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てんせヰのゑゐゆう  作者: 皐月雨皐月晴
一章:安寧の日々
20/28

親子/参

 シエラは自身の身の上話を、要点を纏めて短く話した。羅衣の前では離せないことも話した。

 夫婦は時折質問する以外、引き込まれたようにシエラの言葉に聴きいっていた。

 シュルツは少女のこれまでを想像して、深く同情した。

 父親とはもう絶縁の覚悟を決めていると言う少女は、毅然(きぜん)と思いを語り終えた。

 キースの学生時代を知っているため、あやつは卒業してから何をしていたのだ、と憤慨する。


 ——いつまで、全てが自分の思いどおりになると自惚れている…………、昔からの欠点が、まだ……。


 憤りが胸中に膨れ上がった。


 ——……まあ、ミラの抱いた『怒り』にはおよばんだろう。

 シエラの前だから、彼女の父親だから、教え子だからまだ、口を噤んで耐えているが。

 これが儂と二人きりだったならば、彼女は一言「論外です!」そういいはなったにちがいない。

 妻の『論外』は当然、これ以上の言葉は不要という意味で、このあとは実力行使という宣戦布告でもあった。両人が可愛がっていたもと生徒とはいえ、過ちは正さねば。


(ミラは間違えても、このような状況に泣き寝入りする女ではないぞ)


 シュルツの惚れた女性は知的で、温厚で、実際は彼の出会った誰よりも苛烈な性格だ。

 夫にはその裏付けがある。


 ——日頃、身をもって体験しているからな!


 今はそんな妻が誇らしい。ばっ、とベランダの窓を一瞥して、しばらくそうしていたが、彼女は少女の前に立った。

 シエラの細い体を労わるように抱き寄せて、たわやかな尾の動き激しいミラは力強く言った。


「あなたが望む限り、ずっとこの家にいてくださいな……シエラ。本当に強くて、正しくて、優しい子。——辛かったでしょうに…………よく頑張ったわね」


 シエラはきょとんと眼をしばたかせていた。ミラの言葉を受けて、その双眼から静かに涙を流す。

 その表情の変化こそ乏しかったが——少女の心が揺れ動いた様子は、シュルツには美しいとさ

 えも思えるほどで、思わず貰い泣きしてしまいそうだ。

 羅衣はまだ戻らんのか、眉間を親指で乱暴に押さえ、誤魔化すように視線を動かす。

 すると。微かに、何か軽い物が床に落ちた音がした。

 狐耳をぴくりと動かして、彼は音の出所を確認する。見ると、柱に巻いてあった長紐が床に落ちていたのだ。


「あれは!」

「? どうしました?」


 ミラが夫の様子に小首を傾げる。

 隣のシエラも膝上のアテウの首元を撫でると、片手で涙を拭ってシュルツを見つめた。

 先の出来事を忘れて、このときばかりは息を呑んだ。歳こそ大きく離れているが。


(まるで二人が)


「う~……」


 空気が読めていない羅衣。虫でも触ったような声を出しながら、洗面所から戻って来た。


「シュルツさ~ん。これ、見て」


 後ろを向きながら中腰で歩いて来た理由は、おおよそシュルツの予想そのもので。


「ああ………。間違いないな。これは」

「——あの黒いのって!」


 どういうことなんですか? そう聞きたげな少女の目線に、彼はミラに頷くと、羅衣の事情を話そうと決めた。

 今日からこの家で共に生活するのだから、隠しごとはしたくなかったのだ。


(ライも、儂と同じ思いだろう)

 そうはいっても、彼はそれどころでもなさそうだが。


 ❂❂❂


 シュルツの話す内容は、シエラの想像以上だった。


 ——複雑な経緯があるとは、わかってたけど……。


 床に箱を下ろして、慈しむように表面を丁寧に布で拭き始めた彼を、シエラはじっと見つめる。


(ライ、そうだったんだ)


 来訪者の項目は、伝説を(つづ)った、埃被った書物で読んだ。


 ——あたしなんかより、もっともっと大変だったのね……。

 ……でも、あれはなんの行動かしら? 箱にご機嫌取りしてるの?


