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 左近が足を止めたのは学び舎の敷地全体を取り囲む塀の手前だった。後ろをついてきている子供達や隼人と伝左衛門にも片手で制して足を止めさせる。


 よほど早く見たいのか、子供達のうちの二人――三郎と藤兵衛(とうべえ)が左右に分かれて左近の腰の辺りに掴まり、ひょっこりと顔を覗かせる。左近は苦笑しつつその二人の頭に手を乗せ、少し下がらせた。



「ここです」



 丁度塀から敷地内へ飛び降りたくらいの位置を指さす左近に、伝左衛門の眉間の間に深い皺が寄る。


 手裏剣や弓などの的をかける用にと学び舎内には大木も植えてあるため、足場にしやすく侵入自体はここまで山中を登って来られたならば割かしし(やす)いといえる。ここへ辿(たど)り着くまでに数多(あまた)仕掛けられている罠を突破し、哨戒 (しょうかい)している手練(てだ)れの八咫の忍びを倒した上での話ではあるが、可能性がないこともない。

 だからこそ、確かに敵の侵入を考えた上ならばここに仕掛けるのは何ら問題ないし、必要な防御線でもあるだろう。


 ――しかし。



「……おい」



 聞いていないと伝左衛門は低く(うな)るように声を上げた。


 先程も声を荒げたが、仕掛け罠とは敵がかかるべきモノで、その存在は味方には知らされていなくてはならない。あるいは、その存在が分かる目印が必要だ。今、目の前にある仕掛けにはその目印になるような物はどこにも見当たらない。


 何度言い聞かせても聞こうともしない後輩の頭に向かって拳を振り下ろそうとすると、左近はそれをひらりと交わした。空を切った拳の行き場を失い、伝左衛門はチッと舌打ちをして決まりの悪さを誤魔化すように腕を組んだ。



「昨日新しく作った絡繰仕掛けなんです。だから目印はこれから準備するんですよ」

「あー。そういえば夜の哨戒当番後の飯までどっか行ってたな」

「うん。これを作っておこうと思って。……隼人。あと十歩後ろに離れて」

「お? おう。……これくらいでいいか?」



 隼人が言われた通りにその場から十歩後ろに下がる。


 左近もその場から離れ、少し離れた位置に植わっている生垣(いけがき)の中に手を突っ込んだ。



「うん、そこで大丈夫。皆と先輩は酒井先生の後ろまで下がってください」

「おい! お前らこっちに来い!」



 その大きな声に肩をびくつかせたのは、先程も悲鳴を漏らしていた藤兵衛だ。それを隣で見ていた三郎が藤兵衛の手をぎゅっと握った。一番活発そうな三郎と一番内向的そうな藤兵衛の二人組は一見合わなそうな組み合わせだが、それに反して三郎がよく助けている。

 そんな二人を見た他の三人も二人の傍にわらわらと集まっていく。結果的に隼人達の方に行くどころか自分達だけで固まってしまった。



「先輩。先輩の声が大きいし荒いから怖がってるじゃないですか」

「あ? ……わ、悪かった。危ないから早くこっちに来るんだ」



 伝左衛門が釈然としないまま謝り、隼人が手招くとようやく皆で隼人の背に回った。



「……さて。準備はできたね。皆そこから動かないように」



 そう言うや、左近が何かを手前に引くような動作をとる。

 すると先程まで隼人達が立っていたすぐそばの地面が崩れ落ち、人が二人くらいなら同時に落とせそうな穴がぽかりと現れた。


 左近がその穴に近づき、中を覗き込んでから隼人達の方へ手招きで寄っても大丈夫だと合図した。


 その合図を待ってましたとばかりに駆け寄っていく子供達が、落ちないように気を付けながら穴の中を覗き込んでいく。その口からは次々と感嘆の声があげられた。



「せんせい。これどうなってるんですか?」



 穴を覗いていた宗右衛門が顔をあげ、皆が思っているだろうことを左近に尋ねた。



「それは秘密。……知らなければ答えなければいけないこともないし」

「え?」

「ううん。なんでもないよ?」



 小声で呟いた言葉は子供達の耳には入らなかったらしい。

 一様に首を傾げ、左近の顔を見上げてくるが、それに笑みでもって返してこの話は終わらせた。



 情報は時として刀や火縄よりも強い。そしてその例の一つである戦とは六割の敵方の事前情報と四割の武力あるいはさらに情報に傾く勢いで情報が重要になってくる。そのために間者と呼ばれる者や忍び達が敵方に潜入し情報を得る。また、逆に潜入してきた者を捕え、持っている情報を全て抜き取ろうと躍起になるのだ。


