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 話は尽きることなく、そのまま三人一緒に左近が今後就寝用に使う部屋に向かうことになった。伊織は最初、見回りを再開させようとしていたが、ふと考えなおし、二人についてきた。


 師が使う区画に並ぶ部屋の戸のいくつかは開け放たれ、個人に与えられている最低限の机や座布団、衣紋掛けなどの調度品が綺麗に整頓されている。それはもうその部屋の主達がここに戻らないことを示していた。


 少し立ち止まりそうになる左近を、先を歩く隼人と伊織が察して両側から腕をひき、足を進めさせる。左近は僅かに目を細め、二人の後について歩いた。


 部屋に着くと、左近は空いている押入れに荷物を入れていく。この学び舎を出てからは里に戻ることも少なかったので、荷物という荷物は存外少ない。彼の場合、仕掛けを作るために使うものがほとんどだ。押入れはほとんどが使われず、そのまま戸は閉められた。


 部屋で三人が車座になって話していると、廊下から足音が聞こえてくる。開けたままにしてある部屋の入り口に目を向けると、これまた懐かしい顔ぶれが並んでいた。



「よっ。さっきまで庭で戻ってきて早々に組頭からの説教くらってただろ? 相変わらずだな、お前も」

「源太。兵庫も。久しぶり」

「ん。元気そうでなにより」



 ほとんど自分から声を発することがないほど無口である兵庫も、かれこれ数年ぶりとなる全員での顔合わせに口が緩む。


 入り口に近い所に座っていた伊織と隼人が場所をあけると、二人はそこに腰を下ろした。先程までどこかの補修作業に勤しんでいたからか、二人とも上衣を脱ぎ、肩にかけて鍛え上げられた半身を惜しげもなく(さら)している。



「見回りは?」

「抜けてきた」

「これで元梅組は全員集合か」

「だな」



 源太が歯並びの良い白い歯を見せて、にかりと笑う。雛の時分は実年齢よりも年嵩(としかさ)に見える顔を本人は気にしていたが、だいぶ年に見合った精悍(せいかん)な顔つきになってきていた。唯一年相応に見せていた笑いえくぼが、今は幼ささえ感じさせる。



「……他の組のことは?」



 伊織の感情を押し殺したような声に、皆の顔が曇る。その表情で、すでに皆の耳にも各々(おのおの)の知らせが届いていることは明らかだ。源太は床にごろりと横になってしまった。


 同じ代の松、竹組は六人。そして、それぞれ四人と二人、既にこの世にない。そして、そのうち松組の一人は雛であるうちに実習で行方不明に、のちに死亡したものと判断されていた。



「そういえば、正蔵(しょうぞう)達は?」

「松組の二人はもう実技の師として動いている。竹組の四人は一旦都まで出て様子見」

「ふーん」



 左近達の代はとりわけ結束が固く、二人で話していればぞろぞろと集まってくる。左近達の代に年が近い先輩達などはからかい混じりに、一匹いればなんとやらの黒光りする例の害虫のようだと(のたま)っていた。

 しかし、仕事中なのであれば集まれないのも仕方ない。それでも全員が呼び戻されたということは皆、この学び舎で過ごすということだ。じきに同じ光景を後輩達も目にすることになるだろう。



「そういや、聞いたぞ? お前、以之梅を受け持つんだって?」

「うん。懐かしいよねー」



 源太は片腕をついて上半身を起こした。



「ま、俺はお前にだけは習いたくないけどな」

「あー。寝食まで一緒だった俺が言うのもなんだけど、俺も嫌だ」

「えっ? どうしてさ?」

「俺も」

「伊織まで。……兵庫も?」



 一人傍観していた兵庫も間髪入れずに頷いた。



「なんでそんな不満そうにしてんだ。過去の自分に問いかけてみろ。俺が組頭として、何回自分の部屋の中にまで絡繰を仕掛けるなって言ったことか」

「えー」



 口では不満そうにするものの、もし自分が教わる側だったらと考えると、自分でもごめん(こうむ)りたいのだから左近もそれ以上文句はない。わざとらしく肩をすくめる左近に、伊織の拳が頭に落ちる。


 しばらくすると、また二人、新たに顔を覗かせてきた。



「あっ、やっぱりいたいた。なんの話してるのー?」

「与一、慎太郎。戻ってたのか」



 二人が座る位置をあけるために円を広げ、空いた所に二人を座らせた。

 同じ代を束ねる総大将として、伊織が二人に尋ねた。



「ついさっき翁への報告を済ませてきたところー」

「彦四郎と吾妻は少し先の方まで行ってるから、戻るまでまだかかる」



 残りの竹組の二人の姿を探して入り口から身を乗り出す隼人に、慎太郎が手拭いを取り出して首の後ろの汗をぬぐいながら答えた。

 

 それならばと、全員がそろうまで今まで任務でそれぞれが訪れていた地の情報を話せる範囲で情報共有しながら待つことになった。補修作業を抜けてきた源太と兵庫、それから確認作業をしていた伊織が仕事を終えてくると一旦席を立ったが、すぐに戻ってきた。

 そうして、全員が揃ったのは陽が沈む間際の黄昏(たそがれ)時だった。

 

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