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一直線に敷かれた赤い絨毯の先には黄金色に輝く装飾の玉座…その一歩手前には婚約者であるアオライト王太子殿下とその隣には震えながらも頬をピンク色に上気させて彼にピッタリと寄り添う一人の乙女の姿があった。
(そうそう…これこれ…)
ここは乙女ゲーム『不思議の国のルリアと七人のナイトたち』の世界。そして私は主人公のルリア嬢をイジめ倒す悪役令嬢のファルーナ。キツくつり上がった真っ赤な瞳とそれと同じ色の波打つロングヘアがいかにも…。
「怖がらなくてもよいルリア…。私が側に付いている。」
(おぉ…! あの王子様の甘い声色と…セリフまでゲームのままだわ。)
前世で妹はこのゲームが大好きだった。何度もプレイに付き合わされていたせいか、生まれ変わったこの異世界がまさにそれだと気付くのに時間はかからなかった。
「はい、殿下…。」
うつむいて肩をすくめるルリア嬢は、王太子殿下含め攻略対象の美男子七人でなくても男なら誰でも庇護欲をそそられるような…どこか頼りなく愛らしい黒髪の美少女だ。
「ファルーナ…これから君が彼女にした仕打ちの数々を明らかにしよう…」
アオライト王太子殿下は、私がほぼゲームのシナリオ通りに実行した主人公への嫌がらせを一つ一つご丁寧に述べていった。大広間に集まった名だたる名門の貴族の紳士淑女たちはファルーナに非難の視線を向ける。
(早く終わらないかな…殿下もこんなに一つ一つネチネチ攻め立てなくたって…いっそひとおもいに婚約破棄と国外追放を言い渡してくれればいいのに…ていうか気のせいか殿下の様子が少し楽しそうにみえるんだけど…性格悪っ…ていうかこれだけ嫌がらせしても王宮に留まり続けて人の婚約者を奪った主人公って相当しぶとくて図々しいよね…ゲームしてる間は何とも思わなかったけど…)
「聞いているのか…! ファルーナ!!」
王子の形の良い眉が歪む。
「え? はいはい。」
自分が悪役令嬢に転生したと気付いてからは、なるべくシナリオ通りにがんばって悪役を演じてきた。
それはなぜかというと…前世からそうだったのだが…アオライト王太子殿下が正直言ってあまり私のタイプではなかったからだ。
好きでもない人の隣で国妃などという大変なストレスがかかりそな大役を引き受けさせられるなんて…割りに合わない。
それに前世で社畜OLだった私には
ひとつだけささやかな夢があった。
それはいつか小さくても自分のカフェを持つこと。前世では道半ばだったその夢がもうすぐ叶う。
「よって私はそなたとの婚約を破棄…」
(キ、キタ―――!! このセリフを聞くためにここまでがんばって来たのだ…感動して涙が出てきた…)
「…するわけないだろう。」
「へ?」
(今、何つった…聞き間違いかな…)
「ファルーナ、君の本心など全てお見通しだ…」
「は?」
王子はそう言うと、自らの腕にしがみ付いていたルリア嬢を剥がした。
「でっ、殿下…!!」
一直線にこちらに向かってくる王子を追いかけようとするルリア嬢を近くにいた王子の従者が抑える。
「あ、あの…」
(何これ…ゲームではこんな展開なかったけど…)
あぜんとするファルーナの肩を抱いて王子は笑顔でこの場に集まった一同を振り返った。
「私がルリア嬢と親しくしているのが気に入らなかったのだろう。これも私を愛するが故の彼女のかわいい嫉妬だ。この通り本人も泣くほど反省しているようだしみなも許してやって欲しい。」
『まぁ…大きなケガをされたようでもないですし…』
『ルリア嬢も礼儀を欠いたふるまいがあったことは確かだしな…』
『ファルーナ様は私たちにはいつもお優しく接して下さいますし…お怒りなるならよっぽどのことがあったのですわ。』
『殿下のことをそこまで愛されておいでなのですね…』
「は? ち、ちが…」
「ルナ…今まで不安にさせてすまなかった。」
何で急に愛称呼び…
耳元で甘く囁かれた声に背筋に悪寒が走った。
いつの間にか張り詰めた空気の会場まで勝手にだんだん和やかなムードになりつつある。
それに抵抗するかのようにルリア嬢が叫んだ。
「わたしはその女にさんざん嫌がらせを受けてきたのに! こんなの納得できないわ!」
従者に押さえられていた腕を振り払ってルリア嬢が一歩前に出る。その表情はもはや主人公のそれとも思えないくらい酷く歪んでいた。
「そ、そうですわ…私が彼女にしてきたことは立派な犯罪です。どうか厳正なご処分を…」
(この怪しい雲行きは一体…アドリブの演技には慣れていない…どうすればここから国外追放まで話を持っていけるだろう…)
「た、例えば、国外追放とか…」
ずばりハッキリ言ってみた…もう追放先には根回して姿を眩ませた後に夢のセカンドライフを満喫するための屋敷も建ててある…悠々自適の楽しい人生はこれからだというのに…ここで計画を台無しにされては困るのだ…
「国外追放?」
王子は鼻で笑って肩を抱く手の力を込めた。
「ルリア嬢、私の婚約者がすまない。ルナの行動が度を越さないよう見張ってはいたんだがね。補償についてはあなたの望む通りにしよう。爵位でも財産でも好きに申し出てくれ。」
王子の態度の急変に頭が追い付かないのか…ルリア嬢は放心状態のままその場に崩れ落ちた。
お読みいただきありがとうございます。
連載中の小説『なまけものだけど、シンデレラ』も読んで(長編なので気長に…)いただけると嬉しいです。