 女子供の(かどわ)かしが横行しているこの時代、それに乗じて(さら)われ、里の内部の情報、とくに防衛網の情報を吐かせられる恐れもある。そして、左近の罠などその防衛網の一端どころか最前線に張られている。

 そんな仕掛け罠の仕組み。最初から知らなければ拷問の苦痛に耐えかねて吐いてしまうということもなく、その結果、裏切者と後世まで(そし)りを受けることもない。


 一歩下がったところにいた隼人や伝左衛門は、聞こえた小声の真意を正しく()み取り、苦虫を噛んだような顔をしていた。



 再びその場を離れ、先ほどの生垣に手を突っ込んで何やら手を動かしている左近の背後に伝左衛門が回った。



「おい」

「なんですか?」

「それを逆側に倒したらどうなる」

「どうもなりませんよ」

「……どうもならない?」



 仕掛け罠に関しては一切の妥協を許さず完璧さを追求する男が、ただ単に穴が開くだけのような生半可な仕掛けを作るはずもない。


 そんな言葉は到底信用できるはずもなかった。


 そして、案の定、左近は別に仕掛けを用意していた。



「先輩が気にされているような仕掛けは穴を開けたままの状態でこれを押し込んだ時です。反動で穴に掘った横穴から竹槍が飛び出す仕掛けに」



 少し脇に寄り、生垣の中がどうなっているのかを伝左衛門にも見せる。

 生垣の中には竹が一本、土台に突き刺してあった。左近は詳しい絡繰りは伝左衛門にも明かさないが、見た所これを左右のどちらかに傾けることで地面が落ちる仕掛けになっているらしい。



「……相変わらずえげつないな」

「お褒めに預かり光栄です」



 顔を引きつらせる伝左衛門に、左近もにやりと不敵な笑みを浮かべる。


 いくら夜目が利くとはいえ、これを一人で昨夜の暗闇のうちに作り上げるのはなかなかの御業(みわざ)だ。しかも、二段構えの念の入れよう。


 そして、左近が話す仕掛けに使われる竹はそう簡単に折れない。飛び出す仕掛けに使うものを木ではなく竹、しかも槍状にした辺り、入った獲物を完全に仕留めにかかるために作られたものだということは明らかだ。



「俺。ほんっとにお前が同胞で良かったと思ってる」



 飽きることなく見続けている子供達に気をつけろよと言い聞かせてこちらに来ていた隼人も、慣れているとはいえ率直な意見を口にした。


 小声で交わされる話は、まだ子供達には聞かせられない内容(こと)

 罠を見て、はしゃぎ回れるうちはまだ。その罠が作られる意味を、作られてから先を想像できるようになるまでは。



「さぁ、皆。部屋に戻ろうか」



 そう長くいる場所でもないだろうと、左近が皆を促し、建物の方へと足を向ける。そのまま建物の入り口でもない方へ歩いていった。



「あれ? せんせい、こっち……」



 入り口はまだ向こうだと小太朗が声を上げた。



「大丈夫だよ。こっちの方が近道だからね」



 そう言って左近が建物の壁に手を当てた。何度か壁を叩き、目当ての場所を見つけたのか、そこをグッと押し込む。すると、どんでん返しの要領で壁が動き、左近の姿が壁の向こう側へと消えた。



