやつが仕立てておる。旦那のオロンと二人で、儂らの店を支えてくれとるんじゃ」
「あいつも、きみたちとシューヴィル夫妻によろしくって言ってたよ」
シーダは二人と目線を合わせて、それぞれの片腕を自分の左右に組むと、とまどう二人にほほえみ掛けた。
「私達家族のお店はもう一店舗あってね、そこでは女性物を多く販売しているの。ここはお父さんの男性服ばかりだから、このあとそこに行こうよ」
「シーダ、ちと待ってくれい。ライに渡したい物があるんじゃ。大きさも合わせたい。なんなら、シエラちゃんと先に行っといてくれ。あとから、儂が羅衣を連れて行こう」
「そう? わかったわ。シエラちゃんもそれでいい?」
「…………はい。行きましょう」
娘に右腕を抱えられた羅衣は、あの状況を気恥ずかしく感じているようで、ずっと下を向いていた。男なら、わからないこともないのだが、ああも態度に出してしまうとよくない。
シエラはそんな少年を冷ややかな目で眺めている。それでもシーダの確認には頷いた。
娘と羅衣の腕組みを、細く白い腕で物理的に解いて、ぷんぷんしながら無言で出て行った。
少女に腕を抱えられていたシーダは「ああん、待ってよー」と引っ張られながらも。
外へ出る前、羅衣に一つ目配せを残した。あれは、結婚してからできるようになったらしい。
「?」
「……あやつ……あまり若者で遊ぶのは感心せんぞ……」
トカルは嘆息しながら首を振ると、羅衣に手招きをして奥の部屋に案内する。
ここの店舗はトカルの販売店。以前シュルツが羅衣の衣服を頼んだ、注文窓口兼作業場の真横にある店だ。子どもたちが見ていた商品が展示されている店内の奥には、従業員の休憩所の他に、顧客の要望を聞いて少しの手直しならできるようにと、簡易の作業場となっていた。
❂❂❂
(なんか、シエラ怖かった)
「トカルさん、渡したい物って?」
「おお、少し待っとれ。奥から持ってくるでな」
羅衣の身長よりも高い、シュカンの樹で作られた箪笥。話には聞いていた、シュカンの花びらが生き生きと描かれた家具の引き出しを漁るトカルを眺めて、少年は背中の玉手箱に目を向けた。
ここ最近、肩掛けの長さも伸び縮みは自在だと判明したばかりだ。
この箱が羅衣の背中にいつでも瞬間移動できると知ったあの日以来、羅衣は風呂や手洗、就寝時間らを除いて、移動する際はいつも肌身離さずに背負い歩くようになった。容量は(今のところ)無制限に収納できて便利な上に、あの日『意思を持つこの箱が、自分を連れて行かなかったからと怒って、男達の小指を痛め付けた説』を彼は信じていたからだ(冷めている家の三人は、この考えには賛同してくれない)。
ミラのマフラーも、ちゃんとこの中に保管している。
「おお、あったぞ。羅衣、お前にこいつをやろう」
トカルが紙箱を開けて取り出した物は、羅衣が以前貰ったバンダナをさらに薄く、細長くしたような布だった。
色も、羅衣の眼と額のバンダナの色、朱色で美しく染められている。
「わ……。トカルさん。この奇麗な布も、シルクで作られているんですか?」
「そうじゃ。バンダナを額に巻き付けるよりも、こうして最初から、鉢巻のように細く仕立てた物が使い易いじゃろうと思っての。——ほれ、こうして二つ、三つに折ってから巻くといい」
彼の指が、あっというまに長い布を薄い長方形に変えた。
「ほんとだ、これなら薄いままで結ぶのも楽ですね。……だけど、なんかっ、もうしわけないです。シュルツさんも言ってましたけど、シルクは高級品だし、トカルさんが仕立てた商品はみんなが欲しがっているのに、俺だけ二つも」
「そんなの気にせずともよい。ありがとう、の一言でいいんじゃ」
「——のう、ライ。もっと自分の思うこと、したいことをいっていい。その様子だと、シュルツ達にも控えめに接しとるんじゃあないか? お主の事情をふまえれば、それもわからんでもないが……。あやつらは、それを寂しく思っとるやもしれんぞ」
羅衣は言葉に詰まった。他国の顧客とも会話できるようにトート語を学んだトカルには、際限なく親切な夫婦に抱く、自身の心内を伝えられる。
