王都新生活
私達が王都へ到着してから五日が経った。私はいつも通り、箱庭のハーブや花達を世話している。
え? 王都にいるんじゃなかったのかって? それがね、あれから色々ありまして……
「え? い、今何とおっしゃいました?」
「ですから、王城に貴女の為に一室を設けましたので、王都滞在期間中はにはそちらのお部屋をお使いくださいと……」
王城? ってお城よね? 王様とか住んでる。
「いやいやいやいや! そんなめっそうもない!」
第一騎士団からの聴取が終わり、フェルンバッハ隊長と西の森で暮らしていた頃の事や、これまでの旅路での出来事を話ししていると、目の前にいる男性が面会を求めてやってきたのだ。
その彼は、「自分は王族の秘書官であり、王太子殿下の意向を伝えにきた」そう言ったのだ。
そこでふと思ったのだが、王太子殿下の秘書官ってディランさんじゃなかったかしら? 王城の役職については全く持って無知な私は、首を傾げながらフェルンバッハ隊長やガウルさん達に視線を送ると、そちらでも不思議な様子で顔を見合わせていた。
それもそのはず、クラウスさんとディランさんが報告へ行ってから一時間も経っていないのだから。使いが来るには早すぎる。
なんだか訳が分からないが、取り敢えずやんわりとお断りしておこう。
「せっかくのお申し出ですが、私はまだ子供達を預かっている身ですので私だけ王城に……とはいきません。この子達の帰る場所が見つかるまでは一緒にいてあげると約束してますから」
あの時、リリアナにそう言って約束したのだ。破るわけにはいかない。
それに、クラウスさんはここに迎えに来ると言っていた。別の迎えに応じる必要はないだろうと断れば、彼はあからさまに不機嫌な表情になる。
「では、王太子殿下のご好意を無下に致すと……そう申されるのですか? 王太子殿下よりもその亜人の子を優先すると?」
「無下にだなんてそんな……ご好意はありがたいのですが、今の第一優先は子供達ですので、王太子殿下にはきちんと説明して分かってもらえれば……」
そう言葉を続けていると、「フン!」と鼻で笑われる。
「何を馬鹿な事を……王族の意思を無下にするなど言語道断だ。とにかく私と一緒に来てもらう。さぁ、さっさとしないか」
彼はそう言って一歩前に出たが、私の目の前にサッと手を出し行手を阻む者がいた。フェルンバッハ隊長だった。
「まぁ、まず待て。お前、確か第二秘書官の……あ〜名前なんだったかな? まぁ、とにかく第二秘書官だろ? こういう場合、本来なら筆頭秘書官のディラン殿の仕事だろう。おかしいと思わないか? あいつらが王城へ向かってまだ一刻も経ってないだろう。やっと王城に入った頃じゃねぇか? それなのになぜお前がこの子を迎えに来るんだ? お前、本当に殿下の遣いか?」
フェルンバッハ隊長がそう言うと、ガウルさんアニーさんフレッドさんが、私を背に庇った。
「な、何を言う! 私は彼がいない間の秘書官を務めていたのだぞ! それは貴方も知っているはずだ! 私は聞いたのだ、王太子殿下がその娘を王城に迎えたいと言っていた事を! 秘書官たる者王太子殿下の意思を汲み、先読みして行動するのが当たり前だろう! だからこうして迎えに来てやったのだ! これは王太子殿下の意思なのだ!」
第二秘書官の彼は、顔を真っ赤にし憤慨しながらそう叫ぶ。
「はぁ〜、お前もう戻れ。その様子なら何も聞いていないのだろう。この子の存在はな、上層部しか知らされていないトップシークレットで箝口令が敷かれている。お前のレベルには説明もできん。とにかく戻れ。どうせ、ディラン殿を出し抜く為にチラッと聞いた殿下の呟きを本気に取って勝手に行動した。そんなとこだろう。お前はいつも優秀なディラン殿の影に隠れて目立てなかったからな。残念だが、お前ではディラン殿の足元にも及ばない。諦めてさっさといつもの仕事に戻れ」
うわ〜毒舌。 口調は激しくないのだが、言ってることがストレート過ぎて第二秘書官の彼は唇を噛み締め憤っている。
すると彼は、「お前! 覚えておけ!」と私に捨て台詞を吐き、去って行った。そのセリフ、本当に言う人いたんだな……なんて思っていると、フェルンバッハ隊長は「すまないな……」と申し訳なさそうにした。
「別にフェルンバッハ隊長さんが悪いわけじゃないじゃないですか。政治に利用されるのは勘弁して欲しいですけど、自分の身は自分で守れるので……守ってくれる子達がいるので、お気になさらないで下さい。あ、さっきは庇ってくれてありがとうございました」
「あぁ、もしや神獣様と聖霊様のことか?」
「えっと……さっきも言ってましたが、私に関する箝口令って、フェルンバッハ隊長さんはどこまで聞いてますか?」
クラウスさんのいないところで、余計な事をペラペラと話すわけにはいかないわよね。どこまで話して大丈夫なんだろう……そう思っていると、ガウルさんが「おそらく、隊長レベルなら、リリーの出身地以外ならほぼ全て知らされている」と教えてくれた。出身地……ガウルさんがそう言ったのは転移者の事は知らされていないからだろう。うん、なんとなく分かった。