 その『ご機嫌取り』の成果なのか、無事にマフラーを取り出せた少年が雄叫びを上げる。

 ミラは髪を後ろで纏めてポニーテールにすると、二回、顔の前で手を叩いた。


「おおおー!」


 パン、パン。


「ん! でたなっ、あれは……ミラの『気合十分状態』だ!」


 夫の冷やかしの声にも、気力漲(みなぎ)った妻は薄くほほえみを返して仁王立ちしている。


「おおー……——ミラさん?」

「ライ。ともかく今はシエラの件です。これからは彼女も私たちと一緒に暮らしますから、二階の空き部屋を片付けたいの。手伝ってくれますか?」

「わかった!」


 ミラに頼ってもらえた少年は、家の中にも関わらずマフラーを巻いて、すくっと立ち上がる。よいしょ。と一声。ミラに「一緒に、マフラーを巻きませんか」と提案して彼女をてれさせながら、不可思議な箱を背負い、ミラの首回りと紅色で繋がって二階に向かった。

 少女は、自分があっさり受けいれてもらえた現実に、頭が追い付いていなかった。


「あの、シュルツさん。本当にいいんですか? あの男はきっと黙ってないと思います……。あたしはこれからも絶対、皆さんに多大なご迷惑を」

「シエラ、と。儂もそう呼んでもいいかな?」

「あ、はい!」

「心配ない。儂の家内は胆が据わっている」


 呼び捨てで……。そう呟き、てれてれと顔に手をやるシエラを、種族の前族長が勇気付ける。


「リチャードに事前に話を付けていたのは、素晴らしい行動だった。これで儂も動き易くなる」


 そう言って時計に目を向ける。村役場の通話窓口は、すでに対応している時間帯だ。

 シュルツは立ち上がり、シエラに手を伸ばして。


「シューヴィル家にようこそ。儂らはずっと、娘も欲しかったのだよ」


 頼もしい、男らしい笑みでそう言ってくれた。




「思いきったことをする。だが、よくやった……!」


 テテ村中心区の役場、村長室では緑茶が流行っている。

 リチャードが初代村長に就任するまで、ここはシューヴィル家の族長室だった。

 積み重なった書類の山と格闘する前に、湯呑みを置いて物思いに(ふけ)っていた男は。

 今頃は疲れて眠っているかもしれない少女に称賛を送った。

 シュルツのあとを継いでからも、棚の配置、家具の配置、物の配置も、彼はまったくといっていいほど変えていない。

 いつか、彼が戻ってきてくれる日を思うと、手を加えられなかったのだ。

 今朝の朝礼を終えて、すぐに業務を開始する前にはもう、リチャードはシエラの手紙の内容を知っていた。彼女が現実に抗わんと立ち上がり、どう生きるかを決めたのだと。

 それを、あの二人が必ず受けいれるとも、知っていた。

 積み重なった書類の山と一旦休戦し、温くなった茶で喉を潤した、片頬笑ませる男。

 腕を組んでじっくり考え込む彼の姿は、ここの職員たちの間では名物となっている(気恥ずかしい限りだが)。


(昨日、この部屋で相談を聴いたときには、ここまでできるようには思えなかった)


 だがしかし、彼女はなしとげた。

 行動は迅速。先を読んでいたのだろう、自分に手紙を送るアイデアも非常に効果的だ。

 家の事情ではなく、自身の考える将来の展望について意見を求めに来た少女。昨日の朝、面談時に彼女の口からこの話をされたところで、自分には有効な対策を講じ得なかった。いくら村長といえども各家庭の内情にずかずか踏みいることはできず、もとからそうした権限もない。

 けれども……事態は動いた。娘自らが家庭を否定したとなれば、


 ——『名前だけ村長』の私でも、力を貸して問題ない。

 彼女が掴み取った平穏を守る、その一助になってみせよう。


 閉じていた目を開けたリチャードは、丸く可愛いといわれてしまう耳をぎゅっ、と引っ張った。 

 丸眼鏡を掛けた右手で額を押しながら、机に覆い被さるようにして書類仕事に勤しむ。

 公務に励みながらも、彼の頭はずっと回転している。 


 ——堕落した役員どもは、この時とばかりに反抗してくるだろう。

 望むところだ。

 あの者達が上にのさばっている限り、この村の発展は見込めない。

 理想をいえば、彼女のような頭の良い子にこそ、是非この役場で働いてもらいたいもの。


 あのクエンカ協会とぶつかる未来は目に見えるが、今回の件が仮に起こらなくとも、いずれは必ずこうなっていた。これで……ぶつかる『こと』に、なるのだ。


(だから、そのときが今やってきた、という話でしかない)


