に
翌日。
左近は隼人と共に学び舎の一室で子供達の前に立っていた。
子供達は床に並べられた三人用の長机二つに前三人後二人に分かれて席についている。そして、先に榊の所で会っていた二人が他の子らにも話していたのか、彼らは子供特有の純粋さと期待のこもる眼差しでもって左近達を見上げてくる。
正直に白状しよう。左近はそんな子供らの視線が苦手であった。できることならば回れ右をして長屋の部屋に戻りたい。部屋に入ってきて呼吸十回分足らずでそう心の内で嘆いたことは子供らが知ることはない。けれど、傍にいた隼人はそんな心持ちを察していた。
「よし、じゃあ、まずは挨拶からだな。ほら、左近」
「あ、うん。……そこにいる二人には昨日榊先生から話があったけど、改めて。今日から私が君達の担当になる和泉左近だよ。ここにいる酒井先生と一緒にやっていくから。よろしく」
「「よろしくおねがいしまーす!」」
子供達は揃って頭を下げた。元気で大きく良い返事だ。中には大人しそうな子もいることにはいるが、しっかりと挨拶はできている。
再び上げられた顔には、子供ならではの知りたい聞きたいといった好奇の色が余さず塗りたくられていた。そして、子供達は得てしてその欲求を押さえることが難しい。
間を置かず、すっと高く伸ばされた手などはその表れである。
「はい!」
「はい。えっと……」
「そうえもんです!」
「宗右衛門、何かな?」
当てられた宗右衛門はいささか興奮気味に答えた。他の子らは宗右衛門が自分達の代表でと心得ているのか、大人しくしつつもジッと熱い視線を左近と宗右衛門に交互に送ってくる。
段々と増してくる居心地の悪さに耐えつつ、左近は続きを促した。
「いずみせんせいはからくりじかけがおとくいだとききました! たとえばどんなものなんですか?」
「うげっ。それ聞いちまうのかぁ」
正確に言えば最も得意なのは仕掛け罠なのだが、もちろんそれに利用する絡繰りも得意だ。暇さえあれば作って仕掛けていたし、今もこの周囲に掛けられているものもある。
おそらくそれらを誰か他の者から聞いていたのだろう。それでなくとも左近達の代は八咫烏の中でも最も優れた代としてまだ若輩ながらも名を馳せている。
しかしまぁ、それはそれとして。宗右衛門の問いを聞いた時の隼人の顔ときたら。頬をヒクリと引きつらせ、腕を組んで唸っている。
「隼人……じゃなくて、酒井先生? 何か思うところが?」
「い、いやいや。何も? どうぞ続けて」
にこりと笑って聞いてくる辺り、反論は許さないといった意思表示が全面に押し出されている。常ならば、同胞であり親しい友でもある隼人とてこの笑みを見せられればそれ以上とやかく言うことはできない。
ただ、これがそう、一つ下の後輩であれば隼人もそのまま放っておくだろう。けれど、今目の前にいる子供達はうんと歳の離れた、それもまだ学び舎に来たばかりで何も知らないと言ってもいい雛達だ。
最初からとびきりえげつない物を見せるのはさすがに忍びなかった。
「……できるだけ無害なやつでな」
「分かってるよ」
薬の知識に長けた与一と一緒になって敵味方関係なく阿鼻叫喚の地獄絵図へと叩き込む常習犯であった左近といえど、それくらいの弁えはあったらしい。
隼人も人のことを言えないが、左近は自分の得意なことに話の水を向けられると嬉々として長話をし始めるのだ。興が乗りに乗った左近の口から語られる仕掛け罠に気分を悪くした者も全くいないというわけではないというところが怖い。
だが、今回は言質も取れたし、これでハラハラとしつつ左近の言葉を聞かずに済む。
数多く実験台にされてきた伊織ほどではないが、それなりに巻き込まれることが多い隼人もホッと胸を撫でおろした。
「……そうだね。じゃあ、今から場所を移動しようか。みんな私について来て」
「はーい!」
「うん。いいお返事」
先程までの苦手意識はどこへやら。
一緒になって楽しんでいるようにも見える左近の姿は、隼人にしてみれば歳の離れた兄弟のようだった。