お茶会
「へぇ、それじゃあやっぱりリリー以外にも昔から転移者はいたってことなんだ……」
「やっぱり? って事はライアン様は知ってたんですか?」
「まぁね。それこそほんの一部しか知らないトップシークレットだけどね」
お茶会を始めてからライアン様は私の生い立ちから聞かせて欲しいとお願いしてきた。そして、自分の事は【殿下】ではなく【ライアン】と呼ぶようにと。それと、堅苦しい話し方はやめるようにとも。さすがにそれはちょっと……と、躊躇ったが、本人が強くそう望むので【ライアン様】と呼ぶことにした。
「ちなみにさ、他の転移者についてって、クラウス以外にも話しちゃった?」
「いいえ。誰にも話していません。と言うか、クラウスさんにもまだ話してないので……」
「そっか。じゃあ悪いんだけど、その事はリリーの心の中だけに留めておいてくれないかな。この事はさっきも言った通り、トップシークレットだからね。あ、ディランと特務の騎士には話しても大丈夫だから、何かあれば相談するといいよ。今更だからね」
「はい、分かりました。あ、ただ、ここから西南に位置する島に転移者の遺族の方がいらっしゃって、その息子さんはお父様が転移者という事をご存知でした。ライアン様【酒の魔術師】ってご存知ありませんか?」
私はブローディアの感謝祭で出会った二人を思い出す。露店巡りで出会った穀物屋の店主イーヴォさんと酒屋の店主ヴィムさんだ。彼らとの出会いで、偶然にも私と同じ転移者がいることが分かったのだ。
「あぁ。それなら聞いたことある。様々な酒類を生み出した人物だろう。それに、今この国で流通している麦類は彼の弛まぬ努力の賜物だということもな」
「ええ。その方はマサさんと言いまして、私と同じ転移者で、しかも同郷だったんです。残念ながら一昨年、お亡くなりになられたそうですが、マサさんはお亡くなりになられる前、息子さんとお孫さんのお二人を呼び、自分がこの世界の人間ではなく、違う世界からやって来た事を話したそうです」
「という事は、もう既に転移者の存在は広まっているかもしれない……と?」
「あ、いえ。マサさんはこの事は二人の心の中に仕舞っておいてくれと言ったそうです。恐らく、家族を面倒事から守る為だと思います。それでも二人に話したのは、自分がその世界で間違いなく存在していたって事を知って欲しかったからだと思います。私もそうだったから……」
大切な人達には自分のルーツ……って言うのかな? それを知ってもらいたかったんだと思う。自分はその世界で生きていて、そこに存在していたんだって事を。
「そっか。それじゃあ、その事を知っているのはその二人だけなんだね?」
「はい。きっと二人はその事を墓場まで持っていくでしょう。話が広まる心配はありません。それと、私が転移者だって知っているのもクラウスさん達以外で三人いるんですけど、その三人も絶対に口外しないので安心して下さい」
「分かった。リリーを信じるよ」
ライアン様はその後も様々な事を聞いてきて、答える度に「そうなんだ」「それは凄いね」「そんな事があったのか」と私の話をよく聞いてくれた。お陰で、余計な事まで口から零れてしまう。ライアン様は実に聞き上手だった。
「リリーの話は楽しいね。今度はさ、リリーの元の世界について聞かせてよ。別の世界なんてロマンを感じるよね。俺の知らないことなんて沢山あるんだろうな……」
ライアン様がそう言った直後、箱庭に誰かが訪れた気配がした。
「リリー!」
その声は、焦った様子のクラウスさんのものだった。
「あ〜あ、残念。ここまでか」
ライアン様は肩を竦めて、本当に残念そうな顔をした。
「お迎えですね」
「もう少し……話をしていたかったけどね」
「ライアン様、もしよろしかったらまたここにおいでください。いつでもお話相手になりますよ」
そう伝えれば、ライアン様は本当に嬉しそうに微笑んだ。
「あ、ただし、黙って抜け出すのはダメですよ。クラウスさんが心配しますからね。ディランさんもそのうち胃に穴が空いちゃうかもしれませんよ?」
「ははは。分かったよ。次はちゃんと置き手紙をしてくるよ」
……置き手紙って。結局黙って抜け出してくる気満々のようね。私は苦笑いをしながらクラウスさんを迎えにローズガーデンを出た。
そこから先は、まぁ予想していた通り懇々とクラウスさんにお説教をされ、次に駆けつけたディランさんに散々嫌味を言われていた。
この人、毎度毎度こうやって抜け出す度に怒られてるんだろうな……と容易に想像できてしまった。