 後方の窓から指す、春の日差しが強い。後ろのブラインドを落として、彼は書類に署名すると二人の秘書を呼び付ける。


「村長」

「ああ。この書類を商業部に」


 男性二人が顔を見合わせるのは、なかなか見ない光景だな、そう思うと、リチャードは少し面白くなった。防衛部上がりの彼らは、自分の護衛でもある。


「これは。つまり」

「そういうことなんですね」

「ああ」


 性懲りもなく、またしても、この村の民を戦に駆りたてようとする。


 ——『あの子』が命を落とした、その一因を作った国。


 己の罪を、忘れたのではない。30年がすぎようと、毎夜、夢で見る。


 ——自分と『同罪』だといっているのだ。


 リチャードの緑色の双眼。漲る決意で瞳の奥が燃えている。


「魔法機の専売…………、パプラに繋がる不穏分子と、一戦交えてみようではないか」

「「おおっ」」


 ——次の予定では、例の役員連中との会談もある。

 (あつら)え向きだ。


「村長! シュルツさんから連絡が」

「きたな。繋いでくれ」


(やっと行動できる)


 彼は首を回すと、勇んで部屋を出て行った。








 1年は12月の360日。

 1カ月は30日の6週間。

 1週間は5日。

 月にも曜日にも、何らかの名前が付いている。

 羅衣は二階の自室に置かれた勉強机で、かりかりと鉛筆を動かしながら今日の復習をしていた。

 外は曇空だが、雨が降り続けていたここ数日間を思えば、こんな天気でも幾分ましだ。

 小型鉛筆削りの(けず)(かす)をごみ箱に捨てると、もう一度椅子に座って「よし…」と気合を入れた。

 ノートに書いた内容を見ずに、目を閉じて(そら)んじる。


「1週間は神ノ曜日、精霊ノ曜日、海ノ曜日、生命ノ曜日……えぇ~と、あ~」

「星ノ曜日、よ」


 後ろの扉からそっと扉を開けて入って来た、少女の声が教えてきた。紫のリボンをいつもと同じように巻いた横髪を、耳の後ろに流しながらも得意げに笑っている。

 溜息で肺の空気をほとんどはきだした。振り返ると、咄嗟に右手を額に当てて文句をいう。


「いきなりやって来て、正解をいわないでくれい。あとちょっとで、俺だって」

「は~い。ごめんなさ~い」


 シエラは気にせず適当に返事をすると、羅衣のベッドにぽすんと腰掛けた。

 足をぶらぶらしながら尾に指を這わせ、どこか不満そうにしている。

 少女はワンピースの服を好んでいると知ったが、あの尾はどうやって出しているのか、彼は目下気になっていた。


 ——頭から着て……尻尾を穴に、いや、最初は両横の紐を解いて。


「それよりも、どうしてあたしに『それ』を隠すの? 君の事情は全部知ってるのに」


 勉強中はバンダナを外していた、少年の額を隠す動作が気に障ったのか。

 だからといって、羅衣の意識はそう簡単には変わらないだろう。自分が他者と『違う』箇所を、そうほいほいと(さら)すのは難しい。


 ——俺は亜人じゃない…………、そうに決まってる。


「まあ、なんだ。癖で」

「——そう、よね。あたしがきみの立場でも、やっぱり隠しちゃうかも」


 この家で生活を初めてからしばらく經つ。ミラに貰ったリボンをさりげなく男性陣に見せ付けていた少女は、表情を緩めてそう言った。

 そのまま横になって、集中したい自分に視線をとばしている。

 彼女がこの家に来て約4週間。彼が助けられてからは約1か月。

 この地域の冬が過ぎた、梅ノ月2月2日・精霊ノ日。

 このところ、羅衣は家の住人達に習って、キテオン語とこの世界の一般常識を学んでいる。

 桜ノ月3月1日から新学期が始まる、村の学び舎に入学するためだ。


 シエラは、シューヴィル家で保護されることが認められた。

 すでに彼女の書類は書き換えられている。

