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通されたのは豪華な骨董の数々が自然に配置された落ち着いたアイボリーの部屋だった。煌びやかさこそ王宮にしては控えめにみえたがそれもファルーナの好みに配慮したもので、連なる部屋も含めて広さは元の屋敷の数倍はあろうかという住まいだった。
「ファルーナお嬢様。もういいかげんに泣き止んで下さい。ほら、窓辺からバラの庭園が見えますよ。なんて美しい眺めでしょう…!」
侍女のニーナは紅茶を入れながら努めて明るい声を出した。
「裏切ったわね…。」
部屋の中央の大きなソファに突っ伏していたファルーナがようやく顔を上げた。
「…申し訳ありません。アオライト殿下は生き別れになっていた私の弟を見つけ出し…そればかりか当時職に困っていた弟を王宮で護衛兵として雇い入れて下さったんです。」
「なんですって? ニーナに弟がいたなんて聞いていないわ。」
「はい。話してもお嬢様にご心配をお掛けするだけかと思いまして…もう会えないものと諦めていましたし…。」
「…。」
いつも明るく振る舞うニーナにそんな事情があったなんて…全然知らなかった。
「あの、こう言っては何ですが殿下はお嬢様を本当に愛しておられます。ちょっと愛情が行き過ぎたところはありますけども…。ほら、ここに世界各国から取り寄せた紅茶のコレクションが並んでいますよ。」
「わぁ…」
そこには喉から手が出るほど欲しかった入手困難な茶葉の数々が並んでいた。
「きっと殿下はどんな宝石や花束よりもこれが一番お嬢様がお喜びになるものが分かっておられたんでしょうね。」
「…。」
何故だか…ふと『もっとわたしを見てくれ』と言ったアオライト王子のセリフが頭に浮かんだ。
「さっ、冷めないうちにお召し上がり下さい。南国の幻の紅茶ですよ。」
「…おいしい。」
(妹がこのゲームをプレイしているところなんて腐るほど見てきたからこの世界に関して知らないことなんかないと思っていた。登場人物の気持ちだって全てわかったつもりで…)
「…ラド様はどうしておられるかしら? 本当にセレナルド城に幽閉―――」
「ラドなら心配入りません。ファルーナ様にこの手紙を渡して欲しいと…」
音もなく目の前に現れたのは王宮付きの魔法使いのレイ・ベンジャミンだった。白銀の三つ編みに水色の瞳を持つ攻略対象のなかでは唯一の年下のキャラクターだ。
「なになに…『間もなくあなたを迎えにいきます。愛しています。 ラド』…レイ、これは何の冗談かしら? あっ、ニーナ! 何するの?!」
気づいたらニーナが手紙を取り上げて慌ててグシャグシャに丸めてメイド服のポケットに閉まった。
「こっ、こんなものが殿下の目に触れたら…あぁ、想像するだけで恐ろしい。お嬢様の身だってどうなるか分かりませんよ!」
「何が恐ろしいって?」
ドアの前には殺気を押し殺して微笑むアオライト王太子殿下が立っていた。
「あはっ! ここに来たのがばれないように魔法を使ったのになぁ~。さっすが殿下!」
張り詰めた空気を余所にレイが無邪気に笑った。
「あっ」
いつの間にか背後にまわっていたレイに口元を押さえられ両腕を拘束される。
「レイ…私の妃から離れろ。お前自分が今何をしているか分かっているのか?」
笑顔が消えた王子はまるで別人のように鋭利な表情になる。
「ごめんなさい殿下。僕はただ大好きなファルーナの望みを叶えてあげたいんだ。」
まだ少年の幼さの残るはずのレイが意思のこもった低い声ではっきりと言った。
「くっ」
王子がこちらへ駆け寄るよりも早くファルーナとレイを竜巻のような風が包み、二人の姿が一瞬にして消えた。
突風に荒らされた部屋にしばしの沈黙が流れる。
「…ニーナ、その手紙を見せてもらおうか。」
驚いて腰を抜かしたメイドにゆっくりと近づく王子はまたいつもの温厚そうな表情に戻っている。
「なっ、何のことでしょう…」
ファルーナを守ろうとせめてもの勇気を振り絞ったニーナが震える声で答える。
「ひっ」
王子はニーナの手を取って至って紳士的に身を起こしたと同時にすばやくメイド服のポケットに手を入れた。
「で、殿下…ファルーナ様は決して…きゃぁぁっ…!」
青白い炎が一瞬で手紙を焼き払い、
稲妻のような光が部屋全体を包んだ眩しさにニーナが目を細めると同時にアオライト殿下の姿も見えなくなった。