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王都の噂

「……退屈ね……」

「退屈ってリリー……やることいっぱいあるじゃん。ハーブ摘んだり、薬作ったり、花の手入れもしなきゃいけないし、それに王都散策してみたいって言ってたじゃん」


 大きくなったロジーが後ろから私の肩に顎を乗せてお腹に手を回してきた。

「う〜ん、そうなんだけどね。なんか、こう……張合いがないというか、気が乗らないって言うか……」

「それってさ、あの賑やかな子供達がいなくなったからじゃない? リリー、毎日忙しそうだったけどいい顔してたもんな〜」


 言われてみれば成程と納得ができた。ロジーってばよく見てるのね。

 そのロジーも子供達がいる間はあまり私たちの前に姿を見せず、ずっと隠れたままだったので、子供達がいなくなった今、こうして堂々と甘えてくるようになった。


「みんな親元に帰れて良かったけど、ちょっとだけ寂しいかな。あの子達、そろそろ故郷へ帰ってる頃よね」

 あの子達が出発してからもう何日も経っていた。何事もなければ両親と再会し喜びあっていることだろう。

 何となく心にぽっかり穴が空いたようだったが、いつまでも寂しがってはいられない。


「さて、気持ちを切り替えないとね。今日は何から始めようかな……ほら、ロジー。離れてくれないと歩けないわ。……あ、もぉ、どこ触ってるのよ」

 クスクスと笑いながらロジーの腕から抜け出す。


 ロジーと戯れながら工房の扉を開こうとした時、カランカランと家の呼び鈴が鳴った。

「ん? 誰か来る予定あったかしら?」

 そう思いながらも、エントランスへ行き扉を開けると、そこにはもう何度目かの光景が……


「……ライアン様……」

「やっ! お、今日は精霊殿も一緒か」

「も〜、これからいいとこだったのに邪魔すんなよ〜。つまんないの〜、僕上に行ってるね〜」

 ロジーはそう言うと、ポン! と精霊の姿になり上へ上って言ってしまった。


「やっ! じゃないですって。今週三度目ですよね? ディランさんかクラウスさんにちゃんと言ってきました? ってかライアン様、今日って視察がどうのこうのって言ってた日じゃありません? ま、まさかとは思いますけど……」

「さすがリリー! 聡いね〜!」


 目の前にはカラカラといい笑顔を向けるライアン様が一人で立っていた。

 この人、こうやって二日に一度はここに現れる。特に用事という用事もなく、私の庭でサボ……まったりとハーブティーを飲みに来るのだ。

 しかも今日は王都に新たに建設中の劇場を視察する日だった気がする。

 

「ライアン様? 劇場の視察いいんですか? ディランさんとクラウスさんに怒られても知りませんよ?」

「まぁ、そうなんだけどね。建設中の劇場って言っても、もうほぼほぼ完成しちゃってるし、何度も視察に行ってるんだよね。そう何度も見に行く必要なくない?」

「私に公務のことは分からないですけど、あんまりクラウスさん達を困らせないでください。それに、新しい劇場の視察なんて素敵じゃないですか。私、ちゃんとした劇場って行ったことないから羨ましいです」


 王都を歩いてみて気付いたのだが、この街の建物は美しく立派な建物ばかりだった。ちょっとした街角のパン屋さんでさえ、建物全体に装飾が施されてたりするので、一見パン屋さんには見えないほど。

 まるでテーマパークを歩いているようで、歩いているだけで楽しめる。


「元の世界にはなかったのかい?」

「あ、いえ。元の世界にも劇場はありましたけど、あまり立派な劇場だと敷居が高いと言いうか、気が引けちゃうんですよね」

「ふ〜ん。あ、じゃあさ! もしリリーが良かったら劇場視察、一緒に行ってみない? どうせそのうちクラウスもディランも来るだろうから話してみるよ」


 という事で、あれよあれよと話は決まり、現在劇場視察の為の馬車の中です。舗装された道にカラカラと小気味良い車輪の音が響いている。

「ほんとに付いていっていいんですか?」

 今更ながら不安になってくる。目の前にいるのはいつもの自由奔放なライアン様ではなく、この国の王太子殿下だ。その隣には仏頂面のディランさんが。そして、私の隣には呆れた顔をしたクラウスさんが座っている。


 ちなみにロジーはいつもの定位置、私の首元にペンダントトップとして揺れている。

「勿論。貴女を案内出来ることを嬉しく思うよ。是非、楽しんで頂きたい」

 そう言ってライアン様はふわりと微笑んだ。


 変わり身の上手だこと。まぁ、これが本来いつもみんなに見せている王太子殿下としての顔なのだろう。

「それではお言葉に甘えまして、今日はよろしくお願いします。殿下」

 私がそう言うと、ライアン様は一瞬目をパッと見開き、またふわりと微笑んたのだった。

 ええ、分かってますよ。今のあなたは王太子殿下。気軽に「ライアン様」なんて呼びませんからご安心を。

 

