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それぞれの道へ

 ライアン様の突撃訪問から二十日がたった頃、ようやく待ちに待った捜索隊の第一陣が帰ってきた。

 私はクラウスさんからの知らせを受けて、シェアハウスで報告の時を待つ。

 子供達は結果がどうなるか分からなかったので、いつも通り自分達のシェアハウスで待機してもらっている。


「待たせたな」

 そう言って入ってきたのは、第一騎士団フェルンバッハ隊長だ。そしてその隣にはリーヴェス副隊長が束になった書類を持って並んでいる。

「お待ちしてました。本当にフェルンバッハ隊長さんが指揮を取って下さったのですね」

 フェルンバッハ隊長は騎士団長に話を通してくれるだけではなく、自らが率先して指揮を取り、子供達の故郷を捜索してくれたのだ。


「リリー殿に頭を下げられてしまったからな。全力で答えさせてもらったよ」

「本当に、ありがとうございました。それで、子供達は……」

 ここからが、本題だ。

「ああ。無事、子供達全員の村を見つけることが出来た。リーヴェス、頼む」


 フェルンバッハ隊長がリーヴェス副隊長に声をかけると、リーヴェス副隊長は書類の束を捲りながら子供達一人一人の名前を呼んだ。

「……今、名前を呼んだ子供達は無事家に帰れます。被害は大きいですが、大人達の無事も確認されました」

 リーヴェス副隊長が名前を呼んだ中に、ルーナとシリーの名前もあった。

「リーヴェス副隊長さん。ルーナとシリーのご両親、無事だったんですか!?」


 ルーナが見た血を流して動かなくなったと言う両親。言葉では「きっと大丈夫、お父さんもお母さんもきっと無事にいてくれるから」と励まし続けていたが、実際本当に無事か分からないので、内心ヒヤヒヤしていた。


「ええ。ひどい傷を負い、一時は命の危険もあったそうですが、狼の亜人は非常に生命力の強い人種です。残された者達で助け合いながら生き延びていていました」

 その言葉を聞いて、私はホッとした。

「よ、良かった。あんな小さな子達が親を失うなんて可哀想すぎるもの……本当に良かった」

「ご両親にルーナ、シリー両名の無事を伝えると、体を引きずりながらも「迎えに行く」と言っていましたが、私達が送り届けるからと説得し、待っていてもらうことにしました」

 

 ルーナとシリーの両親も、二人の無事を聞いた時、さぞかし歓喜しただろう。奴隷にされたもの達の多くは、二度と見つからないそうなので、両親の心境を考えると胸が苦しくなる。

 だが、こうしてお互いが無事に再会できると分かれば、こんなに嬉しいことはないだろう。


「フェルンバッハ隊長、リーヴェス副隊長、本当にありがとうございました」

「ああ。ただな……全員が無事に帰れるわけではなかったんだ」

 

 ……そう言えば、名前を呼ばれていない子がいる。


「ジャンクとリリアナですね」

「ああ。まずはジャンクだが、彼の言っていた森の奥を捜索したところ、何とか彼の家を見つけることが出来たのだが、私達が到着した時には既に両親は事切れた後だった。恐らく、襲撃から間もなく直ぐに命を落としたのだろうと思われる。遺体は丁重に埋葬してきた」

 フェルンバッハ隊長はそう言うと、綺麗に畳まれた白い紙を広げた。そこには紐で括られた遺髪が二つ並んでいた。


「そう……でしたか」

 きっと大丈夫だからとジャンクを励ましてきたが、残念な結果を前に、無責任なことを言って期待を持たせてしまったと、少しだけ後悔してしまった。

「ジャンクには我々から伝えましょうか?」

 悲痛な面持ちで遺髪を見る私を気遣ってか、リーヴェス副隊長がそう提案してきたが、私は首を横に降り断った。

「最後まで面倒を見させてください。私が伝えます」

 辛いことだけ避けて、騎士に丸投げだなんてそんな事はあまりにも無責任だろう。私はフェルンバッハ隊長から遺髪を包んだ白い紙を受け取り、そっと両手で包み込んだ。


「それで、リリアナの方はどうだったんですか?」

 彼女は村の外で一人でいるところを攫われたと言っていた。それなら、村にいた他の亜人達は無事なのではないかと思っていたのだが……


「何人かの生き残りはいたのですが、話を聞いてみるとかなりの人数が奴隷狩りの標的にされ、連れていかれたそうです」

 リーヴェスさんがそう言うと、ガタン!! と窓の外から音がした。

 まさか…… ! 窓から身を乗り出して下を除くと、そこにはジャンクに肩を抱かれたリリアナの姿が。

「あなた達……」

 ジャンクの表情を見てみれば、先程の会話を全て聞いていたのだろう……怒り、悲しみ、寂しさ、その全てが入り交じる顔をしていた。リリアナもまた、目に涙を浮かべ唇をかんでいる。


「ジャンクも……聞いていたの?」

「ごめんなさい。どうしても気になって……」

 私はウッドデッキの方から二人の元へ向かい、二人の傍まで行くと何も言わずギュッと抱きしめた。

 