「そう、かもしれません。でも——……我儘になりたくないんです。嫌われたくないというか、俺は、あのお二人に何から何まで助けてもらって。だから」
——だから、言葉は慎重に伝えないと。
『吐いた唾は飲めぬ』、だ。
❂❂❂
次の句が続かない羅衣に、なるほどのぉ、とトカルは思いを巡らせた。
——嫌われたくないとは……。
不憫にも欠けてしまった自己に、確固たる自信が持てないのか。
ミラの命を救った少年が、なぜそんな不安に苛まれなければならん。
二人がお主を嫌うなど、天地が引っ繰り返ってもまずありえんぞ。
二日前も通話機越しに、シュルツが話す羅衣のあれこれを散々聞かされたばかりだ。尋常ならざる熱のいれようだったあれが、『孫』自慢でないのなら、なんなのだろう。
(余計なことやもしれんが)
「——……おぬしは、子どもじゃ。覚えとらんと話しとったが、まだ10歳かそこらじゃろう。それならばこの村で、最低17歳まではちゃんと子どもをしなければならんぞ」
羅衣にはその意味がわからないようで、贈り物を手にとまどっている。
「自分が迷惑を掛けているという意識では、何もかもが遠慮がちになる。それは『子ども』ではない。人はな、幼いころには他者に突っ掛かって反抗して、それから仲直りして——感情をぶつけ合う経験が必要じゃ。それを子どもたちにさせてやるために、儂ら大人がおるのじゃからな」
無論、それはとても怖い体験でもある。老人は、作業台に身軽に腰掛けて話を続ける。
「どんなに仲のいい子ども同士でも、喧嘩はするじゃろう? ところがどうじゃ、『大人』とは何をどうやっても喧嘩にはならん。腕力だけでは勝てんし、大抵はこちらが長生きしておるからと、自分の意見を上からおしつけるのみ。しかし、そんな連中は断じて大人じゃあない」
彼は、一応は自分と役員仲間の——シエラが話していたという『男』を思い浮かべた。
約70年、細かく動かし続けて皺まみれの己が手をじっと見つめて、静かに語る。
「長生きしても大事なことをまるで覚えていない、残念な者が多すぎる。だから世の中は、なかなか良くならん。案外それは、早いと子どものころにはわかるもんじゃ」
「『大事なこと』。俺も知りたいです。俺は、俺は大人になりたい。どうしたら」
「訊いてはならんぞ。自分で見つけるんじゃ」
そう言って微笑むトカルに、羅衣は「シュルツさんとおんなじ顔してる」と不満げに眉を下げた。子どもらしい。
「そう不貞腐れるでない。すでにおにしは気付き掛けておる。じゃが——……、うん、一つヒントを与えようか」
「ヒント……、ええっと、助言って意味?」
「そう。それはな、儂にも子ども時代があった。シュルツにもあった。小生意気で、世の仕組みなんぞ毛ほども知らない悪餓鬼だった、ということじゃ」
「…………んー、わかんない!」
お手上げです! 両手を挙げた少年は、「む~」とふくれた。
——女の子みたいにかわいらしいではないか。
なんて、これをいったら拗ねるじゃろうなぁ。
「わはははは。そうじゃろうなぁ。それでよいのじゃ。——どうかまだ、子どもでいておくれ。誰もが老いてゆく。人に例外はない。時が流れ、なりたくもない大人を強制されて、大抵が金と、つまらん地位に固執するようになる。そうなってはもう、人生は面白みがなくなってしまうぞ」
相談に来た女性店員にやんわり指示を出して、掛けていた薄い上着を羽織った。
羅衣は腕を組んで真面目に思考していたが、少しすると彼にお礼を伝えて、長鉢巻(そう呼ぶ事にしたらしい)をぎゅっと巻いた。トカルも一緒に手伝った。
「このほうがよいな。上出来じゃ。このバンダナは、纏めとる後ろ髪にでも巻いてみるかの? ああそうじゃ、何種類か巻きかたを書きとめた紙があった。——これじゃな。家に帰って、自分が一番好きなお洒落を見付けるといい」
羅衣はその紙を、無造作に背中の箱へとぺたんと付けた。
吸い込まれるように収納されたそれを目にして、トカルは「ほおー」と大きく驚いた声を出す。
「便利なもんじゃのう。おっと15分も經ったか。行こうか羅衣。女性を待たせてはいかんぞい」