「そうですか。それなら話しても大丈夫ですね。今はこのペンダントとブレスレットに変化していますが、何かあれば彼らが必ず守ってくれます。王都に入る前に、トラブルがあってもなるべく限界まで介入しないように説得したので、滅多なことが無ければ力を使う事はないので安心してください」
そう言えば、フェルンバッハ隊長は「ほぉ……」とロジーとスノーを見ながら歓喜のため息を吐いた。
私の過保護な兄と弟は何かあればすぐに私を守ろうとする。でも、この大きな王都で神獣の姿や精霊の姿を晒せば大騒ぎになるだろうと予期し、約束したのだ。
「命に関わるようなトラブル以外は手を出さない」と。
まぁ、そんなこんなで波乱の幕開けとなった王都だが、戻ってきたクラウスさんとディランさんは既にその事を知っており、なおかつ件の第二秘書官には相当な処罰を下したと言うのだから、ここの情報網とか一体どうなっているのだろうと思う。
今、この部屋にはクラウスさん、ディランさん、私の三人だけが残っている。
「リリー、すまなかったな。身内の恥を晒してしまった。まさか、リリーが下克上に利用されようとは……俺たち一部の情報を知る者以外の間でリリーに関する様々な憶測が飛び交っててね。申し訳ないが、それもこれから対策を講じるからもう少し待っててくれ」
戻ったディランさんは本当に申し訳なさそうに謝罪したが、さっきも言った通り、「自分の身は守れるから大丈夫だ」と伝えれば「俺たちも必ずリリーを守るから」と返された。
「さて、リリー。早速なんだがな、王太子殿下ライアン様がリリーに会いたいそうだ。これからリリーの浄化の旅をスムーズに進めるにはライアン殿下の協力があった方がいいだろうと思うんだ。それでね……こんな事言いにくいんだが、ライアン殿下はリリーの箱庭で会いたいと申されてね。そのうちリリーの箱庭に行きたいので招待してくれ。との事だった」
何ですって?
「王太子殿下ってそんなに自由なんですか? 王太子殿下って、王様の御長男で王位継承権一位の次期王様の方よね⁉︎ え? この国ではそんな方でも自由に歩き回ってるわけ? 自由すぎない?」
「そうなんだよな〜、ホント俺達も困ってるんだけど、たまにフラッといなくなって、お忍びで城下を散策してるんだよあの人。まぁ、それを知ってるのは俺とクラウスと国王様と執政官くらいか? それはそれは見事な変装で国民にもバレなくてね。国王様も若かりし頃は相当な自由人だったと聞いている。そのせいかライアン殿下のお忍びにも寛大でね。おかげで俺たちが大変な思いをしているわけだが……」
はぁ〜と大きなため息を吐いて額に手を当てるディランさん。
「なんか、凄いですね。思ってた王族の方とはちょっと違うって言うか……」
「あぁ。おかげで毎日胃が痛い思いをしてた訳だ。この数ヶ月はリリーとの旅でだいぶ癒されたがな……あぁ、それでね。本来ならリリーには王城に来てもらうところなんだが、リリーの事だから断るだろうと予期して、初めからその事をライアン殿下に伝えておいたんだ。そしたら、リリーに騎士隊舎近くの広い土地を用意してくれて、その土地は自由にしてくれて構わないから、そこで過ごしてくれれば有り難いと申されてね。その代わり、庭に招待してくれと……」
「なるほどね〜。それだと子供達とも離れなくて済むし、何かあればクラウスさん達とすぐに連絡が取り合えるわけね。私的には理想だけど、逆にこんなに良くしてもらって良いのかしら?」
これってすごくVIPな対応じゃないのかしら?
「まぁ、正直言うとリリーの存在はこの国に大きな利益をもたらしてくれる存在だろうから、何が何でも繋ぎ止めておきたいのだろう。あ、繋ぎ止めておきたいとは、この地に拘束する事ではなく、信頼関係を繋ぎ止めておきたいの方な。それに利益の方も、俺たちの知らないリリーの知識を少し教えてもらえれば……くらいで考えてもらえればいいから」
なるほど。きっと私の現世での知識はこの国に大きな影響をもたらすのだろう。それは、食の文化だったり生活の知恵だったり、医療の面では特に大きいだろう。この国で過ごしてみて分かったのだが、自然あふれる豊かな国でとても過ごしやすいのだが、医療の面ではとても遅れている。
特に、病気に関しては殆どが自然治癒に任せてあるので、伝染病などにかかれば小さな村などあっという間に没してしまう。
だが、私のハーブの知識があればそんな心配からも解放される。
だから繋ぎ止めておきたいのだろう。
「分かりました。こちらこそ良くしてもらって有難うございます、殿下のご都合の良い時にいつでもいらしてください。そう伝えてください」
そうして案内されたのが、今いるこの土地だ。生活が落ち着くまではしばらくハーブを育てながら様々な商品を販売に向けて作り溜めしているところだ。
何だかんだとトラブルがあったが、こうして私の王都滞在が始まったのだ。