 シュルツはすぐさま動いた。シエラから事情を聞いたあと、役場に通話してリチャードにとりついでもらうと、彼女の意思を尊重し、この家で責任を持って預かる旨を伝えた。

 リチャード・ダイキキエは、テテ村の長として彼の言葉を聴きいれた。

 二人は休日、生命の日(彼らが並ぶ光景を、村の住人達は驚いて眺めたという)に、見物人が多く集った神樹ライヤの祭壇前で主神に承認を求め、大の大人二人でも抱えられない大きさを誇る(きょ)()に無事、紫炎は宿った。土地神は二人の、否、少女の思いに応えてくれたのである。

 テテ村の為来(しきた)りに則って、滞りなく事態は収束した。

 キテオン族の掟に則って、彼女の親権は一時的に、シューヴィル家の老夫婦二人に移った形となる。

 その前には抵抗もあった。シエラの父(今ではもう自称だが)キースは、到底受けいれられない暴挙だとして、夫妻に対する訴えを起こしていた。

 シエラが家出したその日の午後には、役場へ——意図は不明だが——協会の社員までも引き連れ突撃し、一階の窓口で散々怒鳴り散らしたことは村の大きな話題になった。

 村の上層部、つまり10人の役員たちのなかには、キースの発言は正しいとリチャードの判断を公然と批判する者もいた。

 彼らは『権力の乱用』だとリチャードの行動を問題視して、大胆にも辞職まで求めたが、すでに理論武装は完了していたリチャードに「あなたがたの先人が定められた掟には、親とは産んだ者ではなく、子に親だと認められた者を指す言葉だとあるではないか。もう一度、ここに集まった皆の前で、同じことをいってみなさい」そう厳しく咎められると、目だけで反抗しながらも口を閉ざしてしまった。

 この掟には、それこそパプラ国が定めている『法律』のように、詳細な規則を定めているわけでも、刑罰を強制する効力もない。あくまでも抽象的な概念を一定程度網羅している、一族の約束事のようなものだ。行事や作法を定めた為来りとも厳密には異なる。

 たとえば、人を殺害した住人を警吏が捕らえたとする。証拠まで揃い容疑が確定した場合、その者が被害者をどのように殺めたのか、その動機から、就いていた仕事、家庭環境、財産に至るまで、全ての情報が村の17歳以上の住人全員に通達される。

 大人たちは、容疑者にどのような罰が望ましいかを投票し(逮捕される罪と、罰は定められている)、開票後、最も票を集めた処罰が防衛部によって決行されるのだ。

 それ以前に、シエラの親権を奪還するための訴えは10人いる役員の半分、5人分の賛同さえ得られなかったゆえ、今回はその訴え自体を退けられた。

 娯楽の少ない田舎村、刺激を求める若者達からはそう散々(けな)されているテテ村で、その一連の内容だけは住人達に知れ渡ったが、当の娘(シエラ本人)がキースを、クエンカ家を拒絶している。リチャードが事前に保管していた手紙をシエラの許可を得た上で公表し、鑑定の魔術によってこれが事実だと判明した以上、彼の言葉に耳を貸す者は少なかった。

 幅を利かせるクエンカ協会の影響力をもってしても、住民達が前族長家シューヴィルに抱く、尊敬と信頼の念を(くつがえ)すには足りなかったのだ。


「半年ごとにシエラの意思を確認し、彼女の返答如何によってはキースの訴えも受理されるやもしれぬ。しかし、今回の決定自体は覆らない。以上だ」


 観衆の前で、村長リチャードは高らかに告げた。









 シエラには味方がいた。行動せずに一人で嘆き、助けを求めなかったのは彼女自身だった。


 ——夢みたい、なんて陳腐な言葉だと思ってたけど、違ったわね。

 だって、ほんとにそう思うんだから。

 あたしは今、すっごく楽しいもの。

 横になって目を閉じていても楽しい——それこそ、眠って夢を見る時間が勿体ないくらい。

 夢といえば。

 家出をしたあの夜、心挫ける寸前だった彼女の背を押してくれた、熟睡する羅衣の光景は、


(はじめてここに入ったときは、唖然としちゃったわ)