「わっ! 先生がむこうがわに!」

「ここにもしかけがあったんだ!」

「すごぉい!」



 子供達が手を叩いて喜んでいると、左近が再び壁を回して出てきた。



「何してるの。早く早く」

「「はぁい!」」



 子供達は左近に連れられ、壁の向こうへ消えていった。


 残ったのは隼人と伝左衛門のみ。



「……おい。隼人」

「はい」



 呼び止められ、隼人は自分もと続こうとした足を止めた。顔を見ずに話す無礼を先輩から許されるはずもなく、叩き込まれた躾のもと、後ろを振り返る。


 伝左衛門が腕を組み、渋面を作って左近達が消えていった壁の方を睨んでいた。



「お前、あいつらが左近から変な影響を受けないようにしっかり見張ってろ」

「えー」

「えーとはなんだ! えーとは!」



 つい漏れ出た隼人の本音に、伝左衛門は子供達がいないことをこれ幸いといつもの声量に戻して隼人を怒鳴りつけた。


 隼人は肩を(すく)め、決まり悪そうな表情を浮かべながら首の後ろを()であげた。



「いやぁ。……先輩も知ってるでしょ? あいつ、自分が遠地にいたから今回のこと、すぐに対応できなかったって悔やんでるんですよ。高槻先生の死はあいつの責任じゃない。けど、その後釜を任されたからにはここからはあいつの責任です。……だから、何が何でもあの雛達に仕込みにかかると思いますよ? それこそ、俺達同じ代全員どころか使える者、物、モノ、なんでも使ってね」



 ……それはさぞかし末恐ろしい代になるに違いない。

 下手をすれば、手がつけられなかった隼人達の代と同様。もしくは……。



 そこまで考えて伝左衛門はそれ以上考えることをやめた。まだ来てもいない未来を今考えても仕様もないことだ。


 それに、あの襲撃のことを引きずっているのは何も左近だけではない。隼人も、そして伝左衛門も同じだ。その証拠に、高槻の名を出して後、隼人の目も今まで子供達に接していた親類の兄のようなソレとは正反対の位置にあるだろうものに変わっている。

 しかし、それも一瞬長く閉じられた目蓋が再び開く頃にはその片鱗もなく戻されていた。



「……ふん。襲撃の件は今、団次(だんじ)達が探っている。すぐに判るさ」

「団次先輩達が動かれているなら安心ですね。なら、俺達はそれまで大人しく、できるように頑張ります」

「頑張るんじゃなくて、大人しくしろ」

「あ、先輩。俺はもう行きますけど、先輩はもう少しいた方がいいですよ」

「なんだと?」

「目。今のアナタ、まだ子供らに向けられるような目してませんから」



 隼人は自分の目の下辺りを代わりにぽんぽんと指さす。

 そして、間を置かずに(きびす)を返し、左近達の後を追いかけた。



「あっ、隼人! 待て!」



 壁の向こうから伝左衛門の怒声が聞こえてくる。


 制止を無視をしたことに後で雷が落ちるかもしれないが、嘘は言っていない。その証拠に同じように壁を回して追ってくることはない。一応は進言通りに頭を冷やすことにしてくれたのだろう。


 隼人はそのまま口笛を吹きながら伊之梅の部屋へと続く廊下を進んだ。


 部屋へ入ると、今までとは一変して何やら浮かない顔をして座っている子供達と、彼らにそんな顔をして見上げられ苦笑している左近が向かい合っていた。



「お帰り。遅かったね」

「先輩に捕まってたんだよ。……で? 何してたんだ?」

「今までどこまで習ったか聞いてたんだけど……可愛いもんだよ。やっぱりまだまだ殻付きだ」

「ふーん。なら、丁度良いだろ。俺らと同じ一年目」



 子供達と自分達を交互に指し、にかりと笑う隼人。

 そして、それに釣られるようにへらりと笑う子供達。どうやら彼らの憂いの原因は自分達の未熟さが露呈し、それについて左近達がどう思うかだったらしい。


 こうなると、残るは左近の反応だ。



「……それもそうだね。みんな、一緒に頑張ろうね」



 一拍遅れ、顔に笑みが戻った子供達の元気な返事が部屋どころか廊下にまで響き渡った。


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