ほ
建物から出た左近は以之梅を連れて庭の一角を目指していた。
子供達はどんなものが見れるのかと期待に胸を膨らませ、はしゃぎ回っている。
「おい、左近」
「なに?」
「お前、楽しんでるな?」
「そうかな? そう見える?」
「見える。おまけに言うと、ほら上」
「ん? あぁ、先輩」
隼人が指し示す上方に顔を向けると、人が一人空から、正しくは建物の窓から飛び降りてきた。
「さあぁぁこおぉぉんっ!」
「相変わらずすごい身体能力ですね、先輩」
衝撃を屋根や木で殺し、地面に着地する時も受け身をとる見事な着地だ。
左近が思わず拍手をすると、先輩と呼ばれた男――伝左衛門はキッと左近を睨みつけた。
「んなことはどうでもいい! てめぇ、俺に教えていない罠をあんだけ作ってやがって!」
「えー。どれのことをおっしゃってるのか分かりかねますが、たぶん先輩が里を離れられてから作ったものですよ。だからお教えしなかったのではなく、できなかったんです」
「んな屁理屈が通用するか! だったら分かるように目印作っとけ!」
「耳元でそんな大声出さないでくださいってば」
唾を飛ばさんばかりに大声でまくし立てる伝左衛門に、傍で見ていた子供達は驚いて隼人の背に回る。怖くない怖くないぞーと隼人が言い聞かせると、そろそろと鈴なりになって顔を覗かせた。
子供の、というより動物全般の世話をすることに慣れている隼人にとって、面倒を見るということは自分の生活の一部だ。
まるで鴨の子のように後ろについて回る子供達に、餌付けまだなんだけどなと言いつつ、まんざらでもない表情を浮かべて喜んだ。
「お元気そうでなによりです」
「ふん」
ともすれば皮肉とも取れる言葉に、伝左衛門は軽く鼻を鳴らす。そして、隼人の背に庇われている子供達に目をやった。
ひぃっと小さく声が漏れたのは子供達の中で一番大人しそうな子のものだろう。再び隼人の背に隠れてしまった。
それに目をすがめる伝左衛門だったが、その子に対しては何も言わず、再び左近の方を向いた。
「……以之梅を連れてどこへ行く」
「この子達が僕が作ったからくり仕掛けが見たいと言うので、見せに行こうかと」
「はあぁあぁぁぁっ!? 隼人っ! なぜ止めん!」
「いやぁ。止めて聞くような奴じゃないのはご存知でしょう?」
「だからといって雛達、それも一番下の代を連れて行くなど、危険にもほどがある!」
伝左衛門の心配も最もなことである。
なにせ左近が仕掛ける物は一部を除き、本来ならば対侵入者用。そのえげつなさは折り紙付き。しかし、左近が思いつくままに仕掛けるものだから敵も味方もあったものではない。興味を惹かれ、手を足を伸ばした先に、ということが十二分にありえるのだ。
どこに何が仕掛けられているか頭に叩き込むことが、自由に外出を許されるようになった代の最初の学び舎の外での任務と言ってもいい。
それでも、すでにその気になっている子供達の好奇心は抑えられない。
「えー!」
「みたいみたーい!」
「せんせー、みたーい!」
不満と好奇、期待と羨望が入り混じった瞳と声を子供達が投げかけてくる。
そこまで言われては作った側である左近もこのまま見せに行くことにやぶさかではない。
「ほら、この子達もこう言ってることですし」
「……仕方ない。ならば俺も行く!」
伝左衛門の決断に、左近は思わずえーっと不満そうな声を漏らした。
仕掛け罠を減らせとは言われないが、もう少し考えてやれと口煩く言ってくる伝左衛門は左近にとって敬うべき先達ではあるが、少し煙たくもある。
なんとか置いていく術はないかと考えを巡らせた。
そして、はたと気づいた。伝左衛門がやって来た時、それは建物の中からだった。
で、あれば。
「というか、先輩は講義の途中だったんでしょう? 抜けてきて大丈夫なんですか?」
「今は試験中だ。だから問題ない」
「答えを見せ合うかもしれませんよ?」
「そんなこと、あいつらはせん。それに、万一少しでも妙な点があればもう一度やれば分かることだからな」
「……かわいそうですね」
「ふん!」
伝左衛門が自らの担当の子供達に見せるその謎の信頼は本当に信頼なのか。できれば、そんなことはしないとだけ言い切って欲しかった。
しかし、それだと打つ手が減る。最大にして最良の手だと思われたが、はてさて。
どうしようかと左近がさらに考えを巡らせていると、一人、隼人の背から抜け出てきていた宗右衛門が左近の着物の袖を軽く引っ張った。
上目遣いで見てくる宗右衛門は、まだ行かないのかと言外に訴えてくる。
「せんせい?」
「……よし、じゃあ行こうか」
「「はーい!」」
子供達はまだかまだかと首を長くして待っているし、伝左衛門の決意も固そうだ。
左近は伝左衛門をこの場に置いていくことを諦め、歩を進めた。その後ろを子供達を連れた隼人と伝左衛門が続く。
ぞろぞろと連なっていくその様子は、本当に鴨の親子の行列のようであった。