 この部屋と内装も、家具の位置も、まったく同じだった。現実だった。

 誰かに作られた、幻術の光景ではなかった……。

 奇跡。これぞ、慈悲深き神の御業たらんこと、燃え立つ紫炎たりとて隠せまい。


 ——女神様は——……自惚れじゃない、あたしを見守っていてくださったのね。


 涙ぐみながら夫婦にも伝えた。二人も心の底から喜んでくれたと思う。

 唯一羅衣にだけは、伝えられる日がくるとは思えなかったが。さりとて彼も、寝顔を凝視された夜を知りたいかと問われれば、大きく首を縦には振るまい。


(そんなこんなで、あたしがこの子の部屋を好きになるのも、仕方な、い、の)


 こんな語尾、こんな話し方をする女子を、可愛い子ぶっていると嫌っていた過去は過去。

 ここで暮らす日々は少女の抑え付けていた意識を開放し、(しな)びていた好奇心さえ復活してきた。それらと関係はないが、もっと愛想が良くもなりたい。羅衣と話していると、彼女は決まって

 つっけんどんな態度になってしまうのだ。

 ベッドのシーツに俯せでごろごろしている。干し立ての布団に香るような『お日様の匂い』がする。枕を胸に抱いて、机の上を転がる鉛筆のように何度も寝返りをうった。

 シエラの記憶では、ここ最近は小雨が降る天気の悪い日が続いていた。


 ——……それじゃあ、これってライの匂い、なのかしら……?


 キテオンの嗅覚は定人よりも優れているが、他種族の獣人と比べると劣っているらしい。

 とはいえ、これは自分の気のせいではないだろうと、アテウのようにすんすん鼻を押し付けてしまう。気が付くと、少女はしばらくそうしていた。

 そのあとに押し寄せるは、頭が沸騰しそうになるほどの羞恥の感情だ。


 ——は、はしたない……! 男の子のベッドに寝転んで、夢中で匂いを嗅いでるなんて……。

 変態だわ!


 幸いにも、机に向かう羅衣には勘付いた挙動はない。彼女はそろりと体を起こして、枕を元の位置に戻すと体育座りをした。小さな臀部を預ける、平織(ひらお)りの白いシーツが沈む。

 裾を押さえながら裸足のかかとを立てて、少年の背中をむ~と眺めた。


(自分の部屋で、可愛い女の子が無防備に座ってるのに、勉強のほうが大事なんだ)


 両腕で足を抱えたマットの上で、膝に顎を乗せてぼんやりした。

 今朝、シエラが紐で結んであげた彼の長い黒髪は、とても綺麗だと思った。


 ——(うなじ)も、どきっとするぐらい白かったし、男の子なのに……なんだか不公平じゃない?


 黒い上下の服を着ている、アテウに好かれる撫で肩の少年。夫婦は「もっと食べて、横にも大きくなりなさい」と勧めていた。太るまではいかずとも、あまり細いと心配になるらしい。

 狐獣は一階で、彼らにおやつをせびっている時間帯だ。クークー足元で鳴く声を聞いて、すぐさま皿を出して用意する二人が目に浮かぶ(『彼女』は薩摩(さつま)(いも)がお気に入りだ)。

 保護した動物が、すっかり一家の一員になったそうだ。賢いのだから、鳴けば食べ物が出てくると認識させてしまうのは、あまり好ましくないのではないか。少々甘やかしすぎではないか、と自分が進言するべきか。


 ——村の男子の部屋だったら、お金を積まれても入らないけど。

 ライだったら全然警戒しないでも大丈夫、って安心するのよね。

 年下だから? 自分よりまだ小さいから? 色白で、髪が長くて女の子みたいだから?

 …………いいえ、違うわ。


 それはもしかしなくとも。


 彼女が今の状況で、ふにゃりと気を許すことができるから。


「くふふふ」

「……? ——なんだ。面白い話でもあったの?」


 勉強の成果だろう。出会ったころとは段違いに、滑らかに話している。

 おちついた、歳の割に低い声。彼の歳なら、もうそろそろ声変わりの時期か。

 彼のトート語は、その声は、シエラの耳にはなぜだかくすぐったい。




「教えてあーげない」






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