 それから二人をリビングまで連れてくると、まずはジャンクにご両親の遺髪を渡した。

「ある程度は覚悟してました。でも、もしかしたら……って期待もしてたから……」

 ジャンクはそう言うと、遺髪を包んだ紙をギュッと胸に抱いた。

「くそっ! ……父さん、母さん……! 俺にもっと力があれば! 自分の身は自分で守れていれば……」

「ジャンク……」

 今まで一度たりとも涙を見せなかったジャンクだが、その目には涙が溜められていた。

 私はこんな時、どう言葉をかけていいか分からず、背中を撫でてあげることしか出来なかった。


「私の村は……どうなりましたか? 襲われたのは私だけではなかったんですか?」

 真っ青な顔をしたリリアナがリーヴェスさんに村の状況を聞いている。

「それが、話を聞いてみると、村全体が眠りの魔法で襲われ、あっという間の出来事だったそうです。咄嗟に村の外に逃げた数名が村に戻ってみると、もぬけの殻だったと。……残された村人達は、生き残るために全員で他の地の亜人の村へ向かうそうです。私達が貴女の村を見つけた時には既に出発準備が済まされていました……」

「そんな……私だけじゃなかったんだ……それで、その中に私の姉は……リーゼッテはいませんでしたか?」

 リーゼッテ……リリアナはよく言っていた。「きっと姉が心配している。早く帰りたい」と。だが、その姉も攫われてしまったらしい。既に両親は他界しており、家族はその姉だけなのだと言う。

「残念ですが、その名前の方はいらっしゃいませんでした。恐らく攫われてしまったものと……」


 リーヴェス副隊長が申し訳なさそうにリリアナに報告する。

 私は前にガウルさんが言っていた事を思い出した。「兎の亜人は男女共に見目の美しい者が多い。その為、奴隷として高く売られるんだ……」と。


 あまりにも痛ましく、なんと声をかけていいか分からない。私はなんて無力なのだろう……こんな時にかけてあげる言葉が見つからないなんて。そう自分に失望していると、ジャンクがスッと私の前に出てきた。

「魔女様……お願いがあります。俺を……俺を魔女様の旅に一緒に連れて行ってくれませんか? 前にも言った通り、今更普通の生活は出来ません。助けて貰った恩を返す為にも精一杯、魔女様に仕えますから、どうか……」


 必死な様子のジャンクに胸が痛くなる。これは前にも言われていたことだ。「もしも帰る場所がなくなった時は仕えさせてくれ」と。私も、彼らを励ましながらここまで来たが、万が一のことを考えなかった訳では無い。ジャンクがそう望むのならば受け入れようと考えていた。

「分かったわ。ただし、私に仕えるんじゃなくて私の友人として同行してくれるかな? 貴方の本当の居場所を見つけるまでサポートさせて頂戴」

 ジャンクは私の差し出した手を握ると「ありがとうございます」と言って膝を折り低い姿勢のまま頭を下げた。その行為は侍従関係を結ぶ際の所作だった。

「もう、それやっちゃダメよ? いい? 私達は友人だからね。次やったら連れていかないから」

 そう言ってジャンクを立たせた。

 

「ねぇ、リリアナ。もしも貴女が良ければなんだけど、貴女も私と一緒に来ない? 私はこれから色んな土地を巡るの。その中でもしかしたら貴女のお姉さんを見つけられるかもしれないわ。どうかしら? もしも見つけることが出来たのなら全力で助けると誓うわ。私に貴女を助けさせて」

 リリアナの両手を包み、そう提案してみると、すぐにリリアナから「お願いします」と返事が返ってきて、こちらもまたジャンクと同じ行為に出た。

「リリアナ……全く、貴女まで……貴女も私の大事な友人なんだから二度とやらないでね」

 

 それから数日後、ルーナ達帰郷組は騎士団の面々によって送り届けられることとなり、見送りにはクラウスさんを始め、特務のみんなも来てくれた。

「それじゃあ、ルーナ。元気でね。お父さん、お母さん無事で良かったわね」

「うん。うん! 魔女様、ありがとう! 私、大きくなったら魔女様みたいに困った人を助けられる大人になるね! お父さんとお母さんにも魔女様の事教えるんだ。魔女様……また、会えるよね?」

「ええ、きっと。大きくなったルーナと会えるのを楽しみにしてるからね。頑張るのよ、ルーナお姉ちゃん」

 ルーナの腕の中にはすやすやと眠るシリーがしっかりと抱かれている。


「うん! リリアナお姉ちゃんとジャンクお兄ちゃんもありがとう! 二人も明日帰るんでしょ?」

「ええそうよ。私達も明日帰るわ。元気でね、ルーナ」

 リリアナとジャンクの希望で、他の子供たちには二人は明日帰ることになったと伝えてある。無事に帰れることになった喜びに、わざわざ自分たちの事で水を指すことは無い、黙っていてくれ。との事だった。


「ほら、みんなが待ってるぞ。元気でな」

 ジャンクもルーナの頭を撫でてやると、何も無かったように見送る。ジャンクの首元には両親の形見である、遺髪が入ったロケットが二つ並んでいる。


 二人とも、十五とは思えないほど妙に大人びていて、なんだか心配になってくるが、ガウルさん曰く「亜人の成人は十六だからそれほど驚くことではない」そうだ。私から見れば充分子供なんだけどね……。


 そして、子供達を見送った数日後、リリアナとジャンクは気持ちの整理をつける為、自分の故郷へ向かうことになった。リリアナにはアニーさんとフレッドさんが、ジャンクにはガウルさんが同行してくれる事になったので安心して任せられる。リリアナもジャンクも「すぐに戻ってくるから先に行かないで」と私に念を押して出発したのだった。


 全員が望んだ結果にはならなかったが、こうして奴隷狩り事件は一旦幕を閉じたのだった。


 

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