「まぁまぁ、ライアン様も次はちゃんと二人に行き先を伝えるってさっき約束してくれましたから、もうその辺で勘弁してあげて下さい」
私がそう言うと、クラウスさんもディランさんもピクッ、と反応した。
「リリーはこいつを甘やかさないの!」
ディランさんはライアン様に対してこいつ呼ばわり。
「おい、お前リリーに名前で呼ばせているのか!」
クラウスさんはお前呼ばわり。
この人……王太子殿下なのよね。
三人は幼い頃からの幼馴染だとクラウスさんから聞いていたが、あぁ…….二人はきっとこうやって昔からライアン様に振り回されて過ごしてきたんだろうな……と一瞬にして悟ってしまった。
「ほらほら、二人ともー。ここには子供達がいるのよ? 怖い顔していると子供達が怖がるわよ」
子供達をダシに使って何とか二人を宥めた。
「全く……油断も隙もあったもんじゃない」
「あぁ、本当に。寄りにもよってリリーと二人きりになるなんて……」
「なんだ、クラウス。やきもちか? いい歳してみっともないぞ」
ライアン様のその言葉に、クラウスさんはピシッと固まる。
「あ〜も〜、ライアン様も煽らないの!」
ライアン様はクラウスさんの表情を見てケラケラと笑っている。
「まぁ、いいじゃゃないか。別に二人の邪魔をしたい訳じゃないから許せよ。さて、そろそろ本当に戻らないとな。リリー、今日は楽しかったよ、この続きはまたの機会に……」
ライアン様はそう言うと、私に手を差し伸べてきた。
? 握手……かな? そう思い、私もライアン様に手を差し出すと、そのまま口元へ持っていき、指先へと口付けた。
危うく手を引っ込めそうになったが、これはこの国の貴族の挨拶で、主に男性から女性へ……敬愛する相手への所作なのだそう。つい先日、ディランさんから「この国にいればそんな機会も増えるだろうから覚えておいて」と、貴族に対する振る舞いや、注意点を教わっていたのだ。
そうしてライアン様はヒラヒラと手を振ると、ディランさんと共に王城へ帰っていった。
「なんだか……嵐のような人だったわね……」
突然やって来て場を賑わせ、そして何事も無かったように去っていったライアン様。実際会って話をしてみると、想像していた王族とは全くもって違っていた。人柄も良く、信頼し合える仲間がいて、行動力もある。まぁ、その分周りが大変な目にあってるようだが……
「その嵐に私たちがどれほど苦労させられている事か。毎度毎度、王都中を駆けずり回る私たちの身にもなって欲しいものだ……」
クラウスさんはげっそりとしながらも、私の手を握り、先程ライアン様に口付けられた指先をスリスリと撫でている。
なんか……可愛いかも……
その姿が妙に可愛らしく見え、ちょっと揶揄いたくなってきた。
「やきもち?」
たった一言だけだったが、その言葉にクラウスさんは気まずそうに眉を下げ、弱々しく笑った。
「自分でも情けないと思うよ……ただの挨拶なのにな。リリーは……こんな私は嫌かい?」
そう言ったクラウスさんは実に自信なさげだった。
「いいえ。そんなクラウスさんも可愛らしい……なんて思っちゃった。クラウスさんもやきもち焼いたりするのね」
「ははは。可愛らしいか……私はリリーの方がよっぽど可愛らしいと思うがな。それに、情けない事に、リリーの事となるとまったく余裕がなくなる。男なら堂々としてればいいのにな」
そう言いながら私の手を自分の口元へ運び、何度も何度も口付ける。そして、反対の手の甲で私の頬を撫でると、今度は手を返し頬に手を当てる。その仕草があまりにも優しくて、うっとりと目を閉じてしまう。
私はクラウスさんのその手に自分の手を重ね、クラウスさんの手のひらに口付けを落とす。
「どんなクラウスさんでも私の気持ちは変わらないわ。だからずっと一緒にいてね」
そう言うと、クラウスさんは私を抱き寄せ、唇に口付けた。
「リリー、愛してる……」
クラウスさんの口付けはどんどん深くなっていき、次第に息が上がり、声が零れてしまう。
「クラウスさっ……ん……」
そして最後に深く、長い口付けをすると、クラウスさんは私をを強く抱きしめた。
「すまない……やはりリリーが相手だと、どうも自分を抑えることが出来ないな」
肩口に顔をうずめボソボソと呟くそんな彼もまた愛おしく「ふふっ」と笑ってその背中に腕を回した。
「もう少しだけこうしていましょう」
その後暫く、この薔薇に囲まれた二人だけの世界をうんと堪能したのだった。
クラウスは思った。ここが外で良かったと。室内だったなら間違いなく押し倒していたところだと。