 前にクラウスさんとディランさんからこの国の貴族の接し方を教えて貰った際、これだけは覚えておいてと言われたことがある。

 一つ、貴族を呼ぶ際は貴族名に様を付けて呼ぶべし。ファーストネームは呼びません。

 一つ、貴族から手を差し出されたら、それは挨拶の一種なので、差し出された手にそっと手を乗せて軽くカーテシーを。


 この二つだ。これさえ覚えておけば、あとはクラウスさんなり、ディランさんが何とか場を繋いでくれるらしい。

 どの道ここには長く滞在するつもりは無いから、無用の事だろうけどね。

 尚、異性間でファーストネームを呼ぶのは、特別親しい関係のみなのだそう。


 それをもっと早く教えて欲しかった。クラウスさん、フレッドさんは今更すぎるから仕方がないとしても、知っていれば殿下のことを「ライアン様」なんて呼ばなかったのに。

 だから初めてライアン様と会った時、私が「ライアン様」と呼んでクラウスさんが驚いていたのだ。まぁ、私が進んで名前を呼んだんじゃなくて、ライアン様からそう呼ぶようにって言われて、知らず知らずに呼んでたんだけどね。

 それも今更だから私の家にサボ……気分転換しにいらした時にはそのままライアン様と呼ぶことにしている。


 四人で何だかんだと話をしていると、馬車の動きが止まる。外の様子は見えないが、何だかとっても活気があるようだ。人の話し声が多く聞こえる。

「さて、着きましたね」

 ディランさんはそう言うと、馬車の扉を開けて降りていく。そして、その後をライアン様が付いて降りていった。

 すると、ライアン様が降りた瞬間、外から控えめな黄色い声が聞こえた。そして、その声は一つ二つではなく何人もの声のようだった。


「クラウスさん……もしかして……外って大変なことになってる?」

 恐る恐るクラウスさんに聞いてみれば、チラリと外を眺め、ため息をついた。

「ああ、恐らくライアン目当てのご令嬢達や野次馬達だろうな。わざわざ目立たない様に王家の馬車は使わなかったと言うのに、何故知られてしまったのか……」


「えー……ど、どうしよう行きたくない……すっごく行きたくない! クラウスさん、このまま馬車で退散……って訳には……」

「いかないだろうな……仕方がない……騒がしいのは劇場に入るまでの間だけだから、中に入ってしまえば他の者は入ってこれない。少しだけ我慢してくれるか?」


「う〜、ただちょっとだけ劇場を見に来ただけなのに……こんな事ならちゃんとお化粧してればよかったわ」

 ちょっと見学くらいの気持ちで出てきてしまったので、今日は薄く白粉を叩いて淡い色のリップクリームを塗っただけの薄化粧だ。

 服装は外出用のワンピースに、ブローディア伯爵様から頂いたローブを羽織って来きたので、ローブの質の良さに助けられているが、やはりもう少ししっかり化粧をするべきだったな……などと考えてしまう。

「リリーはそんなに濃い化粧をせずとも、充分美しいよ。さぁ、それじゃあ行こうか」

 クラウスさんはそう言うと馬車を降り、私に手を差し向ける。

「あぁ、もう……そんなに甘やかさないでよ……」

 向けられた優しげな顔にキュンとなりながらも、クラウスさんの手を取り馬車を降りた。


「お久しぶりでございます殿下。一月前の夜会以来でしょうか?」

「最近、夜会に殿下のお姿が見られなくなって、皆心配しておりましたのよ?」

「殿下、劇場はもう完成と言っても良いと聞きましたわ。初興行の際は是非私達を……」


 私が馬車を降りると、ライアン様は色とりどりのドレスに囲まれ、数人のご令嬢からご機嫌伺いを立てられていた。ライアン様は王太子の仮面を顔面に貼り付け「ええ、お久しぶりですね。それは申し訳ありません。是非機会があれば……」などと、思ってもいないようなことを笑顔でスラスラ語っている。

 傍から見れば上品な対応だが、本当の彼を知る私から見れば、なんだかとっても嫌そうな顔をしている。


 だが、私が馬車から現れる事で、辺りは水を打ったように瞬時に静まり返った。

 ……か、帰りたい! そう思いながらもクラウスさんにエスコートされライアン様の元へ。

「それではレディー達、連れの友人を待たせられませんのでこれで失礼させてもらうよ」

 ライアン様はそう言うと、私に腕を差し出してきた。令嬢たちは完全に固まりこちらを凝視している。


 !? 今! この状況でやる!? 腕を組めと!? ヒィーー!! ご令嬢達の目が! 目がー!

「い、嫌ですわ殿下ったら。私の事などお気になさらずにお話を続けてください。私はウィンザーベルク様にご案内をお願いしますので……」

 何とかこの場を凌ごうと、令嬢たちから距離を取ろうとするが、ライアン様はそれを拒んだ。

「そんな事を言わないでおくれ。寂しいではないか。それに、何故いつもの様に「ライアン」と呼んでくれないのだ。私と貴女の仲だろう?」


 その言葉に場が凍りついた。何を言ってるんだこの人! それにその顔! 完全に面白がってるでしょ!! あぁ……クラウスさん! 抑えて抑えて!! ディ、ディランさん! ここでキレちゃ駄目ー!! 

 二人が爆発しそうになっているのを見て、一刻もこの場を離れなければと、仕方なしにライアン様の腕を取った。


「それじゃあ行こうか」

 ライアン様は満足そうに笑んで、私の手を引き劇場へと歩を進めた。

 一体ライアン様は何を考えているのか……後で人の居なくなったところで問い詰めてやらねばならない。


 ゆっくりと歩くライアン様をグイグイと引き気味に歩き、早々と劇場の中へと入ったのだった。


 

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